喜:)怒:(哀:(楽:)

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//北欧剣譚ヘイムダル ■1.1 ■1.2 ■2.1 ■2.2 ■3.1 ■3.2

北欧剣譚ヘイムダル3.2-最強の証明-

【4】

「いたぞ、その店の向こうじゃ」
 腰に差したユリスがそう囁く。暗闇に目を凝らした。その先にいるものを見定めようとするが、遠すぎるのもあってよく見えない。
「ヘイム。早く出ないと、行っちゃうかもだよ」
「そうそう。これで逃げられたら何のために鍛えたのかって」
 スピカとリンレットに急かされ、僕は物陰から出た。
「来た……か」
 裏通りに声が反響する。そうして、女剣士は姿を見せた。
 建物の陰に隠れていたようで、一歩こちらに踏み出すだけで姿ははっきりと見えるようになった。
 目に飛び込んでくるのは、オッテから聞いた通りの、彼女の身の丈にも及ぶ大剣。これも、魔剣の類だろうか。そうでもなければ、女剣士に扱いきれるとは思えない。
 それほど、彼女は小柄だった。女子としては普通だと思うけど、だからこそ大剣に細工や能力の類があると見るのは当然だ。
「……」
 僕も剣を抜く。
 彼女は、構えも取らずに堂々と立っていた。
 気負いのない立ち姿だ。ミニスカートから伸びた長い足を肩幅よりわずかに広く開いている。アーマーをつけているとは思えないスリムなシルエット。ニーブーツと同じ黒染めのタイトなコートに身を包み、胸元は開かれている。
「さあ、やるんでしょ?」
 挑発ともとれる言葉。闇に溶けるような黒髪のショートカット、目元を隠す白い仮面の下、薄く紅の引かれた唇が微笑を浮かべた。
「ああ」
「緊張しすぎるな。戦いは、自分のペースを守った方が勝つのじゃ」
 ユリスの助言を噛みしめて、剣を走らせる。逆袈裟の軌道を描く突進剣技だ。僕の剣にあるのは、僕自身の闘志、スピカの教えてくれた技術、ユリスが貸してくれる風の力だ。それらを自在に操って戦うのが、僕のペース。
 剣士が、応じるように身体を捻る。跳ね上がる大剣。
 正確なガードが僕の剣を阻んだ。時鐘を叩いたような重い手応えに、たまらずバックステップを踏む。体勢を整えるために。
「っ!?」
 だが、そのステップは逆に、相手に付け入る隙を与えるだけだった。
 早々の決着を予感し、高く振り上げられた大剣が、僕の視線の先で月を割る。その一撃を、さらに大きく一歩、バックステップして逃れる。
 僕が直前まで立っていた場所に、剣がつきたつ。石畳が砕かれ、飛散した。
「左へ!」
 脳裏にユリス・ブリスの声が響いた。
 その瞬間、何も考えずに、僕は左へと身体を捻る。耳元を擦過していく大剣。突き立った剣を、彼女の鉄底のブーツが蹴りあげたのだ。
 火花と、岩砕と。まくれ上がったスカートから目を逸らし、僕は体勢を立て直してガラ空きの側面に一閃を走らせた。
「すごい、いい勘してる!」
 嬉しそうに笑う少女。
 だが、避けられたのはユリスが狙いに気付いて警告してくれたからで、武器が妖精剣でなければ勝負は決まっていただろう。冷や汗が噴き出た。
 彼女の返しの一撃と、かち合う。歯を食いしばり、一撃を辛うじて受けきる。
 だが、その一瞬後。僕は、大剣が高速で閃き、さながらレイピアの如く繰り出されるのを発見した。間に合わない!
「くっ、そぉお!」
 そう判断するや否や、瞬時に風の力を引き出す。
 風の加護に後押しされて、こちらも連続攻撃で打って出た。ユリスの刀身が、女剣士の大剣と幾度なく衝突し、闇に花を咲かせ続ける。
 どちらが先に音を上げるか、どちらが先にガードを抜けるか、どちらが先に腕を痛めるか、どちらの剣が先に折れてしまうのか。そういう勝負だった。
 風の力と、ユリスの硬さにまかせて剣を振る僕と、自分の体力と体術で剣を振っている可能性のある剣士。どちらが有利とは決めきれないが……
「本気になれる、君となら、どんな高みにでも昇れる気がする!」
 小さな汗の雫を飛ばして笑う彼女の姿に、デジャヴを感じた気がした。
「きみは……」
 呟く。
 その瞬間、爆音と強い光が路地を貫いた。
 街を揺らす轟音。
 目を潰す閃光。
「なっ!?」
「えっ!?」
 驚きに少女の動きが止まる。だけど、僕の剣は止められない……!
 集中が途切れ、無くなりそうになる風の加護を総動員して、僕は剣を無理やり押しとどめようとした。必死の制動。身体が、何かにぶつかる。
 そして何も見えなくなる。
 光が消えて、路地裏は薄ぼんやりとした暗さに戻った。目が焼けてしまったのだろう。何も見えない。僕は自分の身体が倒れていることに気付いた。
 何か柔らかいものの上に倒れているらしい。腕を立て、立ち上がろうと試みる。柔らかい感触を押し、立ち上がろうとする。
「あっん、だめ……動かないで……」
 下から声がした。
「私もそうだし、見えてないんだよね? 目が慣れるまでは、ダメ」
 とてつもなく嫌な予感はしたが、僕は手を戻して目が慣れるのを待つ。やがてじんわりと暗闇に目が慣れると、そこには予想通り、女剣士の姿があった。
 先ほどの柔らかい感触が何だったのかを考えるのも恐ろしくなる。
「ご、ごめん!」
 謝り、立ち退こうとするが、僕はそこで動きを止めてしまう。
 仕方なかった。驚愕に値した。
「やっぱり、きみは……」
 そう口にすると、彼女は目元に手を当てる。だけどそこに、人相を覆い隠す白い仮面はない。僕が押し倒した時に外れたのか、彼女の顔の左隣りに落ちていた。
「あ、これは、違う。違うの」
「何が違うんだ、きみは……誰なんだ」
 そこにいたのは、訓練校唯一の魔剣使いライン・スティキレとよく似た少女だった。
 いや、似ているというレベルではない。
 まったく、同じ。紅と、薄く飾られた化粧の分だけ女性らしくなっているだけで、あとは完全にラインと同じだった。
「教えてくれ」
 僕が問いかけると、彼女は観念したように眼を伏せる。
「……私は、その、本当は、女の子なんだ。だけど」
「そうなん、だ」
 通りで、線の細いわけだ。そう思いながら、僕は言葉を続ける。
「ほんとうの、名前は?」
「ん、ライナだよ。ライナ・スティキレ。……ねえ、仮面はどこ?」
 仮面を取り、彼女に渡す。
 ライナはそれを受け取ると、胸の前で右手にもって、頬を染めた。
「その」
「なに?」
「そろそろ、どいてくれないかな?」
 艶やかな髪から覗く耳までも赤く染めて、彼女は言う。
 それで、ようやく状況を把握する。
 ただ彼女を押し倒している状態にあるだけでなく、僕は彼女の股に脚を差し入れていて、無理やりに彼女の脚を押し上げている状態だったのだ。
 彼女の左手はスカートの裾を引っ張って、僕の方から下着が見えないように隠しているが、白い内腿は隠しきれておらず、思わず唾を飲む。
「わ、分かった」
 僕はあらぬ場所を触らないよう注意して立ち上がる。
「はあ……触られちゃっ……た、なー」
 悩ましげな吐息とともに吐き出された小さな呟き。僕はそれを聞かなかった事にして、彼女が何でこんなことをしているのか、聞こうとした。
 しかし、僕が口を開く前に、真夜中の裏路地に悲鳴が響き渡る。
 それも、僕がよく知る少女の……。
「スピカ!?」
 僕は身を翻し、声のした方へと、スピカたちが隠れていた方へ走った。
 そこにいたのは、二つの人影。
 一つはリンレットだった。僕に背を向けるようにして、剣を構え、向こうにいる誰かと機を読み合っている。
 そして、その相手は、茶ばんだボロマントに身を包んだ長身の男だった。その男はスピカを盾にし、僕らからじりじりと遠ざかろうとしている。
「リンレット、この男は一体?」
 僕が言うと、赤毛の少女は悔しげに下唇を噛み、説明する。
「さっきの爆発のとき、いきなりそこの角から現れたの。爆発と何か関係があるかと思って私達が呼び止めようとしたら、この男、凄く強くて……」
 それで、スピカが捕まったわけだ。
「彼女を離せ」
 僕は抜き身のユリスを持ったまま、男ににじり寄る。
 一見、何の武器も持っていないように見えるが……スピカとリンレットの二人がかりで勝てないなら相当に実力者だろうし、何か武器を隠し持っていてもおかしくない。
「断る。オレは、ここで捕まるわけにはいかないからな」
 ある程度のところまでは近づくが、それ以上は、近づけない。男に隙がなさすぎる。
 どうするべきか……そう思ったとき、僕は音に気付く。
 硬い、足音のようなものが、頭上から降ってくるような気がする。
 僕は視線を動かす。その瞬間、左右を挟む家の屋根から、少女剣士が躍り出た。
 死角から放たれる、頭上からの鋭い一撃が男を襲う。
「せぇっ!」
「ぬおぉっ!」
 裂帛の息とともに繰り出される一撃が、男の咄嗟の受け手と交差する。
 ギギュイン、と金属同士がぶつかり合う激しい異音。
「防がれた……!?」
 空中で器用に体勢を変え、男を挟み込む位置に着地する少女。
 ライナだ。
 その手に持っているのは、短剣。さきほどの大剣はどうしたのか……そう思う隙があるかどうかのところで。
「ちっ」
 小さな、舌打ちの音。
 男はスピカを離し、彼がやってきたという角へと戻っていく。
「待て!」
 ライナが男を追って駆け出す。僕はスピカに近づくと、安否を確認した。
「スピカ、大丈夫? 怪我は?」
「私は大丈夫。それより今の人は? これってどういう状況なの?」
 分からない。
 それが本心のところだった。一度に色んなことが起こりすぎて、まったく何がなにやら判然としないのだ。
 確かなことは、謎の女剣士が訓練校唯一の魔剣使いであること、彼が女の子だったこと、そしてこの街で何が事件が起きているという事だけだ。
「リンレット、スピカを頼む」
 だから、僕はそれを見届けるために、行かないといけない。
「それはいいけど、ヘイムは? どうするの?」
「僕はあの男を追う」
 あれだけの爆音だ。直に自警団や神兵がやってくるだろう。だけど、その僅かな隙にもあの男は逃げ出してしまうかも知れない。
 僕は足を早めた。



 そこは瓦礫の山と化していた。
 そこにあったはずの建物は、微かにその面影を残しているだけで、完全に崩壊していた。土煙が未だもうもうと立ち、視界は良くない。
「ユリス」
「うむ」
 短いやり取り。僕がユリスに魔力を込めると、辺りを風が吹き抜けて土煙を晴らす。
 そこでは、既にライナと男が熾烈な戦いを始めていた。
「加勢するぞ!」
 僕は瓦礫だらけの足場を、走破する。環境は悪い……しかしそれはお互い同条件だ。
 ライナの短剣が閃く。
 夜闇に薄ら赤い軌跡を残して走る一撃が、男の手に阻まれる。手甲のようなものを使っているのだろう。鈍い音が響くなり、火花が眉を歪める男の顔を小さく照らした。
 その硬直を狙い、僕は真一文字にユリスを放つ。
「シッ!」
 細く鋭い息とともに、最速の一撃。だが男は慌てず一歩半バックステップすることで射程を逃れた。
「ヘイム、危ないから離れてて」
「そんなわけにもいくか!」
 ライナの忠告に、僕は怒鳴り返す。
「君こそ、ここを離れるんだ」
「それは……聞けない」
 左前に構える僕と、右前に構える彼女。僕とライナは背を合わせ、男と対峙する。
「なら、力を合わせて戦うしかないな」
「うん」
 彼女は頷き、剣を構えなおす。短剣であるにも関わらず、僕と同じ、ロングソードを構えるような型を取る。
「スカーレッド・リ・スケール」
 彼女がそう呟くと、その手に持っていた剣は形を変え、僕と訓練していた時と同じロングソードの形をとった。スカーレッドは変幻自在の魔剣であるらしい。ユリスも姿を変える力があるとは言え、僕は突然の出来事に少しだけ驚いた。
「行くよ!」
 ライナが、一瞬早く、一歩を踏みこむ。男に向かい、剣を振るう。
 僕とライナでは圧倒的に彼女の方が力強い。
 それはこの場合、一言に僕と彼女の剣質が違う、ということ以上の意味を持つだろう。僕の剣は技巧の剣。対し、彼女のものは力の剣。であるならば、彼女が相手の剣を引きつけておき、僕がその隙を埋め、ときに反撃への標を撃つことが良手になるだろう。
 一般には逆もまた然りだが、今回の相手は苦もなくライナの剣を受け止める相手。矢面に立つのは彼女の仕事と見て間違いない。
「ちっ」
 男は僕らの考えに気付いたのか、剣を撃ち合いながら舌打ちをする。
 それは奇しくも、策が上手くいっている証拠であり、それに対し、その男に打つ手がないということでもあった。
「……っ!?」
 だがそれは、ミスがなければの話だった。
 ライナの体勢が崩れる。足元で瓦礫が音高く砕けるのが見えた。
 瓦礫が砕け、足を踏み外したのだ。
 そう冷静に分析する僕を尻目に、彼女は呆気にとられた表情のまま、倒れる。男が、これを好機と拳を振り上げた。
 ガシャンと、男の踏み込みが瓦礫を踏み砕き、土煙を上げる。
 半月を描くように繰り出された男の一撃が、ライナに向かう。
 この一瞬間後には、ライナは拳を食らう。ライナの剣は斧すら受け止め、その剣すら凌いだ男の力とは一体……?
 血海に沈むライナの姿が脳裏にイメージされ、心が乱れる。
 僕と共闘するにあたって彼女がロングソードを選んだのは、やはり彼女自身が、ロングソードでの戦術ならば僕もある程度は知っているだろうと、そう考えたからだろう。
 身の丈に及ぶ大剣、それは夜な夜な現れる謎の女剣士としての得物だ。
 ロングソード、それは彼女が学校で振るう、生徒としての得物。
 あるいは短剣は、女の子である彼女が初めて扱った得物なのかも知れない。
 きっと僕がそうであると知らなかったように、学校の誰しも、彼女の魔剣が変幻自在の特性を持っているとは知らないだろう。それを利用し、彼女は姿を変えて戦っているのだ。
 それは彼女が、何かしらの使命を果たそうとしているから……そう、確信する。
 そしてそれは多分、僕の抱えるそれに似ている。
 そう思ったから、僕は魔力を励起する。
 一気にユリスへと注ぎこみ、風の力を引き出していく。二倍にも三倍にも、剣速を引き上げる。
「うおぉおぉおおお!」
 それだけでは足りない。僕の手を痺れさせ、肺の空気を押し出すほどのプレッシャーを与えた彼女の剣を悠々と受け止める男の拳。
 これを止めるのは、それが単なる斬撃に留まる限り難しいだろう。
 一撃。
 そう、この一撃で男の拳を殺し、勝負を決する。
 妖精剣が魔力を食らう。魂がぶれるような一瞬の果てに、僕は横一閃の必殺剣を放った。

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# by yamaomaya | 2012-02-11 15:27 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル3.1-最強の証明-

【1】

「あーあ、今年もこの季節がやってきちまったな……」
 ルームメイトがそうぼやくのを、僕は本を読みながら聞いていた。
「そうだね。昇級試験、か……」
 応じるようにそう呟いて、僕は一人の少女のことを夢想する。心を通わせた、訓練校ヒミンビョルグの天才少女、スプラネリカ・ユリエルトのことを。
「んん、ヘイム。それは何を考えている顔だ?」
 少なくともルーンの理論ではなさそうだ、と彼は言う。彼はオッテ。先々週のトーナメントで僕とスピカを助けてくれた、太陽のルーン・シゲルの使い手だ。
「スピカのこと」
 僕が答えると、オッテは椅子の上で大仰にのけ反ってみせる。
「なんだ、また自慢か。惚気か。畜生……」
「そうじゃなくて。多分、スピカは一級になるでしょ? でも、僕もそれに合わせて一級生に昇格することはできるのかなって、心配になってさ」
 訓練校は等級制だ。試験で一定の実力が認められると昇級し、一級となると、男子は虹の大橋ビフレストを守る衛兵、女子は神兵ヴァルキュリアへと昇華する試練を受けることができる。今の僕らは準一級生で、今年昇格できれば一級になるわけだ。
「ああ、そうだな。最近のスプラネリカさんは何か気迫を感じるぜ」
 そうオッテが言うのも頷ける話だ。
 僕とスピカが付き合い始めたのは(主にオッテのせいで)周知の事実と化していたが、今でも質問されるたび狼狽する僕と違って、スピカは途中からは半ば堂々としたものだった。それどころか、その剣技や魔力にはますます磨きがかかっていて、教官などに言わせると「守るものができて心の力が養われたのかもしれない」と評すほどなのだ。
 僕に対してまったく失礼だが、否定はしきれない。今回の試験までにラッキースターの力を完成させるのは確実だろう。
 まったく、それに比べて僕は。
 そう思いながら、棚に吊るした妖精剣を見やる。
「またその悩みか? 強いものに習うのは当然。おぬしがスプラネリカに剣を習うのも、ごく自然なことじゃ。それに、例えおぬしが今年昇級できなかったとしても、それが原因でスプラネリカに見捨てられるなんてことは考えにくいことじゃ」
 剣は僕の心に語り返してくる。
 彼女は春の風の化身である妖精の剣、ユリス・ブリス。強大な力をもつ存在で、スピカの別荘地下に四年間も封印されていた。彼女は美しい褐色肌の女性としての姿をもち、ユリエルト家の秘密を守るためにそこにいたのだ。
 最も、この寮棟は女性禁制なので最近は剣としての姿が多い。
 人としての姿でいるのは、スピカと二人きりでルーンの訓練をしているときだけなので、オッテの目には凄い魔力をもった剣という認識しかないと思う。
「そうかも、知れないけどさ」
 僕は無意識に声を出していた。
「まあ、それはヘイムが自分で頑張るとしてだ。あの話、聞いたか?」
 オッテが椅子をガタゴトと動かして、僕の机に近づけてくる。
「あの話?」
「ほら、町に出るようになったとかいう、謎の女剣士の話だよ」
「ごめん、あんまり知らない」
 試験準備週はスピカの家の別荘にお呼ばれしていたのだ。最近の学校の噂なんて耳にもしていない。
「しかたないな、俺が説明してやろう」
 紙とペンを持ち出し、オッテは僕の隣にやってきた。
「最初は、休みの中ごろだったかな。ちょうど選抜トーナメントが終わったころだった。夜更けに、ちょっとばっかし腕に自信があったという男が、黒い外套の人物と出会い、剣闘になって負けたんだ」
「負けた? 死んじゃったの?」
「いや、喉元に短剣を突きつけられて、降参を勧められたらしい。その後も死者は出てないから、殺すつもりはないんだろうな。……とにかく、その噂を聞きつけたこの学校の生徒三人が、翌日、挟撃でそいつを倒そうと画策した」
 オッテがペンを走らせ、紙の上にどんどんとタイムラインができていく。
「だが、それでもマントの奴は負けなかった。奴は身の丈にも及ぶ剣をマントの下から取り出し、三人を相手に一つも劣らず応じたんだ。学生三人はそれでも善戦した。戦いの最中、顔と身体を覆い隠す外套を切り裂くことに成功したんだ」
「それで、女剣士だって?」
「そう。仮面で目元を隠していたから、誰か分かったわけじゃないが、とにかく女性ってことは分かった。三人は言っていたよ。月の下で、華奢で女性的なラインを見たときにはクラッときたってな。聞き出したとこ、胸はけっこう大きかったらしい」
「胸はいいけど。それで?」
「それからそいつは、昨晩まで毎夜のように町に出没するようになった。外套なしでな。これまで多くの生徒や旅の剣士が遭遇してるが、誰も勝てていないんだとさ。今、この近辺で最強なのは、そいつだ、なんて声もあるらしい」
 オッテはそう言って、ニヤッと笑いかけてくる。
「なに?」
「自分の腕で昇級できるか心配……なんて言っただろ? なら、挑戦してみないか?」
 事件のタイムラインを記した紙を突き付けてくるオッテに、僕は苦笑いで応じた。



 その夜、僕は眠れずにいた。
 別にオッテの話を聞いて、挑戦してみたいと思ったわけではない。これは挑戦ではなくて、そう、義務に違いない。そう思いこんで、訓練生用の戦闘具に身を包む。
 戦って勝つ。そうすることでしか、強くなれないし、強さの証明もできないんだから。
「謎の女剣士、だったか?」
 ユリスが問いかけてくる。
「うん。とりあえず、やるだけやってみようと思う」
 小声で答え、ユリスを腰に吊るした。オッテを起こさぬよう、足音を殺して部屋を出る。ひんやりとまとわりつく空気を感じ、少しだけ身体を震わせた。
 寮を抜けだし、町へと向かう。レンガ造りの夜の街並みには、ルーンの魔灯が光っていた。
「夜の街か。もしかしたら、初めてかも」
 僕はそう呟きながら、裏通りに入った。表通りで堂々と剣闘などするとは思えない。そんなことをすれば直ぐに自警団や神兵がやってきて鎮圧されるからだ。
 しばらく歩くと、薄暗い夜闇のなかで剣と剣のぶつかりあうような音が聞こえた。
「どうやら、もう誰かと一戦交えておるようじゃのう」
 ユリスの声。
 一瞬遅れて、近くに深緑色のドレスを纏った女性が現れた。ユリスが人間形態をとったのだ。
「どこだろう」
「……恐らく、こっちじゃな」
 ユリスの足音が裏道に響く。よく見ると高いヒールで、後ろを追いながら僕は石畳の隙間に躓かないか少し心配になった。が、彼女が躓く前に、僕はその背にぶつかっていた。
「ご、ごめん!」
「いや、……それよりも、あそこを見るのじゃ」
 そう言って、ユリスが角から少しだけ身を乗り出して暗がりを指差す。
 僕はその指の先に視線を向けた。
 その時ちょうど、甲高い衝突音と共にその闇に火花が散った。戦っているのだ。袋小路に踊るかのような足音を轟かせ、月光の下に白刃を晒し、汗を滴らせながら。
 暗く、僕にはその戦いの模様は殆ど見えないけれど。
「あれは……」
「ユリスは、見えるの?」
「かすかに、じゃが」
 彼女は僕の手をとると、その場から離れるべく歩きだした。
「え? どうしたの」
「……敵う相手ではない。今は勝負にならんじゃろう」
 感情を押し殺した声で、それだけを言うユリス。僕は引きずられるように歩きながら、振りむいて、暗がりの先を見た。
「やってみないとわからないだろ?」
 あの先で戦っているのは、人間……のはずだ。
 例え神格をもつ者だとしても、僕だって神を親にもつ半神。スピカとの剣の訓練も継続しているし、勝負にすらならないなんて事はないはずだ。
「あの娘の剣は、おぬしのそれとは相性が悪すぎる」
「相性?」
 表通りに出て、ユリスはようやく足をとめた。
「おぬしの剣は確かに技術を得た。スプラネリカのアドバイスと、おぬしの努力の賜物と言えるじゃろう。だが、あの娘の剣の強さは見たところ技術とは別物と言えよう。技術を伸ばす過程でおぬしが知らず知らずのうちに捨てて、弱いままにしていた部分が、あの娘にとっては最大の狙い目として露呈し得るのじゃ」
 ユリスの分析的な言葉を、僕はゆっくりと吟味する。
 技術ではない強さ。とは、つまり。
「先の戦い、彼女は斧と対等に打ち合っておった。身の丈ほどもある剣を自在に操る力。斧の重い一撃と鍔迫り合いを行うことのできる力。その並はずれた力と攻防の堅牢さが、あの女剣士の武器なのじゃろう」
 まあ……女剣士というより少女剣士といった背丈だったがな。とユリスは言った。
 多分、僕が技術でもって一撃を狙っても、圧倒的な力で技術ごと捻じ斬られるというのだろう。その理屈は分かる。
「一度負かされたあと、あの娘が二度目に応じる保証はない。ここは敵情視察できただけでも重畳としよう。なに、対策すれば何とかなろう」
 そう言って、学校の方へ足を向けるユリス。
「力の剣、か……」
 僕は一度だけ女剣士のいた方を見てから、歩き出した。
「それにしても、あの力。何の理由があってこの街で……」
 そう呟くユリスの声が僕の耳に少しだけ残り、消えていく。

【2】

「へえ……噂の女剣士に会ってみたんだ」
 翌日、昼食の席でスピカが目を輝かせた。
 食堂はいつも通りの大入り満員で、周りから向けられている視線は多い。
 スピカがフリーではなくなった事で、彼女への視線は減るかもと思ったのだが、そんなことはないらしい。
 といっても、それも仕方のない話だろう。スピカは相変わらず女神のように綺麗で、しかも最近はお洒落にも目覚めているように思う。スカートもごくごく僅かに短くなっている、ような気がするし、一年前には見なかった装飾品……学生にも許される範囲の質素なものではあるが……を身につけてパッと見にも華やかだ。それらが僕へ向けられたものだとすると、一段と魅力的になった彼女が注目されるのと同じ理屈で、僕へ向けられる嫉妬の視線も増えるのも仕方なし、といったところだった。
 閑話休題。
 そうやって感心している彼女を見て、僕は釘をさしておく。
「遠くから見ただけ。ユリスが、今のおぬしでは勝負にならない、とか言ってさ、すぐに逃げたんだよ」
 僕がそう返すと、彼女は、ふうん、と頷いて僕の腰にあるユリスに目を向けた。
「その子、凄く強いんだ」
「うむ。あの女剣士の重い一撃の前に、小細工は通用せんと見る」
「そか。そうなると、私には力になれないかな……。神兵の剣は、どちらかといえば技術寄りの剣筋だから。同じ衛兵候補生とか、そうでないなら素直に教官に聞いてみるとか」
 スピカの言うことは正論で、僕はそうだねと頷く。
「とは言っても、肝心の宛てがないんだけどさ」
 ロジェスに聞くなんてのは論外。オッテは僕と同じか少し強いくらいだし、その他となるとあんまり仲のいい人がいないのが実際だ。となると、教官に特別に訓練してもらうしかないか、と考えをまとめる。
 剣術担当の教官は何だか僕に厳しいから苦手なんだけど。
「ヘイムも、頑張ってるんだね」
 スピカがニコっと笑ってそう言ったので、僕は腹をくくることにした。次の時間がちょうど剣術の訓練だから、その時に教官に言って見ればいいだろう。
 昼休みが終わり、スピカと別れた僕は訓練場へと向かいながらそう思った。
 訓練場にはすでに訓練生の姿があった。だが訓練場は異様に騒がしい。
 準一級の衛兵候補生は一から三までのクラスで分かれており、それぞれで同級の神兵候補生と合同訓練するときもあれば、今回のように衛兵候補全体で訓練を行うこともある。後者は人数が多いため、これまでも多少訓練前にざわつくことがあったのだが……今回はどうも様子がおかしかった。
 僕は剣帯のユリスを確認しながら、ざわめく訓練場に踏み入る。
「最強の剣士が女性だったら、何か問題でもあるのか!?」
 聞こえたのは、澄んだ、よく通る声だった。
 人ごみを押しのけて様子を見ると、その中央には半径にして三メートルほどの間が空いていて、そこで二人の訓練生が対峙している。
 一人は線の細い感じの男子だ。艶やかなショートの黒髪のしたで、蒼の目を爛々と燃やしている。恐らく先ほどの声はこっちの生徒だと思う。
 その相手をしているのが、体格のいい茶髪の男だった。ブラウンの瞳をからかう様な色で染め上げ、余裕綽々といった態度で黒髪の少年を見ていた。
「ヘイム」
 耳元でオッテが囁く。
「ああ、いたんだ、これは一体どういうこと?」
 そう聞くと、オッテは腕を組み唸る。
「最初はただ、噂の女剣士についての話題で盛り上がってただけなんだ。しかし、オンナなのに最強の剣士か、なんて話題になるなり、いきなり突っかかってきたんだよ」
「そうなんだ。でも女のひとだからって言うのは失礼だよね……」
 僕が頷くと、オッテは肩をすくめて鼻を鳴らす。
「そりゃあそうだけどさ。ここであえて、こんな大袈裟に反論することか? それも、あの冷静沈着が身上だった準一級衛兵候補の最強様がさ」
「え?」
「だから、あいつが準一級衛兵候補一組のライン・スティキレさ」
 スピカの家の別荘に向かうとき、リンレットが口にした彼の寸評が、僕の脳裏で再生される。
 曰く、訓練校ヒミンビョルグ唯一の、魔剣使い。鬼気迫る剣術の腕をもつ準一級生。
 そう気付くと、僕は人を押しのけて、強引に円の内側に出た。
「なんだ、お前?」
 ラインの相手をしていた男子生徒が、僕に疑りの目を向けてくる。
「いや……ほら、別に女の子が強くてもおかしくないんじゃないかな。でなければ神兵なんて存在しないだろうし、それにスプラネリカさんだって強いから、その」
 僕がしりすぼみに言うと、辺りから「なんだ惚気か」「そろそろ訓練始まるんじゃないか? アップ始めようぜ」などと声が聞こえ、人ごみは解散していく。
「ちっ、気に入らねえ!」
 茶髪の男はそう怒鳴って、その場を離れていく。入れ替わりに近づいてきたオッテはその背中を見送ってから、苦笑いで僕を見た。
「あいつはブレンダムだな。相変わらず暑苦しい男だ」
「なるほど、暑い男じゃの」
 ユリスも僕だけに聞こえる心の声で応じる。僕はブレンダムの背中を一瞥してから、ラインに向き直った。
 そこにはやはり小柄な少年の姿があった。僕よりも、線は細い。
「ライン、だよね?」
「うん。そうだよ……俺に何か用?」
 綺麗な蒼の双眸が僕を覗きこんでくる。
「用っていうか、その、ちょっと聞きたいことがあってさ」
 この華奢な身体で、魔剣を扱うというライン・スティキレ準一級衛兵訓練生。彼に、町に出没するという謎の女剣士を戦うための知恵をもらえないかと思ったのだ。
「いいよ。じゃあ、君とスプラネリカさんがいつも訓練してる場所と時間で」
「し……知ってるの?」
 彼はそこでフッと笑みを浮かべると、僕の横をすり抜けていった。
「最近、たまたま見かける事があるんだ」
 たまたま。で、見つかるものだろうか。寮からは見えない場所にある丘なのに……。だけど、僕が何か言う前に、オッテが関心した顔で僕の背を叩いた。
「へえ、魔剣使いのラインを友につけるとは、いよいよ女剣士を倒すに本腰ってわけか」
「……なに? 知ってたの?」
「そりゃあ、話したその日の深夜に部屋を抜けだされりゃあ、なあ」
 くくくと笑うオッテに、僕は溜息をつく。



 ラインが来たのは、僕とスピカが待ちかねてルーンの訓練を始めた頃だった。
「ごめん。少し遅れた」
 そう言う彼は、訓練生用の制服をきっちり着こんでやってきた。僕はルーンの発動を止め、ラインに駆け寄る。実際のところ、寮を抜け出すのは結構難しいことで、僕もスピカとの練習に幾度か遅れたことはある。
「ちょっと待ったけど、まあ、まずは無事に来れてよかったよ」
「うん。えっと、そっちが彼女さん?」
 そう言ってラインは僕の背後にいるスピカを指差した。
「そういうことになってる。準一級神兵候補生のスプラネリカ・ユリエルト」
 ラインは小さくお辞儀すると、僕をまっすぐに見た。
「……それで、俺に聞きたいって言うのは?」
 彼がそう聞くので、僕は意を決して、その目的を告げることにした。
「その、ラインはもちろん、噂になってる謎の女剣士のことは知ってるよね?」
「知ってるよ」
「僕は、その女剣士と戦おうと思ってるんだけど、ユリスが……えーっと、友達が、僕の技術の剣じゃあ、そのひとの力の剣には勝てないだろうって言うんだ」
「友達、ふうん」
 言葉とともに、ラインの目が鋭く光ったような錯覚を覚える。
 僕は慌てて「何?」と問い返した。
「ううん。俺も同意見だな。俺も見たことがあるけど、確かに彼女は膂力に長ける質を持っていると思うよ。……それで?」
「それで、技術寄りの剣術を扱うスピカに聞くより、同じ衛兵候補生で強い人にアドバイスとかを受けた方が参考になるかと思ってさ」
 ラインは顎に手をあてて、何事かを考え始めた。僕の中では、ラインに頼む、というのは咄嗟に思いついた案であって、例えダメだったとしても教官に頼めば何とかなる話。それは、できれば引き受けてくれると助かるけど。
「いいよ。引き受けた」
 しばらく悩んだ風にしてから、彼はコクンと頷いた。
「なら、これからよろしく、ライン。僕はヘイムだ」
「よろしく、ヘイム」
 僕らが握手すると、スピカがやってきて手を鳴らす。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
「だね」
 ラインは僕から五歩ほど離れて腰の剣を抜いた。普通のロングソードとは若干、意匠が異なるようで、柄がやや長い。ただ剣としては普通の作りに見えるし、現時点でユリスが警告をすることもない、聞きしに及ぶ魔剣だとはとても思えなかった。
「それが、魔剣?」
「そうだよ。これが俺の魔剣、スカーレッドだ」
 ラインは言って、ゆっくりと足を出して踏み込んできた。
「抜け、ヘイム!」
 心中にユリスの声が響く。
 その声のままに、妖精剣を抜く。応じる剣がスカーレッドと衝突した。
「ぐっ!」
 まさに、その瞬間。僕はすでに、丘に倒れ伏していた。顎と胸部を強かに打ちつけ、息が止まった。頭が、衝撃と酸素不足で白熱する。
 何が起こったのか理解できない。剣は、まだ手の中にある。だが思い返すに、ラインの振りおろしの一撃を受けたとき、僕はすさまじい圧力を食らい、地面に引き倒されたのだ。
「君と、君の友達の見立ては正しい。この剣はとても重いから、きっとヘイムの修練に、つまり力の獲得に、役立つと思うよ」
 月光の下、ラインは剣を捧げ持ち、宣言した。
「大丈夫? ヘイム」
 心配そうにするスピカに、僕はひきつる笑みを向ける。身体に力をこめ、立ち上がった。
「大丈夫。まだいける、もう一回だ」
 叫ぶ。ラインが地を蹴った。今度はかなり早い。剣の重さと、ステップの速さの両立。それが魔剣の能力なんだろうか。頭のなかの冷たい部分で分析を重ねながら、応じ手を撃つ。先ほどよりも、強く、鋭く!
「がっ!」
 稲妻のような衝撃が剣を伝い、身体を突き抜けていく。横薙ぎに払われた一閃と衝突し、僕は無様に五メートルほども後退を余儀なくされた。
「まだまだ!」
 それでも、なお立ち上がる。立ち上がらないとダメだ。ロジェスに勝ったときも、最後まで諦めない心が僕を勝利に導いてくれた。
 今度は僕からうって出る。
「タフだね。君も、剣も。大抵二発も貰うと、どちらかがダメになるものだけど!」
 ラインは笑みを浮かべ、防御など一切考えぬ、横一閃の返しで僕を迎えた。
 ゾッとする。凄まじいプレッシャーを帯びた一撃に、背筋が凍る。今までの僕なら、ここでバックステップを踏んでいたかもしれない。だけど、前に進まないと。
 もし……ここで剣の軌道を変えたら。そうしたら、僕の剣は届くかもしれない。そう思い、手首に力を込める。だが。
「ダメじゃ、合わせよ! その浅い一撃の代わりに首を落とされるぞ!」
 脳裏にユリスの言葉がこだまする。
 確かにそうだ。
 ラインの一撃にはそれを可能にする圧倒的な力がある!
「っ!」
 軌道を変えようと捻った手首を戻そうとする。だがそこまでだった。衝撃を受け、痺れた右手が言う事を聞かなくなり、剣が抜け落ちる。
 驚き、剣を止めようとするライン。だが間に合わない……!
 恐怖に、目を閉じた。
「せぇっ!」
 裂ぱくのかけ声が夜の丘に響く。僕は恐る恐る目を開いた。
 深緑のドレスが風ではためいていた。ユリス・ブリスだ。彼女は瞬間の判断で人型形態となり、ラインの剣を手のひらに受けたのだ。
 誰も声を出せない停止状態。だが、ラインは我に返ったように剣を戻す。
「頑丈だなとは思ったけど。まさか、妖精剣だったとは」
 彼が言うと、ユリスは僕をみて溜息をつく。
「まったく……戦闘中に武器を取り落とすとはの」
 僕は二人の言葉が僕に向けられたものだと気付き、慌てて手を振る。
「えっと、ごめん。そう、ユリスは妖精剣なんだ」
 そう答えると、ラインはユリスの方を見た。特に、剣を受けたその手のひらをだ。
「なんじゃ? ラインとやら」
「……スカーレッドを身に受けて、無傷で済むものがあるとは思ってなかったので」
「大した自信じゃな」
 ユリスは傷一つない右手をぷらぷらと振って見せながら、挑発的に返した。
「ヘイム、本当に大丈夫なの?」
 スピカが僕の身体を触って、無事を確認しはじめる。
「大丈夫だよ。剣を取り落としたのは衝撃で手が痺れただけだし、ちゃんとユリスが守ってくれたからさ」
「はあ、良かった。ユリス、本当にありがとね」
「なに、ヘイムは主みたいなものじゃからな。守るのも務めよ」
 ユリスは軽く笑うが、その務めが無ければ死んでいたかも知れないわけだ。今さらのように動悸が激しくなってくる。
「ヘイム。君は面白いね。久しぶりに本気を出しそうになった気がする。もっと続けたいけど、もう遅いし、今日はこれで」
 ラインはそう言って憂いなく魔剣を柄に収めると、さっさと歩き去って行った。
 取り残された僕はその場に座り込んでようやく息をつく。
「なるほど、ライン・スティキレ……か。何が原因かは知らんが、あれは戦いになると気分が高揚する質のようじゃのう」
「高揚って……」
「ならば否定できるか? あの者が刹那うかべた、あの表情を」

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# by yamaomaya | 2012-02-11 15:25 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル2.2-氷窟の妖姫-

【5】

「立つのじゃ」
 もう、魔蝕の攻撃はコンマ云秒以内に飛んでくる。そんなギリギリの時間の狭間で、僕の耳は、森のように深く、落ち着いた声を聞いた。
「ユリエルトの家のものではないようじゃが、そんな細事は関係ないか」
 僕は渾身の力――いや、意志力を振り絞って立ち上がる。
 そこには、白銀の髪を腰ほども伸ばした薄褐色肌の美女がいた。深緑にも似た輝きを放つドレスは身体に沿った作りだ。
 その女性は僕の方を向いたまま、半身から伸ばした右腕で尾を受け止めていた。
「その、手……」
 僕は口を開こうとしたけど、その女性の放つ魔力の大きさに何も言えなくなる。
 人間では、ない。
 僕がそう思った瞬間、その女性のドレスが、花びらのようにウェーブを描く裾が激しくはためく。勿論その長い髪も、そして僕の服さえ。
 魔力の奔流だ。
 僕は無意識に呻いたが、しかし、不思議と辛くはない。包み込むような、深い森の空気のような魔力は、僕の身体から悪しきモノの魔力を取り去っていく。
「我が名はユリス・ブリス……我が剣をとり、奴を倒すのじゃ」
 女性が空いている左手を差し出してきた。
「ユリス……さん?」
「ユリスでよいわ。早く、この手をとれ!」
 僕は、その手を握る。光とともに彼女の姿が掻き消えるように消え、代わりに手には長剣が握られていた。
 恐ろしく長く、しかし風を持つように一切の重みのない剣。
「やれ!」
 僕は心の奥で彼女が叫ぶまま、縦一閃、氷の魔蝕を断ち切った。



 僕は氷の魔蝕がいた辺りに倒れたリンレットを抱き起こす。彼女は固く目を閉じたまま反応を示さなかった。
「汚染されておる」
 人型へと戻ったユリスが、リンレットの顔を覗き込む。
「あの、だったら」
 僕がその声の主へと視線を向けると、彼女は驚いたように眉を上げた。
「おぬしのルーンは飾りものか?」
「え、僕の……ルーン?」
「そうじゃ、スピリチュアルな喜びを創造するウィンの力。これほど魔蝕の汚れを拭うのに適した力はあるまい」
 僕は唖然として、それから直ぐにリンレットに向き直った。
「その代わり、半端な力では浄化できんぞ」
「ど、どうしたら良いんですか?」
 今まで殆ど実戦で使用機会のなかった自分の力だ。
 自分の力で人が救えるかも知れない。だけど、それをするのには大きな力と覚悟が必要だと言われた。そんな危機的なシチュエーションにあったことがない僕は、ユリスに情けなく助言を求めてしまう。
 簡単に言うと、一人で失敗するのが怖かった。
「そのままじゃ駄目じゃ。服を脱がせい」
「え。それは……」
 僕が向き直ると「度し難いウブじゃな」と呟き、リンレットの服をむんずと掴むと一文字に引き裂いた。まるで氷の魔蝕を断ち切ったときのようにだ。
「うわああああああああああああああ!」
「必要なことじゃ。役得、役得」
 ユリスが心なしか邪悪な笑みを浮かべているような気がするのだけど!
「大体、ユリスは僕の服の上から浄化したじゃないですか!」
「アホか。それは私の魔力が莫大にあるからこその力技。それに、おぬしの中にウィンのルーンがなければ、この技も使えんかった」
「…………」
 今ほど自分にウィンの力があって良かったと思ったことはない。
「それにな。正直に言うと、もう魔力がないのじゃ。精々、あと一回、剣に変身できるくらいしかないし、おぬしの浄化はもちろん、さっきみたいな一撃で巨大な敵を断ち切るような大技も出せん」
 さ、浄化作業に戻るのじゃ、とユリスはにこやかに言う。
 僕は意を決してリンレットに向き直る。
 破かれて、はだけられたドレスは、本来の役目を放棄していた。その先にあるリンレットの素肌に、僕は心臓が激しく暴れだすのを止められない。
 小さいながらも、その存在を克明に主張する双丘。すべらかな肌にちょこんと窪みを作るへその下には、純白のショーツさえ見えている。
「それで、どうやって?」
「彼女の心の在りかを探る。大体、胸か子宮じゃな。手に魔力を纏わせて触れれば大体の感じで分かると聞くが」
 僕は集中し、手に魔力を留める。
 しかし、こうやって集中して纏わせた魔力も、彼女の肌に触った瞬間に霧散霧消してしまいそうな気がした。リンレットの左胸に手をかざすが、どうしてもその先の勇気が――
「ええい、まどろっこしい!」
「うわああああああああああああああ!」
 ユリスに僕の手首を持って、リンレットの胸に押し付けていた。幸い、手に纏った魔力が消えることはなかった。もしかしたらユリスが押し留めているだけかも知れないけど。
 どう表現したらいいだろう。
 布越しに感じたことがあるスピカの胸とはまた違う、やや強めの弾力を感じた。
「ん……」
 リンレットが小さく声を漏らす。
 僕はドキリとして手を引っ込めようとするが、ユリスの強烈なプッシュで、手は押し込まれていくばかりだった。
「ここじゃ。やれ」
 静かにユリスが号令を発した。
 剣で斬るときと同じ合図なのが個人的には気になるものの。
「ウィンよ!」
 今まで使ったこともないような、ありったけの魔力を込めて、僕はルーンを撃ち込んでいた。
 黄色い光が、リンレットを中心に急速に広がっていく。その中心で、リンレットから黒いオーラが飛び出すのを、見た気がした。
「いいぞ。浄化は成功したようじゃ」
 ユリスに言われ、僕は力を止める。リンレットが、ゆっくりと目を開いた。
 光が消え、同時にユリスが僕の手を離す。
「……あ、あ、あ」
 リンレットは目を覚ますなり、顔をカアッと紅潮させていた。
 言い訳ではないが、たぶん、今まで扱ったことのないほど大きな魔力を放出した反動で僕は疲れていたのだろう。
 そこでやっと、僕は、リンレットの左胸を鷲摑みしたままになっていることに気付いた。彼女は僕の手を胸からはがして、強く握りこむ。
 底知れぬ恐怖に駆られて、思わず目を閉じていた。
「……!」
 でも、いつまで経っても想像していたような事には――例えばスナップの効いた平手打ちをくらうとか、そういう事態には陥らなかった。
 トスンとリンレットが飛び込んできて、僕の手を抱いたまま胸に収まった。
「怖かった、死んじゃうかと思った。身体が重くて、寒くて、哀しくて……」
 僕は、震える彼女の背にそっと手を回して抱きしめることしかできない。
「魔蝕の悪しき気が人に与える影響は、その媒体に寄るともいう。この娘のルーンはおぬしと違って魔蝕の気に耐性がないから、氷の気をもろに受けたのじゃな」
 そこで反転、ユリスは翠の目を細め、表情を厳しくする。
「それで、おぬしらは?」
「おぬしらは……って、なんですか?」
「おぬしらは、ユリエルトの家のものではあるまい? なぜこの洞窟にいるのじゃ」
 ユリエルトと聞いて、僕は一瞬、思考停止するが、すぐに思い出した。スピカのファミリーネームだったのだ。
「スピカに、この氷窟にある剣を手に入れようって誘われて来たんです」
「ほお、スピカに。なるほどな」
 ユリスは嬉しそうに肩を揺らすが、すぐに何かに思いあたったような顔をする。
「そうすると、少しばかり拙いことになったかも知れん」
 彼女は僕からリンレットをはがしてパッと手をかざした。
 真一文字に破られたドレスが浮かび上がり、元通りになる。
「スプラネリカを探しにいくぞ。ついてまいれ」
 ユリスにとっては、不法侵入よりもスピカが氷窟にいる方が大変らしかった。
 その理由までは分からない。
 前を行くユリス。ついていく僕、その後ろにリンレット。僕ら三人は階段を上り、上の層へ、上の層へと進んでいた。
「あの、よく状況は分からないけど、魔蝕の親は倒したんだよね? 何でそんなに急ぐの?」
 リンレットが聞いてくるけど、それは僕にも、何とも言えない。が、前を行くユリスが口を開いた。
「この洞窟の深部、つまりさっきまでいた場所は、春の森の風たる私のテリトリーじゃった。だから氷もないし、泉も氷を張ったりはせぬ」
 春の森の風たる私。
 ユリスはそう言った。つまり、その化身であると。じゃあ、この女性は――
 と思ったところで、彼女の声は続く。思考が中断される。
「だがよく考えてみるのじゃ。おぬしらが落ちてから、すぐに魔蝕まで落ちてきたわけではあるまい? つまり、何かを考えて、あの魔蝕はおぬしらを追った。例えば……自身が死んでも、魔蝕群の総体としてはダメージがないから、とかな」
「つまり、あいつは親じゃなかったって事なの?」
「そうじゃ。あの魔蝕群とは、もう数年も戦っておる。いい加減、こちらのテリトリーに入ったら死を免れんことは学習していたじゃろう。だから、死んでもいい奴から、降りてきた。おぬしらの魔力を奪うためにな」
 ユリスはそう言うと、少し速度を緩め、やがて足を止める。
 前には、氷に覆われた扉がある。「この奥に親がおる」ユリスは宣言した。
「分かるんですか?」
 僕が聞くと彼女は「これほど近づけばな」と自信なさげに返し、僕ら二人を見た。
「ユリエルトとは盟約があるから、この先にスプラネリカがいるだろう事を考えると引くことはできんが……おぬしらはどうする?」
 そうは聞かれたけど、どっちにしろ扉が開かない限りは地上に戻れないし、それに、恋人として、スピカを探さないといけないし。
「僕は行きます。リンレットは」
「私も行く」
 ユリスは薄く笑みを浮かべると、では、と僕に手を差し出した。
「では、おぬしに我が身を任せよう」
 薄緑の閃光とともに、僕の手に長剣ユリス・ブリスが握られる。あまりにも長大な剣であり、同時に風のように軽い剣でもある。
 僕は気合とともに剣を扉に突きたてた。氷を砕き、中にある扉すら寸断する。扉は破壊され、その部屋が明らかになった。
 最初に入った部屋のような、十メートル四方の広がり。
 そこに、大きな氷塊があった。
 いや、単に氷の塊と表現するのは不適切だ。僕は思い直す。そう促すように、ソレは蠢いていた。
 部屋の中心部を占領する巨躯。そこから何本となく伸びた氷のウィップ。間違いなく、こいつが氷の魔蝕の親だ。
「ヘイム……逃げて!」
 部屋に声が響き渡った。
 僕が一番聞きたかった声。視線を巡らせて彼女を探す。
 スピカは、囚われていた。硬い氷の鞭に身体を幾重にも縛られ、拘束されている。ガリガリと嫌な音をたて、鞭は彼女を締め上げていた。
「スピカぁあ!」
 剣を振り上げ、突進する。
 応じるように魔蝕の主がウィップをしならせた。剣でもってそれを弾き、強引に前へと進んでいく。近づきさえすれば、叩き斬れる。この剣なら――
 その一瞬、魔蝕の親が雄叫びをあげた気がした。
 実際には、そいつは氷の塊で、鳴き声をあげることはない。
 だけど。言いようのない恐怖感に駆られ、剣を身体の前で水平に構えた。
 防御するように。
 炸裂。僕は飛来してきた氷の塊の勢いに押され、床に倒れる。
 魔蝕はその口から――口と思われる部分から、氷の礫を飛ばしたのだ。そう、転がる身体を立て直しながら、気付いた。
 氷の礫。
 それは、スピカのルーンの基本的な用法でもある。
「リンレット!」
 僕が叫ぶと、視界の端で赤光が瞬いた。
 爆発的な熱量が部屋に放出され、室温が一気に上がる。期待した。魔蝕といっても所詮は氷だ。ここまで温度が上がれば、と。
 だけれど、溶けない! 魔蝕は、まるで温度をものともしないように。
「どういうことよ!」
 リンレットが叫ぶ。
 当然だ。現に、探索を始めてすぐの魔蝕との戦いでは、爆炎によって――温度を上げるという所業によって、魔蝕を倒すことができていたのだから。
 それから数度、リンレットは爆発によって魔蝕を砕こうと試みるが、やはり自然界の掟と反すように、魔蝕の身体は頑として揺るがない。
「何かが、身体を構成する氷を守っておる!」
 ユリスの声が心の中に響いた。
何かがって、何が!
「決まっておろう、氷を守る事のできるもの。すなわち、スプラネリカのルーンの力じゃ!」
 その言葉の衝撃に、僕の身体が一瞬、止まる。
「せえぃ!」
 そこに迫るウィップを、間一髪のところで剣を抜いたリンレットが防いだ。
「油断しないで」
 彼女は剣の感触を確かめるように一、二度振って、僕を見る。ユリスの声が聞こえるがそれは剣を握る僕に限った話で、リンレットには聞こえないらしい。
「う、うん。ごめん」そう謝りながら、僕は、ユリスに聞きなおした。
「ユリス。スピカの魔力が魔蝕を保護しているというのは、本当なの?」
 呟く言葉に、リンレットも僅かに顔を強張らせる。
「ねえ、それホントなの?」
 そう聞いてくる。僕は、今度は彼女の背後から迫ったウィップを弾き飛ばす。
「……そうとしか考えられんのじゃ。同じ属性をもつモノは、強く惹かれあい、侵食する。魔蝕が、スピカの魔力を喰らっているとしか現状は説明できん」
 ユリスは、そう結論付けた。だから僕は、頷いた。
 リンレットに、ユリスに。
 それから彼女には、誓いの言葉を。
「今、僕が、君をそいつから解放してみせる」

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# by yamaomaya | 2012-02-11 15:21 | 小説