喜:)怒:(哀:(楽:)

//ツイッターで撒き散らしたtweetのまとめを中心に更新するゲーム(アナログ含む)好きのブログです。
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//北欧剣譚ヘイムダル ■1.1 ■1.2 ■2.1 ■2.2 ■3.1 ■3.2

北欧剣譚ヘイムダル2.1-氷窟の妖姫-

【1】

「……そろそろ、第一回戦が終わるね」
 どれくらい、スピカの身体を抱きしめていただろう。
不意にスピカは腕の中で身動ぎした。懐中時計を見たのかもしれない。
「かもね。そろそろ、通過者の発表があるかな」
 僕は彼女を離して、椅子を立つ。
 選抜試験は第四回戦まであるのだ。その回の戦いが終わると、各対戦の評価が行われて、次の戦いへと駒を進める選手達が決まることになっている。
 僕はスピカとともに控え室を出た。
 もうオッテの姿はなかった。観覧席に戻ったのだろう。
「どうしたの?」
 足を止めた僕に、スピカは首を傾げた。
「いや、さっきまでオッテが居たからさ。でも、もう戻ったみたいだ」
「そっか」
 スピカは軽く返して歩き出すが、すぐに歩みを止める。
「うぅ」
 そう言って小さく呻く彼女に、僕はギョッとして駆け寄った。
 先の競技で怪我をしていたのだろうか。すぐに医務室に連れて行くべきだろうかとスピカの顔を覗き込むと、彼女は両手で赤くなった頬を押さえていた。
「……ど、どうしたの?」
 どうやら怪我が痛んでいるわけではないらしいが……一体どうしたのだろう。
「だ、だって、さっきの……聞かれたかも知れないし」
 さっきの?
 僕はスピカに言われて、さっきのことを思い返す。
 戦いが終わって、僕の気持ちを伝えて、スピカに告白した。スピカはそれを受け入れてくれて、僕たちは結ばれたのだ。
 腕には、まだスピカの温かさが残っている気がするのだが。
「あ」
 そうか。僕はそこで、やっと思い当たった。
僕と彼女が告白合戦していたとき、オッテはまだ外にいたかも知れないのだ。
 オッテに限ってそんなことをするとは思わないが、部屋の戸を開けて盗み見ていた可能性だってあった。そんな状況で抱きしめあったり、キスしたりしていたのだ。
「だ、大丈夫じゃないかな。多分」
 僕は上ずる気分を落ち着けながら言った。殆ど希望みたいなものだけど。
 まあ、オッテなら積極的に言いふらしたり……しそうだなあ。
「その、付き合ってるんだ、とか、そういうこと言われるのは平気だよ。胸を張って、付き合ってるって言えるけど。だけど告白したのを聞かれたのは、恥ずかしいよ」
 だけど、僕の危惧と彼女の羞恥は別のところにあったみたいだった。
 胸を張って、付き合ってるって言える。
 彼女のその言葉に、僕は心の奥が一際、温かくなるのを感じる。
「……ありがと、スピカ」
 僕が言うと、彼女は「なんでお礼するの?」と小さく笑った。



 競技場に出る。すでに評価は始まっているらしく、観衆はざわめいていた。
 脇の方に集まっていた選手の列に入る。一瞬、ロジェスと目があったけど、彼は剣で負けたことが悔しかったらしく、すぐに視線を反らした。
逆に、その後ろのヴァルキュリア候補生に見つめられ、僕は少しだけ戸惑う。やや癖のある赤毛をポニーテールにした彼女は、ロジェスと組んで僕を追い詰めた少女だ。
 彼女はスピカに対して何か強いライバル意識をもっていたようだったから、最終的に負けみたいな結果になって歯がゆい思いをしているのだろう。
 そうこう考えている間に、アンスールのルーンによって拡声された審査官の声が響く。
「続きまして第一回戦、第四試合の評価、および審議結果です」
 僕達の試合だった。
 僕は固唾を呑んで、次の言葉を待つ。にわかに汗をかき始める僕の手を、スピカの手が優しく握る。
「まず、アスレチックレースです。先着したロジェス・リンレット組には十ポイント与えられます。また、その攻略が極めて迅速で安全であったとの評によりプラス十点し、合計二十点とします。ヘイム・スプラネリカ組は、攻略時間ギリギリであり被害も大きかったとして無得点とします」
 二十対ゼロ。僕は固くスピカの手を握る。大きな点差だ。辛勝だった剣術勝負で追いつけるとは思えない。
「次に、模擬戦の結果です。勝利したヘイム・スプラネリカ組には十ポイント与えられます。また相手のルーンを封殺するという作戦が高評価であったため、ロジェス・リンレット組には五点、加点されます」
 僕は、強く歯をかみ締めていた。
「二十五対十で、第五試合を勝ち上がったのはロジェス・リンレット組とします」
 その無情な決定に、わずかだけ抵抗するように。
「続きまして第一回戦、第五試合の評価、および審議結果です――」
「……ヘイム、行こう」
 彼女の声に、僕は頷く。
 一回戦を敗退した選手は、三々五々に解散を始めていた。その流れに混じって、情けない気持ちを隠すように、歩き出す。
 ロジェスが今、どんな気分で、どんな表情でいるのか。僕の背を目で追っているのか、見る価値もないと一笑するに留めているのか。背を向けている僕には分からない。
 勝てるとは思ってなかったけど。
 負けるだろうとは思っていたけど。
 だけど、改めて力不足を突きつけられてしまっては、心中穏やかではいられない。
 悔しかった。
僕は、敗者だった。
「ヘイムは、強かったよ。だから、自分を責めちゃダメ」
 握った手をぎゅっとして、彼女は言う。
 競技場の正面玄関前。
 辺りには、同じように敗退してしまって、程度はどうあれ、悔しがっている人たちがいる。彼らは観覧席から降りてきた友達や、あるいは恋人と、一生懸命やったねって慰めあいながら、寮の方へと歩いていた。
「次、頑張ろう。次、頑張れるように、二人で一緒に頑張ろう」
「……頑張ろう」
 僕はスピカを見て、小さく言った。
 ちゃんと言おうと思ったけど、急に気恥ずかしくなってしまったのだ。
 だけどスピカは、そんな小さな呟きでも納得したようで、パッと顔を明るくすると笑顔を僕に向ける。
「早く終わっちゃったね。せっかくだから、町の方に行ってみようよ」
「うん」
 是非もなく、僕は頷く。これがオッテだったなら面倒くさいかも知れないけど、相手はヒミンビョルグの女神様なのだ。断る理由が、どこにあるのだろうか。
「そういえば、明日から冬休みだね」
 町の方へと向かう道すがら、彼女はそんなことを言ってきた。
 去年までは何週間も前から待ちわびていたものだから覚えていたけど、今年は剣術練習で忙しくてすっかり、すっぽりと忘れていた。
 一級生の採用試験、ないしそれ以下の等級生の昇級試験が始まる前二週間は、全校的に休みが取られるのだ。
 試験準備週。なんて教官は命名しているけど、生徒の間では専ら冬休みと称される。
「ヘイムはどうするの?」
 そう彼女は聞いてきて、それから直ぐに眉尻を下げる。
 僕には帰る場所がない。選抜試験で共に戦った彼女は、そのことを知っているのだ。
「僕は、いつもどおり寮にいるけど。スピカは?」
「えっと、ヒミンビョルグの近くに別荘があって、そこで過ごす予定」
 努めて明るく返すと、彼女はそう言って空を見上げる。
「ラッキースターの力を、完成させないといけないしね」
 ラッキースター。彼女のもつハガル――災厄のルーン――に込められた、もう一つの秘められた能力の発露だ。彼女はそれを会得するため、頑張っていた。
「そうだ……」
 スピカは僕の胸に指をつきつけてきた。
 突然のことに、僕はやや面食らいながら彼女を見る。
「ヘイムも一緒に、別荘に来てくれないかな」
「え!」
 選抜試験が終わるや否や、新たな事件が始まろうとしていた。

【2】

 翌日。そんなこんなで、僕はスピカと一緒に馬車に乗っていた。
 どうも、訓練校に近い、とは言っても中央と並べてみたときに比較的近いというだけで実際のところそれなりに遠いらしく。荷車で肩を並べて座っていた僕たちの間にはもう話題もなかった。
「……結構、遠いんだね」
 これほど遠くなると「保護なしに出歩くことなかれ」という学校側の外出制限にも引っかかるのだが、別荘には侍従が何人か来ているらしい。
「うん」
 少なくとも三度は繰り返したやり取りを終え、僕は荷車の屋根を見る。革張りの屋根を支える垂木から、火のないランプが所在なさげに揺れていた。
「あの、さあ」
 と、僕らの向かいから、そんな声が聞こえた。
 忘れたかった、といえば嘘になるが、この馬車には僕とスピカ以外にもう一人乗っている。もちろん、今もって馬車を操っている御者さんを除いてだ。
 やや癖のある赤毛をポニーテールにして、強気な印象でもって僕に話しかける少女は、リンレット。選抜試験でロジェスの相方をしていた神兵候補生だ。
「さっきから何回、同じこと言ってるの? いい加減、煩いんだけど」
「……それは、ごめん」
 スピカが僕主導で優しくしてくれているからか、リンレットの言動がかなり強く感じる。
 別に不愉快と言うほどでもないのだけれど、もし母親が生きていたら、こんな感じで口うるさく言ってくるのだろうか、と失礼なことを考えはした。
 大体、なぜリンレットがここにいるのか分からなかったし。
「何故ここにいるか?」
 そこで突然、リンレットが片眉を上げる。
 なんで考えてることが分かったのだろうか。と思うや、リンレットは溜息をつく。
「私のルーンの力。心を読むとまではいかないけど、そんなに疑問が大きいと漏れてくるから自然と分かるの。まあ、洞察の加護力についてはシゲルには大きく劣るけど」
 彼女の持つケンのルーンも、オッテが発動させたシゲルのルーンも、太陽をパワーの根拠とする力だ。だから闇を払う力や、未知を明らかにする力を得やすいらしい。
 僕は、なるほどね、と端的に返す。
「それに、私がここにいる理由なんて、ちょっと考えれば分かるでしょ?」
 リンレットはそう言って、スピカを指差す。
「私と、スピカが、友達だからよ」
「…………」
 犬猿と評せざるをえない仲ではありそうだった。
 ともかく、リンレットも休みの間はスピカに同行するつもりらしい。
「……そういえば、選抜試験はどうなったの?」
 僕が聞くと、リンレットが僕の顔とスピカの顔とを見て、不審そうな顔をする。
「見てなかったわけ?」
 数瞬の後に捻り出てきた彼女の疑問の声に、僕は何も言えなくなる。まさか、町でデートしていたから観戦はしていない……なんて、言うわけにもいかない。
「ええ、ちょっと別に用事があって」
 スピカがそう、お茶を濁すと、心底疑わしそうな視線を向けながらリンレットは、
「……負けた。第二回戦であっさりとね」
 そう告白した。
「負けた?」
 僕は思わず復唱していたけど、気に障るかもしれないと慌てて言葉をつなげる。
「強い相手だったの?」
 ロジェスは、性格はともかく剣術の腕は確かだったし、リンレットだってルーンの力はあるし、ロジェスが選んだくらいだから決して剣も弱くはないはずだ。
「強い……そうね。確かに強かった。鬼気迫る、とでも言うくらいにね」
 彼女はそう言って、自身の腕を抱く。
「アスレチックレースは、普通だった。こちらは、あなたたちが相手のときと同じように、ロジェスの勘が冴えていたし、その時点で十点リードしていた」
「剣術勝負でひっくり返されたってこと?」
 スピカが聞くと、リンレットは頷いた。
「まさに、一瞬よ。戦いが始まるなりロジェスはあっという間にチェックされて、私は何もできずに立ち尽くしているだけだった」
 ロジェスを、あっという間に。そんな技量をもった準一級生がいたのだと、暗澹とした気分になる。準一級最底辺で燻っている自分とは、大違いだった。
「それ、誰?」僕は半ば無意識に、そう聞いた。
「準一級衛兵候補生、ライン・スティキレ。訓練校ヒミンビョルグ唯一の、魔剣使い」
「魔剣使い……ライン……」
 そう僕が呟くと、隣のスピカが急に立ち上がった。
「魔剣……そうよ!」
「きゅ、急にどうしたの?」
「冬休みの過ごし方が決まったわ」
 スピカはニッコリと笑顔で、僕とリンレットとを見る。
「三人で、氷窟を攻略しよう!」



「よいしょ……っと」
 荷物を置き、部屋を見渡す。
 この部屋を使うように、とスピカに割り振られた部屋で、かなり広い。寮室はオッテと二人部屋だが、それと同じくらいの広さがあった。
窓も大きく、開け放つと深緑の森が広がっていて、空気は少しだけしっとりとしている。
 荷物の整理をしてから、応接間の方に来てね。とスピカには言われたが、正直なところ整理をするほど荷物を持ってきてもないので、僕はさっさと部屋を出る。
 応接間の場所は、別荘に来てすぐに案内をしてもらったので分かるが、問題はその前。
 そう、氷窟攻略がどうの、という話だった。
 スピカが言うには、この館の地下には洞窟があるそうだ。
氷に覆われた洞窟は半ば迷宮と化していて、その最深部には妖精の剣が眠っているらしい。準一級最強の衛兵候補が魔剣を持っているなら、ヘイムが妖精剣を持ってもおかしくはないという理屈らしく、氷窟を制して剣を手に入れることは決定事項になっていた。
 リンレットは最初こそ「なぜ?」と疑問符を浮かべていたが(僕もスピカの理屈には賛同しがたい)、僕の父がヘイムダルであったことをスピカが言うと、ふうん、と納得。
 父がヘイムダルだったなら、息子が武器を受け継いだりして強力な武器を持っていたりしていてもおかしくはないから、妖精剣を持っても見咎められたりしないのだとか。
 ライン・スティキレが魔剣を持てるのも同じ理屈らしい。
とは言っても、「そうだった」という口伝でしか両親のことを知らない僕にとっては、親から何かが残されているという考え方自体がよく分からないのだけど。
 そんなことを思いながらも、応接間に到着する。
 当然ながら、荷物を置いてから直ぐにこっちに来た僕が一着で、スピカもリンレットもまだ来てはいなかった。
 その代わり、スピカが本家から召喚したという侍従さんがいて、小さく会釈を受ける。
「スピカたちはまだ?」
 僕が聞くと、侍従さんは「はい」と歯切れよい返事をする。
「お嬢様方はお召し物をかえておりますので、もう幾分か時間を取られるかと思います」
 着替えか。どんな服を着てくるのだろう。
そう思いながら、手近にある椅子に腰掛け、自分の姿を見る。そういう僕自身は、いつも通りの、素朴な装いだ。
貧相さでいうならそこにいる侍従さんと同等か、あるいはそれ以下かも知れない。
「そういえば、この館の地下には洞窟があるって聞いたけど、そうなの?」
 自分の服装についてあれこれ考えるのが情けなく思えて、侍従さんに話しかけてみる。
「その話題につきましては、私からお答えすることはできません」
 が、取りつく島もなく返されてしまった。
「もちろん、ミアにもお聞きにならぬよう、お願いいたします」
「えっと、ミアって?」
「私がトアで、妹がミアです。繰り返しとなりますが、その話題に関して言えば、私どもからはお答えすることはできません」
「…………」
 何か事情があるらしい。そんな秘密の場所に、僕は入ろうとしているのだろうか。
 その沈黙にわずかな不気味さを感じながら、「わかりました」と返す。
 少しだけ、心配になる。
このあとスピカが、私たち三人で氷窟に挑む、なんて宣言したらトアさんは血色を変えて止めに入らないだろうか、と。
「ヘイム」
 すると、そこで声がかかった。どうやらスピカたちが来たみたいだ。
 僕が入口の方へ振り向くと、そこには思ったよりも簡素なドレスに身を包んだ少女たちの姿があった。スピカは薄く花柄のあしらわれた白いロングドレス。リンレットは無地の黒いロングドレスで、こちらはスリットがあり、腿が晒されていた。
「どう、似合ってるかな?」
 そうスピカは聞いてくる。
 思ったよりも簡素なとは言ってもドレスはドレスであって、普段のスピカにはない魅力を感じるのは確かだった。僕は素直に「うん。綺麗だよ」と答えることができる。
「私は?」
「リンレットも」
 リンレットが半眼で聞いてきて、僕は慌てて付け加える。
 彼女は一瞬だけ納得がいかないように僕を見ていたけど、やがて諦めたように僕の前の席に座って、無造作に足を組む。
「さてと、この館の地下にある氷の洞窟を攻略するんだっけ?」
 リンレットが言うと、スピカは僕の隣の席に座って頷いた。
「その奥にある妖精の剣を手に入れるのが目的だよ」
 当然そうくるであろう話流れだけど、僕は恐る恐るトアさんを盗み見た。
 しかしトアさんは、部屋の隅で相変わらず直立しているだけで、アクションを起こす様子はない。
「トアがどうかしたの? ヘイム」
 スピカに言われ、僕はどうやら気にしすぎの性質があるらしいと思い直す。止められたら止められたで、そのときは普通に二週間過ごすだけだろうし、あえて自分がトアさんの顔色を窺う必要性はないのでは、と気づいた。
「いや、立ってる人がいると落ち着かなくて」
 僕が慌てて取り繕うと、スピカはクスリと笑い、リンレットは呆れたように口を開く。
「従者なんだから、普通は立ってる」
「まあ、そうだろうけど」
 取り繕いついでで言うのも難だけど、そういうのは好きじゃない。向こうは仕事だけど、こっちはプライベートなわけだし。
「トア、用があったら呼ぶから、下がっていいよ」
 スピカが言うと、侍従さんは黙ったまま一礼して部屋を出て行く。
 トアさんは氷窟について聞くなと言った。それは、氷窟に何らかのお家的な因縁があることを示しているはずだ。だけどスピカが話しても大丈夫だった。ということは……
「その洞窟だけどさ」
 口を開くと、スピカは「何?」と首を傾げた。いつもと少し印象が違うと思ったら、彼女はアッシュグレーの髪をサイドポニーにしていたらしい。
「……いや、やっぱりいいや」
 あえて聞くことでも、ない気がした。必要があるならスピカの方から言ってくれるだろうし、知られたくないことだったら、逆に迷惑になるだろうから。

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# by yamaomaya | 2012-02-11 15:18 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル1.2-凶意の少女-

【3】

「おい、ヘイム。起きろ、遅刻するぞ」
 選抜会当日、僕はそんなオッテの声で目を覚ました。
「今起きる。時間は?」
「冗談だ。遅刻なんかしねーよ。開会一時間前だ」
 オッテが言って、僕は時計を見た。六時過ぎだ。観戦する生徒は八時に会場入りすればいいから、オッテには少し早い。
「ありがとう、オッテ」
「気持ちわるいっつーの。ほれ、会場を間違えんなよ」
 訓練用のユニフォームに身を包むと、オッテが選抜会の資料を胸ポケットにつっこんできた。
「もう目は覚めてるよ」僕は言って、部屋を出る。
「女神様との共闘……期待してるぜ、ヘイム」
彼は調子の良さそうな笑顔で皮肉を言った。
腰の剣が、歩く僕のリズムに合わせて揺れる。金具が音を立てて、朝の清涼な空気のなかに響く。僕は、段々と自分が集中していっているのを感じた。
戦いには負けるかもしれない。
けど、今なら何にも囚われることなく、今にこの瞬間に全力を尽くせる気がする。
選抜会の会場である闘技場につく。開始までは中の様子を窺うことはできないけど、すでに競技の準備がされているのだろうか。
僕は受付を済ませて、控え室に向かうことにした。
 控え室は、参加するトゥーマンセル毎に用意されている。僕が入ると、そこにはもうスピカの姿があった。
 僕と同じ、訓練用ユニフォーム姿だ。とは言っても、男子とはデザインは違うんだけど。
「……おはよう。調子はどう?」
彼女はアッシュグレーの髪を結わえあげながら、聞いてきた。銀灰色のユニフォームはワンピースのロングスカートで、スリットから覗く脚に少しだけドキリとする。
「調子は良いよ。少し緊張してるけど」
「そっか」彼女は微笑む。
「時間まで、話をしようよ」
 スピカがそう言って椅子に座ったから、僕もその向かいに座ることにした。
「話すのは良いけど、何を話そうか」
 僕が座って靴紐を確認しながら返すと、彼女は真剣な顔で、覗き込んでくる。
「ヘイムは、言い返したりしないの?」
「なんのこと?」
 僕は返した。靴紐を結びなおして、スピカの顔を見る。
「時々、君のことは見てたけど、ロジェスに何か言われても、何も言わないよね」
「そうだね。なぜだろうか」
 いつもそうだった。
ロジェスは僕に嫌味を言うけど、僕は何を言い返すこともしなかったし、できなかった。
「僕はね、悪の魔女の子供なんだ」
 気づけば、僕はそんなことを言っていた。
「悪の……魔女?」
「もちろん濡れ衣だったんだけどさ。魔女は焼き殺されて、幼い僕は呪われた子とかいって軟禁された。それでしばらくして旅人に引き取られて、ここに来たんたんだ」
 スピカは黙って僕の話を聞いている。まっすぐに僕の目を見て。逃げるように、控え室の隅にある棚に目を向ける。
「その時のことが、燃え果てていく母さんのイメージが頭から離れなくて、僕はずっと止まってて、忘れられないでいて、囚われてるんだ。だから、僕は何も言えない。自戒とか、そういう大層なものじゃなくて、もしかしたら全部投げ出したいだけなのかも知れなくて、そんな意気地なしだからさ。ロジェスは確かにフェアじゃない奴だけど、あいつは、自分の意思で前に進もうとしてて、その点立派でさ、だから僕は言い返せない」
 息を吸う。少しだけ気持ちが冷めていく。僕は何てことを、誰に話してるんだ。
 けど、そう思ってみても今さらは止められない。
「僕を助けてくれた旅人さん、フィキスさんって言うんだけど。父の跡を追ってみたらどうだって言ってさ。それで、ここにいるだけだ。ただ一つルーンが使えるだけの、ただ陰気なだけの奴なんだよ」
 ふわりと、良い匂いがした。
「お父さん、ヘイムダルなんだ?」
 僕は一瞬遅れて、スピカに頭を抱かれていることに気づく。
「僕が生まれる前に、死んだって」
「そっか」
 なら、きっと君にも、ギャラルホルンを受け取るだけの力が眠ってるよ。と、彼女は静かに囁いてみせる。
 そのとき、鐘が鳴り響いた。気付かないうちに、ずいぶんと時間が経った気がした。
「そろそろだね」
 スピカが僕の頭を離す。目の前に彼女の歳相応に膨らんだ胸があって、僕は急に、自分が大変な場所に顔を埋めていたんだと気づいた。
「ね、ヘイム。お願いがあるんだけど」
 スピカが言う。
僕は、自分ができることなら、と頷いた。彼女は僕の話を聞いてくれた。僕と一緒に選抜会に出るといってくれた。剣術の練習に付き合ってくれた。だから、力になるんだって。
 僕の反応をみて、スピカがユニフォームのボタンを外し、胸元を開く。
「なっ、にしてんの!」
 慌てて顔をそむけるけど、彼女の両手が伸びて僕の顔を無理やり正面に向けた。
「ルーンを刻んでほしいの。ウィン、喜びのルーン。その魔力は、試練の上首尾を示す」
 その言葉に、僕は唾を呑んだ。
「触れるよ?」長時間を遠隔で保たせるなら、触らないとだめだ。
「いいよ」
 彼女に言われて、僕は指先で一瞬だけ鎖骨の間を触る。黄色い光が迸り、ルーンが浮かび上がる。着床したのを確認して、僕はすぐに離れた。
「ありがとね」
「べつに、これくらいのこと」
 慌てて言って、僕は出入り口へ目を向ける。ちょうど係員の人が現れて口を開いた。
「ヘイムさん、スプラネリカさん、競技の時間です」



「では両チームとも、正々堂々とした戦いを主神に誓い、握手してください」
 審判が僕らを中央に整列させる。僕の前には、ロジェス。スピカの前には、赤毛のヴァルキュリア候補生がいた。
 差し出された手に応じて、手を握る。
「この衆目のなかで、君の剣を完膚なきに叩き潰してあげるよ」
 ロジェスが僕に囁いた。
「そうならないように、全力を尽くすことにする」僕は控えめに返して、手を離す。
 スピカの方を見た。そっちは一足早く握手を済ませていたみたいで、もう離れていた。
審判がスタート地点に行くように言って、僕達は歩き出す。
「何か言われた?」聞いてみる。
「今日こそ、自分のほうが私より優秀だと、証明してみせるって」
僕とスピカはアスレチックレースの東側スタート地点に立つ。同じ構造をした二つのコースが、平行に二本。西のスタート地点には、ロジェスとその相方の姿がある。
少し視線を上げた。一級生から四級生まで多くの観客の姿があって、はやし立てている。
 僕は目を閉じて深呼吸した。
「競技を始めます」
 審判が、ホイッスルを鳴らす。
「行こう」「うん」
 短いやりとりを経て、僕らは走り出した。
 身長ほどある壁にサイドを囲われたコースをまっすぐに走る。しばらく行った先に壁は見えるものの、今は何のひねりも無い直線だ。
「……! 横からくるわ!」
 並走するスピカが言うが早いか、壁に穴が空いて、炎が噴出し始める。左右交互に噴き出すのだろうか。予想をして、それに備える。
 炎は激しく噴出するけど、それでも僕らには届かない。これで第一関門は突破だろうか。
そう思った頃、壁の前に到着した。他に道はない。登らなければならないらしい。
 注視する。一見して絶壁だが、あちこちに足場があるのが分かった。
「先に行くよ」
 僕は言って、壁を登り始める。
 ふと横を見た。今は壁がないから、向こうのコースの様子も見える。
早い。向こうはもう二人とも壁を登り終えていた。
レースと模擬戦の両方の結果を鑑みるとは言っていたけれど。
 ……やっとのことで登り終えると、そこには柱に括りつけられたロープがあった。
「スピカ、掴まって!」
 僕がロープを下ろすと、苦戦していたらしいスピカも難なく上がってくる。スピカは一瞬だけ西側コースに目を向けた。
「大分……離されてる」
「どうにか追いつかないと」
 僕は先を見る。一見、何の仕掛けもないチェス盤のような模様の足場だけど、登ってきた高さを考えれば下に何かが隠されていても可笑しくはなかった。
「とにかく、注意しながら進もう」
 僕は言って、先行する。
 一歩、何もない。二歩、
「うわっ!」
 突然、床が落ちた。僕は間一髪のところで後ろに倒れる。
「床が抜ける罠……法則はあるのかな」
スピカが言うから、僕は近くのタイルを片端から触れてみた。
「……黒は、落ちるか」
「そうだね、私もそう思う」
 タイルの黒い部分だけが落ちていった。僕はスピカと頷きあって、走り出す。
 仕掛けを探ってる間は、どうしても追いつけないけど、解き明かした後なら急ぐことができる。
 僕はロジェスたちの方を見た。コースは先で再び窪んでいるらしく、ロジェスたちの姿は見えない。相当、先を行ってるってことだろう。
「ロジェスに知恵で負けてるつもりは、ないんだけどな」
 仕掛けを解くまでは、走り出せない。それは向こうも同じはずだから、ロジェスたちは、こちらより遥かに早く仕掛けを解いていることになる。
「大丈夫だよ。今できる全力で頑張ろう」
 そう、スピカが言って、コースは下り坂になる。瞬間、後ろで大きな音がした。
「なっ!」
 巨大な岩の球だった。転がり始め、こちらに迫ってくる。
「ハガル! 敵を閉じ込めて!」
 彼女が身体を反転し、岩に向かい合った。そうして彼女が腕を払った瞬間、岩は氷柱に封じられて、床に固定される。
「……長くは保たないわ、急ぎましょう!」
 そう暑い時期ではないけど、それでもそのうち氷は溶けてしまう、と彼女は言う。
 僕は頷いて、再び走り出した。
「これで四つだっけ?」ゴールを阻む障害は全部で五つだ。
「うん、障害は……あと一つだけね」
 数メートルほど走ると、辺りに霧が立ちこめ始める。
思わず立ち止まる。これは……ルーン魔術の一種だろうか。そう思いながら、僕は歩き始める。スピカもあとをついてきた。
「ゴールはどこかな」
「霧が出ているとは言っても、競技場の中だもの。すぐそこにあるはずよ。きっとね」
 そんなやり取りをして僕らは歩くけど、ゴールにつく気配はない。ロジェスたちがそろそろゴールするのではないかと、焦りばかりを感じた。
「……決まりだよね。これが最後の関門だ」
 僕が言うと、スピカは、ええ、と頷く。
「きっと、水のラーグと、循環を示すダエグのルーンによる力ね。霧によって、私たちは進むべき道を見失い、同じ場所を繰り返し歩かされている……」
「どうすればいい?」
「私たちには対抗できるルーンは無いわ。魔力の源を断って、解呪しないと」
 刻んであるルーン本体を探せば良いってことか。僕は魔力の流れに注意しながら、辺りを探し始める。すると、霧の向こうからカサカサと、音が聞こえた。何の音だろうか。
「この音は何?」
 口にすると、彼女は僕の方を見る。
「気をつけて……囲まれているわ」
「何に?」
 スピカが剣を出して、霧の向こうを剣で指し示した。
 霧の奥。そこから、バラみたいに鋭い棘のついた蔓(つる)が、這ってきていた。
 瞬間、蔓はシャーッと地面を素早くはしる。
「くっ!」
 スピカが剣を振るい、蔓を切り落とした。だが、それが皮切りになって四方八方から蔓が伸びてくる。量も多い。
「ハガル! 四方の敵を撃って!」
 僕の剣や、彼女が飛ばす雹でも対処しきれなくなり、そして、
「きゃあっ!」
 スピカが悲鳴を上げた。蔓に足をとられ、身体を拘束される。棘がユニフォームを裂き、地面に引き倒された彼女は霧に肩を晒す。
「スピカ、大丈……っ!」
 叫んだ瞬間、僕も地面に倒されていた。
 抜け出そうとするけど、強く絡んだ蔓からは逃れられそうもない。無理だ。
 手も拘束されて、立つことすら出来ず、スピカも身動きがとれない。
 ビィィと、棘が布を裂く音が聞こえた。
「ひっ」
 スピカの怯えるような声。思わず目を向ける。
 彼女は何とか動くらしい右手で、胸元を隠している。キラリと黄色いルーンの光が見えて、彼女の胸元が露になったんだと気づいた。白い肌と膨らみに見惚れかけたけど、直ぐにハッとして考えなおす。
 このまま待っていれば、そのうち競技終了になって誰かが助けに来てくれるだろう。
 だけど……と、僕は胸を押さえてじっと目を閉じているスピカを見た。
 僕にも何か、何か、できることはないだろうか。
「痛っ」
 蔓が、僕の胸の辺りを掠める。ポケットが破れて、選抜会の資料が宙を舞った。
 資料の裏には、オッテの書いたシゲルのルーンが書かれている。
 これが本当のルーンだったら、僕が思った瞬間のことだ。
紙は激しく燃え上がり、一瞬で僕らを拘束する蔓だけを焼き払っていた。
 僕は一瞬だけ呆気にとられるけど、すぐに立ち上がる。もちろん驚きもあった。でも今は、助かったって気持ちの方が大きかった。
僕はスピカに駆け寄り、上着を脱いで彼女にかけてあげる。
「もう大丈夫」
 スピカが目を開けた。僕の指差す先にあるシゲルのルーン、燃え盛る炎の珠を見る。
「……霧を晴らす光、夜の終わりを告げる復活のルーン……」
 彼女は呆然とつぶやいた。
 それと同時に炎の珠は激しく燃え上がり、霧が晴れていく。
 ホイッスルが鳴り響く。顔をあげると、そこはちょうどゴール地点となっていた。僕が応援席を見渡すと、最前列に陣取っていたオッテと目が合う。
彼はウィンクして、貸し一だぜ、なんて伝えようとしているような気がした。
読めない奴……。僕は落ちていた剣を拾って一振りしてから、鞘に収める。
「これでアスレチックレースは終了です。小休止をはさんで、模擬戦を行います」
 審判が近づいてきて言った。ということは、やっぱりロジェスたちは僕らより早くゴールしたんだろうか。
黙る僕と、下を向いたままのスピカを、係員の人が誘導する。その先は、模擬戦場のはずで、すでにロジェスたちが待っているはずだ。
僕は隣でうつむいている彼女をつっついた。
「スピカ」小声で呼ぶ。
「なんだか、ごめんね」彼女は答えた。
「なんで謝るの?」
「肝心なときに役に立てなかった」
「僕も役に立たなかったよ。あれは友達が書いたルーンだし」
 僕もびっくりしているけど。
「とにかく、まだ反省するような時間じゃないよ」僕は言う。
 自分に言い聞かせているような気もする。むしろ本番はここからだって。
 スピカは僕を見て、微笑んだ。
「ありがとう、ヘイム。頼りになるね」
 照れてしまって、僕は少し小走りになって模擬戦場のサークルの中に入った。
「おやおや、既に傷だらけじゃないか。そんなので俺と戦うのか?」
 二メートル。たったそれだけの間隔をおいて、ロジェスが立っていた。
彼は訓練用のユニフォームにも、肌にも、一切傷をおっていない。それに、その後ろに立った赤毛の少女も同じく少しも怪我なんてなかった。
僕は不意に、私も……実力がある人だとは思ってる、というスピカの言葉を思い出した。
「このくらい、関係ない」
 それでも僕は強がってみせる。僕もスピカも、全快とは言い難い状態だったけど。
「では、模擬戦を始めてください」
 審判が口にし、ホイッスルが高らかと鳴り響くと同時、僕は右手で剣の柄に手を掛けたまま突撃した。
「くっ」
 ロジェスの慌てるような声がする。そのはずだ。ロジェスはまだ剣を抜いていない。
 理由は簡単だ。ロジェスが、僕より剣を抜くのが早い自信があったからだ。
 僕はそのまま右肩からぶつかる。ロジェスは体勢を崩して、完全なノーガードだ。
 剣を抜いた。左から横薙ぎにする。足に踏ん張りをきかせ、腰の回転から鋭くロジェスのわき腹を狙った。
「ヘイム!」
 しかし、スピカの声を聞いた次の瞬間、吹き飛ばされていたのは、僕の方だった。
 なんとかバランスをとって、転倒を防ぐ。腕を見ると、なんとユニフォームのアンダーウェアが燻っていた。顔を上げる。
「どうだ、彼女の炎のルーン、ケンの味は」
 体勢を立て直し得意げに語るロジェス。その後ろで赤い魔術の光を纏う少女の姿もある。
 ケン。〝く〟の字のようなルーン文字が示すのは、炎や灯りといった意味だ。その力を使って僕を熱風で退けたんだろう。
「この力にはね、スプリネリカの、ハガルのルーンを抑制する効果もあるのさ」
 ロジェスが言いながら、上段から剣を振り下ろしてくる。僕はそれを何とか剣の腹で受けるけど、激しく剣がぶつかり合って手が痺れるのを感じた。
「炎は氷を溶かし、新たなる可能性となる……氷はそのための要素でしかない」
 そのまま僕を叩き潰そうとするロジェス。
 それを押し返そうと必死に力をこめる僕。
 僕はちらりと後ろを向き、スピカに合図を送った。彼女のルーンが三十センチほどもある氷片を作り出し、ロジェスに飛ばす。
 だがその攻撃も、奴の言う通り、まったく意味を成さなかった。
 ロジェスに当たる前に、その全てが溶けていってしまう。もはやスピカからの助けは期待できなかった。
 もう、自分でやるしかない。僕は渾身の力で剣を押しのけ、後退する。
「ふふん。距離をとってみたところで、君に何かができるわけでもない」
 僕は黙ったまま、手汗を拭って剣を握りなおした。
 例えそうだとしても、やってみるしかない。
 僕は、スピカに顔を向けた。スピカは、自分のルーンが届かないことを悔しく思っているだろう。僕も、だ。
 僕もまた、自分の力不足を痛感している。
「余所見をしている暇はないぞ!」
 ロジェスが剣を肩に担ぐような構えで、迫ってくる。
 僕はそれに合わせて剣を振り上げた。ロジェスの右肩から放たれる斬撃は、右からの薙ぎ払いだと限定されている。脇を締め、そこに合わせて剣を叩きつけるようにする。
 けど、そこで頬にちりちりと熱を感じた。
「くそっ」
 体を後ろに反らせる。さっきまで僕がいた場所に大きな火柱が立っていた。
「まだだぞ、ヘイム!」
 ロジェスが、剣が、僕の胸に迫っていた。
 なんとかガードするけど、崩れた体勢では踏ん張りが利かなくて僕は倒れてしまう。
 地面に背を打ちつけ、肺のなかの空気が押し出されるのを感じた。
「これで終わりだ!」
 仰向けに倒れた僕を跨ぐようにして、ロジェスが剣を振り下ろそうとする。
 ここまでなのか……諦めかけたその時、

「勝ちを確信した瞬間、きっと相手は隙をつくるわ」

 剣の練習をしていた時に言ったスピカの言葉が、僕の脳裏に響いた。
 僕は、とっさ左手でロジェスの足を払った。
「なにっ?」
 そいつは慌てて半歩後退する。
 僕はその間に立ち上がり、剣を構えた。右から、上に掬い上げるような型だ。

「その隙をつくことができれば、反撃は必ず成功する」

 ロジェスが慌てて僕の剣に応じ、互いの剣が衝突する。
 だけどそれは一瞬だ。
 僕は、この瞬間だけは負けない。腕を跳ね上げ、ロジェスの剣を弾く。
 なぜならこれは、防御と攻撃を兼ね備えたヴァルキュリアの剣術だからだ。スピカと練習した二週間で完成させた、必殺剣が決まる。
 ロジェスの手から剣が離れ、宙を舞って後ろに刺さった。
 赤毛の少女が見えた。突然の状況の変化に反応し切れていないみたいだった。
 息を止める。
 彼女がルーンを使うより先に、勝負を決める!
「うおおおおおっ!」
 跳ね上げた腕を引き戻し、剣を上段から振り下ろした。
 もう、ロジェスの回避も、炎のルーンでさえも間に合わない。
首元に、鋭く剣を突きつける。
「そこまで!」
ホイッスルが鳴り響いた。わぁっと会場が沸き、拍手や歓声が巻き起こる。
僕の、いや……
「僕とスピカの、勝ちだ!」
 気づけば、僕は思いっきり叫んでいた。
「ヘイム!」
 嬉しそうな声に、僕は振り向いた。
スピカが胸に飛び込んできて、腕を背に回してくる。
「よかった……勝ててよかった」
「うん」僕は返し、人目も気にせず抱きしめ合っていた。

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# by yamaomaya | 2012-02-11 15:15 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル1.1-凶意の少女-

【1】

 その瞬間、手に痺れがきたかと思うと、僕は剣を手放してしまっていた。
「くっ!」
 すぐに手を伸ばして落ちた剣を拾おうとするけど、僕の首に、剣が突きつけられる。
もちろん、それは訓練用の剣だから刃はつぶされてはいるけど、僕は冷たい汗が背を伝うのを感じた。手を止めて顔を上げる。
「くくくっ、お前みたいなのが俺と同じ等級にいるとは、まったく度し難いよ」
 剣を突きつけてきているのは、僕とそう歳の変わらない少年だ。訓練用のユニフォームに身を包んでいて、エリート臭がする高慢そうな顔には笑みが張り付いている。
「へっ、やっちまえよ、ロジェス」
「ロジェス! ロジェス!」
 辺りには同じように訓練用の服に身に包んだ生徒たちがいる。そいつらは、僕に剣を突きつけて得意げな顔をしているロジェスの名を繰り返しコールし始めた。その様は、少し前に授業で見た、下界の剣闘士をはやし立てる観客の様子にそっくりだった。
「さてと、そういう展開が望まれているようだから、優秀な俺としては期待に答えないわけにはいかないな!」
 そいつが剣を空に掲げると、わっと周りの奴らが歓声を上げた。九十センチの刀身が天を突く。典型的なロングソードだ。あれで叩かれたって、痛いに決まっている。
 僕は思わず目を瞑った。
だけど、いつまで経っても痛みはこなかった。
「何のつもりかな、スプラネリカ」
 苛立ったようなロジェスの声が聞こえた。僕は恐る恐る目をひらく。
「何のつもりって……あなたこそどういうつもりなの?」
 僕を守るように、一人の女の子が立っていた。背を向けていて顔は見えないけれど、少女の髪は綺麗なアッシュグレーで、真上にある太陽の光をキラキラと返している。
「貴方が、戦意を失った者に対して不当な攻撃を与えるというのなら、主神の名を汚すものとして許さない」
 少女は強い口調でロジェスに言う。それと同時、どこかから鐘が鳴り響いた。
「ちっ、……訓練時間も終わりだ。続きはまた今度だ、ヘイム」
 ロジェスは言い残して、去っていく。周りの奴らも、ぞろぞろと訓練場を後にした。
「……ヘイムって言うの?」
 少女が言いながら振り向いた。そして、まだ芝生に腰を落としている僕に笑いかける。サイドに流した前髪を手で押さえ、少し腰をかがめて僕を見つめた。水辺の精霊のように整った顔立ちで、笑みには清楚な雰囲気があった。
「良い名前だね」
 四方を赤レンガで囲まれた訓練場に、少女の声が響く。白い制服を着た彼女は、おそらくヴァルキュリア候補生なのだろう。
訓練校ヒミンビョルグには、神兵であるヴァルキュリアの候補生と、世界をつなぐ橋ビフレストからの敵襲を知らせる衛兵の候補生がいる。ヒミンビョルグの女子は前者、男子は後者にあてはまるから、目の前の少女が教官でない限りは、ヴァルキュリア候補生ということになるのだ。
「ありがとう。みんなには、よく名前負けしてるって言われるけどね」
 僕の名前であるヘイムは、ビフレスト衛兵長の役職名であるヘイムダルから来ているのだ。さっきみたいにロジェスに好き勝手いわれたりするのは、その影響でもある。
「そう。まあ、私も授業があるし、いつも助けられるわけではないから」
 少女は言って、そばに落ちた僕の剣を拾う。それを綺麗に一回転させると、柄の方を差し出してきた。
「貴方もギャラルホルンを目指してるなら、あんな人たちに負けないようにね」
 少女は笑って、歩み去っていく。指定の白いミニスカートが揺れるのを僕は黙って見送っていた。
「ヘイム……」
 不意に後ろの方から声がかかる。振り向くと、そこには僕の悪友であるオッテがいた。訓練用の剣が入っている木箱から首だけ出している。
「訓練の途中から姿を見なくなったと思ったら、そんなところにいたの?」
 呆れた危機回避能力だった。
「もう、いないよな」
 その問いに頷くと、オッテは剣箱から出てきた。そして僕に近づいてくる。凄い勢いで。
「それよりよ、お前、なに? スプラネリカさんと知り合いなの?」
「いや違うけど。どうかした?」
「違うのか、まあ……そうだよな。あのスプラネリカさんだし」
 オッテは勝手に納得すると、先に訓練場を出ようとする。僕はその背を追いかけた。
「待て、待て、そのスプラネリカさんってどういう奴なんだ?」
「どういう奴って。お前が思った通りの人だと思うよ。ヴァルキュリア候補生で、準一級。弱い者いじめを許さなくて、あの高慢なロジェスお坊ちゃんでさえ退ける優秀な女子さ」
 オッテの隣に並ぶと、彼は僕を見た。
「容姿端麗だし、それでもってルーン魔術の使い手だって言うんだもんな」
「なるほどね。そんな人に助けてもらえたなんて光栄だよ」
 僕が言うと、オッテはずいっと顔を近づけてきた。
「そうだよ。羨ましいぜ。ヒミンビョルグの女神ってやつだぜ、隠れなきゃ良かった」
 ……ずっと隠れてろよ。
 僕はそう言いたかったけど、口にはしないことにした。スプラネリカさん、か……僕は積極的に人と関わらない方だったから、学校の有名人とかには詳しくなかったんだけど。
「確かに、人気があるのも分かるかな」
 オッテに聞こえないくらい小さく呟いてみる。



 神々の世界に聳(そび)え立つ訓練校ヒミンビョルグ。そこは、主神に仕える神兵ヴァルキュリアを志す少女と、虹の橋ビフレストを見張る衛兵を目指す少年が集まる場所だ。そこで僕らは武術の訓練や、座学など、様々な勉強をしている。
 そうして、特に男子は、ヘイムダルを目指す。衛兵長の証であるギャラルホルンを、主神から受け取って、限りない栄誉を与えられるために。
 スプラネリカさんにあった日の夜。僕は学校の近くにある丘で、月を見ていた。
 ヒミンビョルグはそれなりに辺境だから、中央から来ている人たちは毎日毎日、移動が大変そうだけれど、僕は寮生なのでその点の心配はない。多少夜更かししても平気だ。
「さて、いつも通り練習しますか」
 手にしていた杖で地面をつく。毎日……とは言えないけど、僕は定期的にルーンの練習をしている。母が魔女だからなのか、生まれつきただ一つだけ、ルーンの力を持っている。
 ウィン。喜びの意味をもつルーンだ。光が瞬き、地面に黄色い図形が現れる。
尖った〝P〟のように見えるその図形が、ウィンを示すルーンだ。
「ヘイム?」
「!」
 突然声をかけられて、僕は振り向いた。集中力が途切れ、ルーンが消える。
 夜の闇。月の光のしたに、微かに少女の姿が見える。藍色のロングのワンピースに、白いカーディガンを羽織っていた。近づいてきて、姿が見えるようになる。
アッシュグレーの髪。
「もしかして……スプラネリカさん?」
 僕が言うと、彼女は笑う。
「うん。ヘイムって、ルーンが使えたんだ」
 彼女は感心したように言うけど、僕は首を振る。
「そのお陰でこの級にいるようなものなんだけどね」
 年二回ある審査で一定のランクを得なくては、等級が上がらない。それは何年在籍していようが、等級が上げられない奴は神兵や衛兵になれないってことだ。
 僕は、あの気障で高慢なロジェスに勝てないほど弱いけど、ルーンを持つという点を買われて、なんとかこの等級にいる。準一級。一級になれば、採用試験だ。
「そっか。ヘイムのルーンは、どんなことができるの?」
 そう聞かれて、スプラネリカさんがルーン魔術の使い手だということを思い出した。
「ウィン。攻撃にも防御にもならない、よく分からないルーンだよ」
「喜びか……綺麗なルーンだね」
 彼女にそう言われて、僕は肩をすくめる。それは、綺麗か綺麗でないかと言われれば綺麗だけれど。それはルーン魔術全般に言えることだ。
「スプラネリカさんは?」
 聞いてみる。
「ハガル」彼女は答える。
「雹(ひょう)――。凶意のルーンだよ」
 その声色は少しだけ沈んでいるようにも思えた。
凶意。まあ、彼女にあったばかりの僕が思うのも難だけれど、スプラネリカさんには合わないルーンかなと、少しだけ思った。昼間、僕を守ってくれた彼女の背中には、凶意のルーンが宿っているとは思えなかったのだ。
「雹、か。やっぱり、飛ばして使ったりするの?」
「……必要に迫られればね。破壊することに関しては、私のルーンは少し強すぎるから」
 手軽には使えないってことだろうか。
「それより、ヘイムっていつもルーンの練習してるの?」
 スプラネリカさんが顔を空に向けて、僕に聞いてくる。僕も空を見た。
「いつもじゃないけど、それなりにね」
 ルーンを買われている。となれば、多少はルーンを練習しておくのが筋だろうから。
「どんなに発生速度を高めても、効果範囲を広げてもみても、結局、僕のルーンには喜びの力しかないけど」
 人の心を癒し、つかの間、健やかな気を与えるだけのルーン魔術だ。
「……じゃあ、私も一緒に練習していいかな」
 彼女は、僕の顔を伺うようにして言う。
 その言葉で、僕は呆気にとられる。一瞬、言葉を失くしてしまった。
 スプラネリカさんが何を考えてるかは知らないけど、女の子から「一緒に練習しよう」なんて言われるようなことがあるとは思わなかった。
 訓練だけに一生懸命になってきた。友達という友達はオッテだけだ。そんな僕が。
夜風に、少しだけ森の匂いを感じた。スプラネリカさんは首を傾げる。
「だめ?」
「だめじゃないけど」
 きっと一緒にやる意味なんて無い。思ったけど、僕は言葉を続けることができなかった。
「ありがとう、ヘイム」
 彼女が笑っていたから。
 なんで笑うの? なんで嬉しそうなの?
 なんで、僕は……彼女の笑顔を見て安心しているんだろう。
「スプラネリカさんは、」
僕が聞こうとすると、彼女が僕に人差し指を立ててみせる。
「スピカって呼んで。親しい人は、そうやって呼んでいるから」
 急に気恥ずかしく感じて、僕は少し迷ってから喉から出かけた疑問を引っ込めた。


【2】

 燃えている。
 ビフレストとは離れたとある森のなかだ。そこには一軒だけ、古びた小屋があった。
 僕は燃え盛る森と、小屋を見下ろしている。
またこの夢か。度々この夢を見る。宿命を司るウルド神の嫌がらせかもしれない。いや、会ったこともない女神様のせいにしてみても、この夢が消えるわけはない。
 僕がこの夢を見るのは、僕が過去に囚われている証拠なんだ。
 燃えている。赤々と、明け明けと。
 夜の帳を燃やし尽くすように、僕の幼少期が、そこで焼却していた。
 母は魔女だった。優秀な魔女だ。ルーン魔術に長け、調薬を得意とし、自分なりの正義を掲げていた。父はヘイムダルだった。巨人族との戦いで、僕が生まれる前に死んだらしく、絵画でしか見たことが無いけれど。
 母と僕は、森のなかで静かに暮らしていた。
 だけど、母は悪い魔女に目をつけられてしまった。そいつは、母の能力を妬み、その正義を疎ましく思ったらしい。そして――母は謀殺された。
母の作った薬を、悪い魔女が毒とすり替えてしまった。
たくさんの人が亡くなって、それは全部、母のせいになった。被害を受けた人たちは、結託して、母と僕の家を……〝悪の魔女の家〟として燃やしてしまった。
 家のなかにいた僕は、そのまま焼き殺されるところだった。助けてくれたのは母だ。
 小屋は炎につつまれて、屋根を落とす。その中から、火だるまになった女性が現れた。
「こんなもの、見せるな!」
 僕は叫んだ。けれど無駄だ。どんなに叫んでも、ベッドの上の僕は目を覚ませない。
 僕は、この過去に囚われている。どんなに明るく振舞ってみても、必死に訓練してみても、結局は、動けない。
 女性は小屋から出て、炎の届かないところまで、覚束ない足取りで進んでいく。
 腕には、黒く焦げた毛布の塊。薄緑の光を放つそれは、エオローとベオークの魔術がかかっていた。つまり、守護と再生のルーンだ。
 僕は、その毛布の中にいたらしい。後で聞いた話だが。
「やめてくれ、誰か、僕を起こしてくれ……」
 火だるまの女性が、僕に迫ってくる。助けてくれと懇願する。熱い。炎が僕を焦がす。
悶えるような声。苦しげにさ迷う指。だけど、僕には触れられない。
 助けられない。
助けられないんだ。僕は、無力だから。



「大丈夫か、お前。大分うなされてたぞ」
オッテの心配そうな顔が目の前にあった。少し頬が痛いのは、彼が叩いて起こそうとしたからだろうか。
「大丈夫だよ。時間は?」
「さっさと準備すれば間に合うだろ」
オッテは深くは追求しない。ルームメイトである彼は、僕がうなされているのを幾度となく見ているというのに。
確かに僕は楽だ。無駄な過去を明かさずに済む。だけど、彼はどう思ってるだろうか。
 僕は身支度を整えて、寮を出た。
 今日の朝礼は確か、重要な告知があると言っていたはずだ。僕とオッテが講堂に入り列に加わると、ちょうど朝礼が始まるところだった。
 訓練校の教官長が台にあがり、僕らを見渡す。生徒たちが微かにざわめくのを、教官長は視線だけで黙らせる。初老ながら覇気は現役に劣らず、過去にはヘイムダルを拝命していたこともあったらしい。
「未来の神兵を目指す淑女諸君、未来の衛兵を目指す紳士諸君。日々を訓練とし、訓練を糧とし、常に切磋琢磨している訓練生諸君。今日は、一つ、重大な発表がある」
 そういって、教官長は表情を厳しくする。
「先日ヘイムダルより、巨人族の挙兵の兆しを察知したという報が入ったのは……既に知っているものと思う。その規模たるや幾千を超すともつかない」
 講堂がしんと静まり返る。普段は多少の雑談はあるけれど、今回の件にいたっては、みな沈黙を守るばかりだった。
「もし、今回の巨人族の襲撃によって中央への侵攻を許すことがあれば、それは、神の落日――ラグナロクと直結するものとみて間違いないだろう。主神オーディンが、巨人族の師団程度に遅れをとるとは到底考え得ないことだが、決して覆せないものの数というものがあることは、指揮官訓練をしている準一級以上の者には既知の通りである」
 戦争でも始まるような雰囲気を醸す教官長に、暖かな日差しも冷たく感じる。
「例年通り、あと一月で、一級生の採用試験会が実施されるが、今回は戦力の増強を第一として特別に、高い能力を持つ準一級生からも選抜を行う」
 ざわめく。
 突然の告知にざわめくのは、主に対象となる準一級生だ。僕の後ろで、オッテも意味のない呻き声をもらしている。
 僕は首を動かして、女子の列の方を見た。スピカも準一級だったはずだ。彼女は、今回の決定についてどう思っただろうか。だけど、前の方にそれらしいアッシュグレーが見えただけで、表情を見ることはできなかった。
「静粛に。選抜試験は二週間後だ。それを通過した者だけが、採用試験会へと参加することになる。内容は、この後で配布する資料を参照するように。選抜会への参加は自由だが、諸君らの積極的な参加を期待する。……以上だ。朝礼を終わる」
 教官が資料を配り始める。その様子を見下ろしてから、教官長は台を降りていった。
「おい、すごいことになったな。ヘイム」
「そうだね」
 僕はいち早く講堂を後にする。もちろん資料なんてもらってない。
「なんだよ、なんだよ。他人事みたいに、あ、そこ、余ってるならこっちに二部くれよ」
 後ろでそんなやり取りがあってから、オッテが慌てて追いかけてきた。
「ほれ、もっとけって」
「いらないよ。もともと僕には、準一級すら大げさなくらいだし」
 そういうのはね、悔しいけれど、まだロジェスの方が適役なの。
 実力もそうだけど。
なにより、僕みたいな過去にばかり囚われた奴には、そういうのは似合わない。
「もちろんオッテにもね」
「なっ! そりゃあ、そうかも知れないけどなぁ、ったく」
 ぶつくさ言いながら、オッテは持っていた資料を二部ともポケットに突っ込んだ。
「ま、必要になったら言えよ。持っててやるから」
 せいぜい入れたまま洗濯班に出さないように気をつけてくれ。
 僕は心のなかで少しだけ笑った。今日は武術訓練はない。だから、ロジェスが変に絡んでくることもない。

 その夜、僕がいつもの丘に行くと、そこにはすでにスピカの姿あった。
 昨日みたいな格好ではなく、彼女は制服姿のままだった。僕の姿を見つけ、微笑みかけてくる。足元にルーンを展開させたままで、「こんばんは」なんて、普通に挨拶してきた。
 僕は彼女の集中を乱さないように会釈だけ返して、その様子を見る。
 彼女はライトブルーの光を散らしながら、周囲に氷のつぶてを浮かべている。逆巻く魔力の色は、スピカの髪の色とあっていて、とても綺麗だ。
 彼女がゆっくりと手をかざすと、氷の欠片は前に整列する。スピカが手を下ろす。一瞬。キュンッと金属を掻くような音とともに、つぶては飛びだしていた。
「すごいな」
 情けないことに、僕はそうとしか言えなかった。
 だけど、僕のルーンを考えたら、スピカのそれは凄いとしか言い様がない。
「ありがと。これがね、私のルーンの一番簡単な使い方」
 それは、ハガルそのものといって差し支えない魔術だった。
「……スピカは、選考会に出る?」
 そういえば、と思い、聞いてみる。学校の誰からも認められている優等生である彼女はきっと、出るつもりなのだろうと思う。
「多分」
 彼女は、ぼかすように、そう答える。
「私、ロジェスに誘われてるの」
 僕はその名前を聞いて、少し頭がくらっとした。
ロジェスが、スピカを? そう考えると、なぜか気分が悪くなる。
「神兵候補生と衛兵候補生、二人一組でエントリーしないといけないから」
「ロジェスではスピカとつり合わないよ」
 そんな言葉が口をついて出てしまうけど、スピカは困ったように笑うだけだ。
「そう思わない人もいる。私も……実力がある人だとは思ってる」
 彼女は言った。ショックだった。脳裏に、僕に剣を突きつけて高笑いするロジェスが浮かんだ。無意識に頭を振る。横に、強く。
「あいつと組むべきじゃない。あいつは、フェアじゃない奴だ」
 珍しく、感情的になってるのを自覚した。ロジェスに馬鹿にされたって動じないのに。
「だからといって、断れないんだよ。ロジェスは、力をもつ家の息子だから」「……」
 彼女はその場に座った。ぺたり、と。これまで僕に見せてきた毅然とした態度とか、次の動作を考えられたような、訓練された動きではない。
 不意に歳相応の女の子みたいに見えて、そこには本当の〝スピカ〟がいるように思えた。
「ねえ――」
彼女は上目遣いに僕を見た。ドクンと心臓が跳ねる。
 夜中の、ひとけのない丘。当たり前だけど、僕とスピカは二人きりだ。そんなことを今さら痛感する。それで、凄く動揺した。
「一緒に選考会に出てほしいの。……そうしたら、ロジェスと組まなくて済む」
 スピカは言って、僕の手を引いた。
 僕は、彼女となりに座る。丘に茂る、背の低い若草たちが柔らかかった。
「……僕は、僕は無力だ。一緒に出たって、君を採用試験まで連れて行けない。だから」
 そう言って、僕は断ろうと思った。
「それでいいよ」
 握られたままになった手を、スピカはぎゅっと握って言った。
「それでもいいの」
 彼女を見る。僕は彼女が正気とは思えなかったけど、そこまで言われてしまったら、僕に断ることなど出来なかった。多分、僕はスピカが好きになりかけてて、できれば役に立ちたいと思っていたんだろうから。

 翌日、僕とスピカは午前中のうちに選抜会への参加を届け出た。これでスピカがロジェスと組まれることはなくなって、あとは選抜会に全力を尽くすだけだ。
 スピカには悪いけど、全力を尽くしたって採用試験会まで上がることはないと思う。
 けれど、スピカに恥をかかせない程度にはしないといけない。僕はそう決心する。
「よっ、ヘイム! 聞いたぜ! 興味ないね、と言いながら、結局やるんじゃん!」
 午後の講義がある教室に入ると、オッテに抱きつかれる。
「やめろ……暑苦しい」
「しかも、コンビの相手はヒミンビョルグの女神だと? 俺のシゲルで焼死しろ!」
 オッテは紙に黒炭で書かれたルーンを僕の胸に押し付けた。
シゲルは太陽の力を示すルーンだけど、ルーンの素養がない者がそんな符を使ったところで効果は発揮されないから、その紙は燃え出すこともない。
 その紙を手に取ると、それは選抜会の資料だった。僕のためにとっておく、とか言っていたやつなんだろう。ありがたく受け取ることにした。
「選抜方法は、アスレチックレースと、衛兵同士の模擬戦……か」
 呟くと、オッテは僕の肩に頭を乗せて補足を入れる。
「アスレチックレースは、個別能力と指揮適性。模擬戦は、総合的な白兵戦力及び、連携を見る……だとさ」
「待て、衛兵同士の模擬戦なのに、連携?」
オッテの言葉に、僕は疑問を得る。
「そうさ!」
 それと同時に、一番会いたくない奴の声。
「知らないのか、ヘイム。基本的には衛兵同士の勝負だが、コンビのヴァルキュリアがルーン魔術を使えるならば、それによる援護を得ることができるのさ」
 ロジェスだ。僕は嫌な気分を隠せずに、多分、そのまま顔に出している。
 だが、嫌な気分だったのは彼も同じだったらしい。
「ふん、どうやって君がスプラネリカに取り入ったのかは知らないが……せいぜいその頼りない剣を、優秀な相方に、補ってもらうといい」
 優秀な相方に、というくだりを強調して、ロジェスは嫌味ったらしく言ってみせた。
「……」
 何も言い返せない。確かに僕の剣は、強くないから。
 黙っている僕に気が削がれたのか、ロジェスはさっさと席へと歩き出した。
「そうそう。これは噂話なんだが、俺の初戦の相手は、どうやら君らしいよ、ヘイム」
 楽しみだね。なんて彼は言ったから、僕は悔しくなって少しだけ拳を握った。
「あーあ、相変わらずムカつく奴だな」
 オッテはそう言うけど……多分、聞こえてるぞ。

 正直、ロジェスが相手だというだけでやる気が殺がれているのは確かだけど。でももうエントリーしているわけだから、逃げも隠れもできない。
 僕はそんなことを思いながら、またいつもの丘にやってきていた。スピカはまだいないいみたいだ。辺りを見回して誰もいないことを確認して、僕は剣を出す。
「――ふっ」
 振る。強く、鋭く、虚空を斬る。ロジェスとの一騎打ち、か。
 それはもちろん、スピカの援護があるなら厳密には単騎ではない。心強いけど。
「こんばんは、ヘイム」
 スピカが現れる。僕は一度剣を下ろして、やあ、と手を上げた。
「選抜会のトーナメント表、出てた。初戦の相手は、ロジェスだったね」
「うん」僕は何も言えなくなって、そう、短く答えることしかできない。
 もし彼女に勝算を問われれば、僕はきっと、ここで彼女を落胆させることしか出来ないだろうから、僕では彼女の期待に添えない。
 僕は誤魔化すように、剣を振ってみせた。
「勝てるといいね」彼女は言って、
「負けると思う」僕は答えた。
「ね、ヘイム」
 スピカは、僕の剣を持つ手を押さえて、正面から向き合う。
「ヘイムは、そんなに悲観するほど弱いの?」
「少なくとも、ロジェスより弱いよ」
 彼女の問いに、無力な僕は、少しだけ泣きたくなる。
「それにきっと、スピカよりも大分、弱い」
 僕が言うと、彼女は少し驚いたような顔をして、すぐに慌てたように返す。
「神兵と衛兵の剣は違うから、そういうのは一概には言えないよ」
 けれどそれが、彼女なりの気遣いなのは明らかだった。少なくとも僕はそう思った。
「敵を倒す力である神兵の剣術の方が、衛兵の剣術より突破力があるっていうもの」
 彼女はそういって、自分の言葉に一人で勝手に相槌をうった。
「ヘイム。今から二週間で、神兵の剣技を一つだけ教えてあげる」
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# by yamaomaya | 2012-02-11 15:11 | 小説