喜:)怒:(哀:(楽:)

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とりあえず

ヘイムダル系は投稿完了ω
まだ続くっ気バンバンですけど・・・
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by yamaomaya | 2012-02-11 15:29 | ご挨拶

北欧剣譚ヘイムダル3.2-最強の証明-

【4】

「いたぞ、その店の向こうじゃ」
 腰に差したユリスがそう囁く。暗闇に目を凝らした。その先にいるものを見定めようとするが、遠すぎるのもあってよく見えない。
「ヘイム。早く出ないと、行っちゃうかもだよ」
「そうそう。これで逃げられたら何のために鍛えたのかって」
 スピカとリンレットに急かされ、僕は物陰から出た。
「来た……か」
 裏通りに声が反響する。そうして、女剣士は姿を見せた。
 建物の陰に隠れていたようで、一歩こちらに踏み出すだけで姿ははっきりと見えるようになった。
 目に飛び込んでくるのは、オッテから聞いた通りの、彼女の身の丈にも及ぶ大剣。これも、魔剣の類だろうか。そうでもなければ、女剣士に扱いきれるとは思えない。
 それほど、彼女は小柄だった。女子としては普通だと思うけど、だからこそ大剣に細工や能力の類があると見るのは当然だ。
「……」
 僕も剣を抜く。
 彼女は、構えも取らずに堂々と立っていた。
 気負いのない立ち姿だ。ミニスカートから伸びた長い足を肩幅よりわずかに広く開いている。アーマーをつけているとは思えないスリムなシルエット。ニーブーツと同じ黒染めのタイトなコートに身を包み、胸元は開かれている。
「さあ、やるんでしょ?」
 挑発ともとれる言葉。闇に溶けるような黒髪のショートカット、目元を隠す白い仮面の下、薄く紅の引かれた唇が微笑を浮かべた。
「ああ」
「緊張しすぎるな。戦いは、自分のペースを守った方が勝つのじゃ」
 ユリスの助言を噛みしめて、剣を走らせる。逆袈裟の軌道を描く突進剣技だ。僕の剣にあるのは、僕自身の闘志、スピカの教えてくれた技術、ユリスが貸してくれる風の力だ。それらを自在に操って戦うのが、僕のペース。
 剣士が、応じるように身体を捻る。跳ね上がる大剣。
 正確なガードが僕の剣を阻んだ。時鐘を叩いたような重い手応えに、たまらずバックステップを踏む。体勢を整えるために。
「っ!?」
 だが、そのステップは逆に、相手に付け入る隙を与えるだけだった。
 早々の決着を予感し、高く振り上げられた大剣が、僕の視線の先で月を割る。その一撃を、さらに大きく一歩、バックステップして逃れる。
 僕が直前まで立っていた場所に、剣がつきたつ。石畳が砕かれ、飛散した。
「左へ!」
 脳裏にユリス・ブリスの声が響いた。
 その瞬間、何も考えずに、僕は左へと身体を捻る。耳元を擦過していく大剣。突き立った剣を、彼女の鉄底のブーツが蹴りあげたのだ。
 火花と、岩砕と。まくれ上がったスカートから目を逸らし、僕は体勢を立て直してガラ空きの側面に一閃を走らせた。
「すごい、いい勘してる!」
 嬉しそうに笑う少女。
 だが、避けられたのはユリスが狙いに気付いて警告してくれたからで、武器が妖精剣でなければ勝負は決まっていただろう。冷や汗が噴き出た。
 彼女の返しの一撃と、かち合う。歯を食いしばり、一撃を辛うじて受けきる。
 だが、その一瞬後。僕は、大剣が高速で閃き、さながらレイピアの如く繰り出されるのを発見した。間に合わない!
「くっ、そぉお!」
 そう判断するや否や、瞬時に風の力を引き出す。
 風の加護に後押しされて、こちらも連続攻撃で打って出た。ユリスの刀身が、女剣士の大剣と幾度なく衝突し、闇に花を咲かせ続ける。
 どちらが先に音を上げるか、どちらが先にガードを抜けるか、どちらが先に腕を痛めるか、どちらの剣が先に折れてしまうのか。そういう勝負だった。
 風の力と、ユリスの硬さにまかせて剣を振る僕と、自分の体力と体術で剣を振っている可能性のある剣士。どちらが有利とは決めきれないが……
「本気になれる、君となら、どんな高みにでも昇れる気がする!」
 小さな汗の雫を飛ばして笑う彼女の姿に、デジャヴを感じた気がした。
「きみは……」
 呟く。
 その瞬間、爆音と強い光が路地を貫いた。
 街を揺らす轟音。
 目を潰す閃光。
「なっ!?」
「えっ!?」
 驚きに少女の動きが止まる。だけど、僕の剣は止められない……!
 集中が途切れ、無くなりそうになる風の加護を総動員して、僕は剣を無理やり押しとどめようとした。必死の制動。身体が、何かにぶつかる。
 そして何も見えなくなる。
 光が消えて、路地裏は薄ぼんやりとした暗さに戻った。目が焼けてしまったのだろう。何も見えない。僕は自分の身体が倒れていることに気付いた。
 何か柔らかいものの上に倒れているらしい。腕を立て、立ち上がろうと試みる。柔らかい感触を押し、立ち上がろうとする。
「あっん、だめ……動かないで……」
 下から声がした。
「私もそうだし、見えてないんだよね? 目が慣れるまでは、ダメ」
 とてつもなく嫌な予感はしたが、僕は手を戻して目が慣れるのを待つ。やがてじんわりと暗闇に目が慣れると、そこには予想通り、女剣士の姿があった。
 先ほどの柔らかい感触が何だったのかを考えるのも恐ろしくなる。
「ご、ごめん!」
 謝り、立ち退こうとするが、僕はそこで動きを止めてしまう。
 仕方なかった。驚愕に値した。
「やっぱり、きみは……」
 そう口にすると、彼女は目元に手を当てる。だけどそこに、人相を覆い隠す白い仮面はない。僕が押し倒した時に外れたのか、彼女の顔の左隣りに落ちていた。
「あ、これは、違う。違うの」
「何が違うんだ、きみは……誰なんだ」
 そこにいたのは、訓練校唯一の魔剣使いライン・スティキレとよく似た少女だった。
 いや、似ているというレベルではない。
 まったく、同じ。紅と、薄く飾られた化粧の分だけ女性らしくなっているだけで、あとは完全にラインと同じだった。
「教えてくれ」
 僕が問いかけると、彼女は観念したように眼を伏せる。
「……私は、その、本当は、女の子なんだ。だけど」
「そうなん、だ」
 通りで、線の細いわけだ。そう思いながら、僕は言葉を続ける。
「ほんとうの、名前は?」
「ん、ライナだよ。ライナ・スティキレ。……ねえ、仮面はどこ?」
 仮面を取り、彼女に渡す。
 ライナはそれを受け取ると、胸の前で右手にもって、頬を染めた。
「その」
「なに?」
「そろそろ、どいてくれないかな?」
 艶やかな髪から覗く耳までも赤く染めて、彼女は言う。
 それで、ようやく状況を把握する。
 ただ彼女を押し倒している状態にあるだけでなく、僕は彼女の股に脚を差し入れていて、無理やりに彼女の脚を押し上げている状態だったのだ。
 彼女の左手はスカートの裾を引っ張って、僕の方から下着が見えないように隠しているが、白い内腿は隠しきれておらず、思わず唾を飲む。
「わ、分かった」
 僕はあらぬ場所を触らないよう注意して立ち上がる。
「はあ……触られちゃっ……た、なー」
 悩ましげな吐息とともに吐き出された小さな呟き。僕はそれを聞かなかった事にして、彼女が何でこんなことをしているのか、聞こうとした。
 しかし、僕が口を開く前に、真夜中の裏路地に悲鳴が響き渡る。
 それも、僕がよく知る少女の……。
「スピカ!?」
 僕は身を翻し、声のした方へと、スピカたちが隠れていた方へ走った。
 そこにいたのは、二つの人影。
 一つはリンレットだった。僕に背を向けるようにして、剣を構え、向こうにいる誰かと機を読み合っている。
 そして、その相手は、茶ばんだボロマントに身を包んだ長身の男だった。その男はスピカを盾にし、僕らからじりじりと遠ざかろうとしている。
「リンレット、この男は一体?」
 僕が言うと、赤毛の少女は悔しげに下唇を噛み、説明する。
「さっきの爆発のとき、いきなりそこの角から現れたの。爆発と何か関係があるかと思って私達が呼び止めようとしたら、この男、凄く強くて……」
 それで、スピカが捕まったわけだ。
「彼女を離せ」
 僕は抜き身のユリスを持ったまま、男ににじり寄る。
 一見、何の武器も持っていないように見えるが……スピカとリンレットの二人がかりで勝てないなら相当に実力者だろうし、何か武器を隠し持っていてもおかしくない。
「断る。オレは、ここで捕まるわけにはいかないからな」
 ある程度のところまでは近づくが、それ以上は、近づけない。男に隙がなさすぎる。
 どうするべきか……そう思ったとき、僕は音に気付く。
 硬い、足音のようなものが、頭上から降ってくるような気がする。
 僕は視線を動かす。その瞬間、左右を挟む家の屋根から、少女剣士が躍り出た。
 死角から放たれる、頭上からの鋭い一撃が男を襲う。
「せぇっ!」
「ぬおぉっ!」
 裂帛の息とともに繰り出される一撃が、男の咄嗟の受け手と交差する。
 ギギュイン、と金属同士がぶつかり合う激しい異音。
「防がれた……!?」
 空中で器用に体勢を変え、男を挟み込む位置に着地する少女。
 ライナだ。
 その手に持っているのは、短剣。さきほどの大剣はどうしたのか……そう思う隙があるかどうかのところで。
「ちっ」
 小さな、舌打ちの音。
 男はスピカを離し、彼がやってきたという角へと戻っていく。
「待て!」
 ライナが男を追って駆け出す。僕はスピカに近づくと、安否を確認した。
「スピカ、大丈夫? 怪我は?」
「私は大丈夫。それより今の人は? これってどういう状況なの?」
 分からない。
 それが本心のところだった。一度に色んなことが起こりすぎて、まったく何がなにやら判然としないのだ。
 確かなことは、謎の女剣士が訓練校唯一の魔剣使いであること、彼が女の子だったこと、そしてこの街で何が事件が起きているという事だけだ。
「リンレット、スピカを頼む」
 だから、僕はそれを見届けるために、行かないといけない。
「それはいいけど、ヘイムは? どうするの?」
「僕はあの男を追う」
 あれだけの爆音だ。直に自警団や神兵がやってくるだろう。だけど、その僅かな隙にもあの男は逃げ出してしまうかも知れない。
 僕は足を早めた。



 そこは瓦礫の山と化していた。
 そこにあったはずの建物は、微かにその面影を残しているだけで、完全に崩壊していた。土煙が未だもうもうと立ち、視界は良くない。
「ユリス」
「うむ」
 短いやり取り。僕がユリスに魔力を込めると、辺りを風が吹き抜けて土煙を晴らす。
 そこでは、既にライナと男が熾烈な戦いを始めていた。
「加勢するぞ!」
 僕は瓦礫だらけの足場を、走破する。環境は悪い……しかしそれはお互い同条件だ。
 ライナの短剣が閃く。
 夜闇に薄ら赤い軌跡を残して走る一撃が、男の手に阻まれる。手甲のようなものを使っているのだろう。鈍い音が響くなり、火花が眉を歪める男の顔を小さく照らした。
 その硬直を狙い、僕は真一文字にユリスを放つ。
「シッ!」
 細く鋭い息とともに、最速の一撃。だが男は慌てず一歩半バックステップすることで射程を逃れた。
「ヘイム、危ないから離れてて」
「そんなわけにもいくか!」
 ライナの忠告に、僕は怒鳴り返す。
「君こそ、ここを離れるんだ」
「それは……聞けない」
 左前に構える僕と、右前に構える彼女。僕とライナは背を合わせ、男と対峙する。
「なら、力を合わせて戦うしかないな」
「うん」
 彼女は頷き、剣を構えなおす。短剣であるにも関わらず、僕と同じ、ロングソードを構えるような型を取る。
「スカーレッド・リ・スケール」
 彼女がそう呟くと、その手に持っていた剣は形を変え、僕と訓練していた時と同じロングソードの形をとった。スカーレッドは変幻自在の魔剣であるらしい。ユリスも姿を変える力があるとは言え、僕は突然の出来事に少しだけ驚いた。
「行くよ!」
 ライナが、一瞬早く、一歩を踏みこむ。男に向かい、剣を振るう。
 僕とライナでは圧倒的に彼女の方が力強い。
 それはこの場合、一言に僕と彼女の剣質が違う、ということ以上の意味を持つだろう。僕の剣は技巧の剣。対し、彼女のものは力の剣。であるならば、彼女が相手の剣を引きつけておき、僕がその隙を埋め、ときに反撃への標を撃つことが良手になるだろう。
 一般には逆もまた然りだが、今回の相手は苦もなくライナの剣を受け止める相手。矢面に立つのは彼女の仕事と見て間違いない。
「ちっ」
 男は僕らの考えに気付いたのか、剣を撃ち合いながら舌打ちをする。
 それは奇しくも、策が上手くいっている証拠であり、それに対し、その男に打つ手がないということでもあった。
「……っ!?」
 だがそれは、ミスがなければの話だった。
 ライナの体勢が崩れる。足元で瓦礫が音高く砕けるのが見えた。
 瓦礫が砕け、足を踏み外したのだ。
 そう冷静に分析する僕を尻目に、彼女は呆気にとられた表情のまま、倒れる。男が、これを好機と拳を振り上げた。
 ガシャンと、男の踏み込みが瓦礫を踏み砕き、土煙を上げる。
 半月を描くように繰り出された男の一撃が、ライナに向かう。
 この一瞬間後には、ライナは拳を食らう。ライナの剣は斧すら受け止め、その剣すら凌いだ男の力とは一体……?
 血海に沈むライナの姿が脳裏にイメージされ、心が乱れる。
 僕と共闘するにあたって彼女がロングソードを選んだのは、やはり彼女自身が、ロングソードでの戦術ならば僕もある程度は知っているだろうと、そう考えたからだろう。
 身の丈に及ぶ大剣、それは夜な夜な現れる謎の女剣士としての得物だ。
 ロングソード、それは彼女が学校で振るう、生徒としての得物。
 あるいは短剣は、女の子である彼女が初めて扱った得物なのかも知れない。
 きっと僕がそうであると知らなかったように、学校の誰しも、彼女の魔剣が変幻自在の特性を持っているとは知らないだろう。それを利用し、彼女は姿を変えて戦っているのだ。
 それは彼女が、何かしらの使命を果たそうとしているから……そう、確信する。
 そしてそれは多分、僕の抱えるそれに似ている。
 そう思ったから、僕は魔力を励起する。
 一気にユリスへと注ぎこみ、風の力を引き出していく。二倍にも三倍にも、剣速を引き上げる。
「うおぉおぉおおお!」
 それだけでは足りない。僕の手を痺れさせ、肺の空気を押し出すほどのプレッシャーを与えた彼女の剣を悠々と受け止める男の拳。
 これを止めるのは、それが単なる斬撃に留まる限り難しいだろう。
 一撃。
 そう、この一撃で男の拳を殺し、勝負を決する。
 妖精剣が魔力を食らう。魂がぶれるような一瞬の果てに、僕は横一閃の必殺剣を放った。

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by yamaomaya | 2012-02-11 15:27 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル3.1-最強の証明-

【1】

「あーあ、今年もこの季節がやってきちまったな……」
 ルームメイトがそうぼやくのを、僕は本を読みながら聞いていた。
「そうだね。昇級試験、か……」
 応じるようにそう呟いて、僕は一人の少女のことを夢想する。心を通わせた、訓練校ヒミンビョルグの天才少女、スプラネリカ・ユリエルトのことを。
「んん、ヘイム。それは何を考えている顔だ?」
 少なくともルーンの理論ではなさそうだ、と彼は言う。彼はオッテ。先々週のトーナメントで僕とスピカを助けてくれた、太陽のルーン・シゲルの使い手だ。
「スピカのこと」
 僕が答えると、オッテは椅子の上で大仰にのけ反ってみせる。
「なんだ、また自慢か。惚気か。畜生……」
「そうじゃなくて。多分、スピカは一級になるでしょ? でも、僕もそれに合わせて一級生に昇格することはできるのかなって、心配になってさ」
 訓練校は等級制だ。試験で一定の実力が認められると昇級し、一級となると、男子は虹の大橋ビフレストを守る衛兵、女子は神兵ヴァルキュリアへと昇華する試練を受けることができる。今の僕らは準一級生で、今年昇格できれば一級になるわけだ。
「ああ、そうだな。最近のスプラネリカさんは何か気迫を感じるぜ」
 そうオッテが言うのも頷ける話だ。
 僕とスピカが付き合い始めたのは(主にオッテのせいで)周知の事実と化していたが、今でも質問されるたび狼狽する僕と違って、スピカは途中からは半ば堂々としたものだった。それどころか、その剣技や魔力にはますます磨きがかかっていて、教官などに言わせると「守るものができて心の力が養われたのかもしれない」と評すほどなのだ。
 僕に対してまったく失礼だが、否定はしきれない。今回の試験までにラッキースターの力を完成させるのは確実だろう。
 まったく、それに比べて僕は。
 そう思いながら、棚に吊るした妖精剣を見やる。
「またその悩みか? 強いものに習うのは当然。おぬしがスプラネリカに剣を習うのも、ごく自然なことじゃ。それに、例えおぬしが今年昇級できなかったとしても、それが原因でスプラネリカに見捨てられるなんてことは考えにくいことじゃ」
 剣は僕の心に語り返してくる。
 彼女は春の風の化身である妖精の剣、ユリス・ブリス。強大な力をもつ存在で、スピカの別荘地下に四年間も封印されていた。彼女は美しい褐色肌の女性としての姿をもち、ユリエルト家の秘密を守るためにそこにいたのだ。
 最も、この寮棟は女性禁制なので最近は剣としての姿が多い。
 人としての姿でいるのは、スピカと二人きりでルーンの訓練をしているときだけなので、オッテの目には凄い魔力をもった剣という認識しかないと思う。
「そうかも、知れないけどさ」
 僕は無意識に声を出していた。
「まあ、それはヘイムが自分で頑張るとしてだ。あの話、聞いたか?」
 オッテが椅子をガタゴトと動かして、僕の机に近づけてくる。
「あの話?」
「ほら、町に出るようになったとかいう、謎の女剣士の話だよ」
「ごめん、あんまり知らない」
 試験準備週はスピカの家の別荘にお呼ばれしていたのだ。最近の学校の噂なんて耳にもしていない。
「しかたないな、俺が説明してやろう」
 紙とペンを持ち出し、オッテは僕の隣にやってきた。
「最初は、休みの中ごろだったかな。ちょうど選抜トーナメントが終わったころだった。夜更けに、ちょっとばっかし腕に自信があったという男が、黒い外套の人物と出会い、剣闘になって負けたんだ」
「負けた? 死んじゃったの?」
「いや、喉元に短剣を突きつけられて、降参を勧められたらしい。その後も死者は出てないから、殺すつもりはないんだろうな。……とにかく、その噂を聞きつけたこの学校の生徒三人が、翌日、挟撃でそいつを倒そうと画策した」
 オッテがペンを走らせ、紙の上にどんどんとタイムラインができていく。
「だが、それでもマントの奴は負けなかった。奴は身の丈にも及ぶ剣をマントの下から取り出し、三人を相手に一つも劣らず応じたんだ。学生三人はそれでも善戦した。戦いの最中、顔と身体を覆い隠す外套を切り裂くことに成功したんだ」
「それで、女剣士だって?」
「そう。仮面で目元を隠していたから、誰か分かったわけじゃないが、とにかく女性ってことは分かった。三人は言っていたよ。月の下で、華奢で女性的なラインを見たときにはクラッときたってな。聞き出したとこ、胸はけっこう大きかったらしい」
「胸はいいけど。それで?」
「それからそいつは、昨晩まで毎夜のように町に出没するようになった。外套なしでな。これまで多くの生徒や旅の剣士が遭遇してるが、誰も勝てていないんだとさ。今、この近辺で最強なのは、そいつだ、なんて声もあるらしい」
 オッテはそう言って、ニヤッと笑いかけてくる。
「なに?」
「自分の腕で昇級できるか心配……なんて言っただろ? なら、挑戦してみないか?」
 事件のタイムラインを記した紙を突き付けてくるオッテに、僕は苦笑いで応じた。



 その夜、僕は眠れずにいた。
 別にオッテの話を聞いて、挑戦してみたいと思ったわけではない。これは挑戦ではなくて、そう、義務に違いない。そう思いこんで、訓練生用の戦闘具に身を包む。
 戦って勝つ。そうすることでしか、強くなれないし、強さの証明もできないんだから。
「謎の女剣士、だったか?」
 ユリスが問いかけてくる。
「うん。とりあえず、やるだけやってみようと思う」
 小声で答え、ユリスを腰に吊るした。オッテを起こさぬよう、足音を殺して部屋を出る。ひんやりとまとわりつく空気を感じ、少しだけ身体を震わせた。
 寮を抜けだし、町へと向かう。レンガ造りの夜の街並みには、ルーンの魔灯が光っていた。
「夜の街か。もしかしたら、初めてかも」
 僕はそう呟きながら、裏通りに入った。表通りで堂々と剣闘などするとは思えない。そんなことをすれば直ぐに自警団や神兵がやってきて鎮圧されるからだ。
 しばらく歩くと、薄暗い夜闇のなかで剣と剣のぶつかりあうような音が聞こえた。
「どうやら、もう誰かと一戦交えておるようじゃのう」
 ユリスの声。
 一瞬遅れて、近くに深緑色のドレスを纏った女性が現れた。ユリスが人間形態をとったのだ。
「どこだろう」
「……恐らく、こっちじゃな」
 ユリスの足音が裏道に響く。よく見ると高いヒールで、後ろを追いながら僕は石畳の隙間に躓かないか少し心配になった。が、彼女が躓く前に、僕はその背にぶつかっていた。
「ご、ごめん!」
「いや、……それよりも、あそこを見るのじゃ」
 そう言って、ユリスが角から少しだけ身を乗り出して暗がりを指差す。
 僕はその指の先に視線を向けた。
 その時ちょうど、甲高い衝突音と共にその闇に火花が散った。戦っているのだ。袋小路に踊るかのような足音を轟かせ、月光の下に白刃を晒し、汗を滴らせながら。
 暗く、僕にはその戦いの模様は殆ど見えないけれど。
「あれは……」
「ユリスは、見えるの?」
「かすかに、じゃが」
 彼女は僕の手をとると、その場から離れるべく歩きだした。
「え? どうしたの」
「……敵う相手ではない。今は勝負にならんじゃろう」
 感情を押し殺した声で、それだけを言うユリス。僕は引きずられるように歩きながら、振りむいて、暗がりの先を見た。
「やってみないとわからないだろ?」
 あの先で戦っているのは、人間……のはずだ。
 例え神格をもつ者だとしても、僕だって神を親にもつ半神。スピカとの剣の訓練も継続しているし、勝負にすらならないなんて事はないはずだ。
「あの娘の剣は、おぬしのそれとは相性が悪すぎる」
「相性?」
 表通りに出て、ユリスはようやく足をとめた。
「おぬしの剣は確かに技術を得た。スプラネリカのアドバイスと、おぬしの努力の賜物と言えるじゃろう。だが、あの娘の剣の強さは見たところ技術とは別物と言えよう。技術を伸ばす過程でおぬしが知らず知らずのうちに捨てて、弱いままにしていた部分が、あの娘にとっては最大の狙い目として露呈し得るのじゃ」
 ユリスの分析的な言葉を、僕はゆっくりと吟味する。
 技術ではない強さ。とは、つまり。
「先の戦い、彼女は斧と対等に打ち合っておった。身の丈ほどもある剣を自在に操る力。斧の重い一撃と鍔迫り合いを行うことのできる力。その並はずれた力と攻防の堅牢さが、あの女剣士の武器なのじゃろう」
 まあ……女剣士というより少女剣士といった背丈だったがな。とユリスは言った。
 多分、僕が技術でもって一撃を狙っても、圧倒的な力で技術ごと捻じ斬られるというのだろう。その理屈は分かる。
「一度負かされたあと、あの娘が二度目に応じる保証はない。ここは敵情視察できただけでも重畳としよう。なに、対策すれば何とかなろう」
 そう言って、学校の方へ足を向けるユリス。
「力の剣、か……」
 僕は一度だけ女剣士のいた方を見てから、歩き出した。
「それにしても、あの力。何の理由があってこの街で……」
 そう呟くユリスの声が僕の耳に少しだけ残り、消えていく。

【2】

「へえ……噂の女剣士に会ってみたんだ」
 翌日、昼食の席でスピカが目を輝かせた。
 食堂はいつも通りの大入り満員で、周りから向けられている視線は多い。
 スピカがフリーではなくなった事で、彼女への視線は減るかもと思ったのだが、そんなことはないらしい。
 といっても、それも仕方のない話だろう。スピカは相変わらず女神のように綺麗で、しかも最近はお洒落にも目覚めているように思う。スカートもごくごく僅かに短くなっている、ような気がするし、一年前には見なかった装飾品……学生にも許される範囲の質素なものではあるが……を身につけてパッと見にも華やかだ。それらが僕へ向けられたものだとすると、一段と魅力的になった彼女が注目されるのと同じ理屈で、僕へ向けられる嫉妬の視線も増えるのも仕方なし、といったところだった。
 閑話休題。
 そうやって感心している彼女を見て、僕は釘をさしておく。
「遠くから見ただけ。ユリスが、今のおぬしでは勝負にならない、とか言ってさ、すぐに逃げたんだよ」
 僕がそう返すと、彼女は、ふうん、と頷いて僕の腰にあるユリスに目を向けた。
「その子、凄く強いんだ」
「うむ。あの女剣士の重い一撃の前に、小細工は通用せんと見る」
「そか。そうなると、私には力になれないかな……。神兵の剣は、どちらかといえば技術寄りの剣筋だから。同じ衛兵候補生とか、そうでないなら素直に教官に聞いてみるとか」
 スピカの言うことは正論で、僕はそうだねと頷く。
「とは言っても、肝心の宛てがないんだけどさ」
 ロジェスに聞くなんてのは論外。オッテは僕と同じか少し強いくらいだし、その他となるとあんまり仲のいい人がいないのが実際だ。となると、教官に特別に訓練してもらうしかないか、と考えをまとめる。
 剣術担当の教官は何だか僕に厳しいから苦手なんだけど。
「ヘイムも、頑張ってるんだね」
 スピカがニコっと笑ってそう言ったので、僕は腹をくくることにした。次の時間がちょうど剣術の訓練だから、その時に教官に言って見ればいいだろう。
 昼休みが終わり、スピカと別れた僕は訓練場へと向かいながらそう思った。
 訓練場にはすでに訓練生の姿があった。だが訓練場は異様に騒がしい。
 準一級の衛兵候補生は一から三までのクラスで分かれており、それぞれで同級の神兵候補生と合同訓練するときもあれば、今回のように衛兵候補全体で訓練を行うこともある。後者は人数が多いため、これまでも多少訓練前にざわつくことがあったのだが……今回はどうも様子がおかしかった。
 僕は剣帯のユリスを確認しながら、ざわめく訓練場に踏み入る。
「最強の剣士が女性だったら、何か問題でもあるのか!?」
 聞こえたのは、澄んだ、よく通る声だった。
 人ごみを押しのけて様子を見ると、その中央には半径にして三メートルほどの間が空いていて、そこで二人の訓練生が対峙している。
 一人は線の細い感じの男子だ。艶やかなショートの黒髪のしたで、蒼の目を爛々と燃やしている。恐らく先ほどの声はこっちの生徒だと思う。
 その相手をしているのが、体格のいい茶髪の男だった。ブラウンの瞳をからかう様な色で染め上げ、余裕綽々といった態度で黒髪の少年を見ていた。
「ヘイム」
 耳元でオッテが囁く。
「ああ、いたんだ、これは一体どういうこと?」
 そう聞くと、オッテは腕を組み唸る。
「最初はただ、噂の女剣士についての話題で盛り上がってただけなんだ。しかし、オンナなのに最強の剣士か、なんて話題になるなり、いきなり突っかかってきたんだよ」
「そうなんだ。でも女のひとだからって言うのは失礼だよね……」
 僕が頷くと、オッテは肩をすくめて鼻を鳴らす。
「そりゃあそうだけどさ。ここであえて、こんな大袈裟に反論することか? それも、あの冷静沈着が身上だった準一級衛兵候補の最強様がさ」
「え?」
「だから、あいつが準一級衛兵候補一組のライン・スティキレさ」
 スピカの家の別荘に向かうとき、リンレットが口にした彼の寸評が、僕の脳裏で再生される。
 曰く、訓練校ヒミンビョルグ唯一の、魔剣使い。鬼気迫る剣術の腕をもつ準一級生。
 そう気付くと、僕は人を押しのけて、強引に円の内側に出た。
「なんだ、お前?」
 ラインの相手をしていた男子生徒が、僕に疑りの目を向けてくる。
「いや……ほら、別に女の子が強くてもおかしくないんじゃないかな。でなければ神兵なんて存在しないだろうし、それにスプラネリカさんだって強いから、その」
 僕がしりすぼみに言うと、辺りから「なんだ惚気か」「そろそろ訓練始まるんじゃないか? アップ始めようぜ」などと声が聞こえ、人ごみは解散していく。
「ちっ、気に入らねえ!」
 茶髪の男はそう怒鳴って、その場を離れていく。入れ替わりに近づいてきたオッテはその背中を見送ってから、苦笑いで僕を見た。
「あいつはブレンダムだな。相変わらず暑苦しい男だ」
「なるほど、暑い男じゃの」
 ユリスも僕だけに聞こえる心の声で応じる。僕はブレンダムの背中を一瞥してから、ラインに向き直った。
 そこにはやはり小柄な少年の姿があった。僕よりも、線は細い。
「ライン、だよね?」
「うん。そうだよ……俺に何か用?」
 綺麗な蒼の双眸が僕を覗きこんでくる。
「用っていうか、その、ちょっと聞きたいことがあってさ」
 この華奢な身体で、魔剣を扱うというライン・スティキレ準一級衛兵訓練生。彼に、町に出没するという謎の女剣士を戦うための知恵をもらえないかと思ったのだ。
「いいよ。じゃあ、君とスプラネリカさんがいつも訓練してる場所と時間で」
「し……知ってるの?」
 彼はそこでフッと笑みを浮かべると、僕の横をすり抜けていった。
「最近、たまたま見かける事があるんだ」
 たまたま。で、見つかるものだろうか。寮からは見えない場所にある丘なのに……。だけど、僕が何か言う前に、オッテが関心した顔で僕の背を叩いた。
「へえ、魔剣使いのラインを友につけるとは、いよいよ女剣士を倒すに本腰ってわけか」
「……なに? 知ってたの?」
「そりゃあ、話したその日の深夜に部屋を抜けだされりゃあ、なあ」
 くくくと笑うオッテに、僕は溜息をつく。



 ラインが来たのは、僕とスピカが待ちかねてルーンの訓練を始めた頃だった。
「ごめん。少し遅れた」
 そう言う彼は、訓練生用の制服をきっちり着こんでやってきた。僕はルーンの発動を止め、ラインに駆け寄る。実際のところ、寮を抜け出すのは結構難しいことで、僕もスピカとの練習に幾度か遅れたことはある。
「ちょっと待ったけど、まあ、まずは無事に来れてよかったよ」
「うん。えっと、そっちが彼女さん?」
 そう言ってラインは僕の背後にいるスピカを指差した。
「そういうことになってる。準一級神兵候補生のスプラネリカ・ユリエルト」
 ラインは小さくお辞儀すると、僕をまっすぐに見た。
「……それで、俺に聞きたいって言うのは?」
 彼がそう聞くので、僕は意を決して、その目的を告げることにした。
「その、ラインはもちろん、噂になってる謎の女剣士のことは知ってるよね?」
「知ってるよ」
「僕は、その女剣士と戦おうと思ってるんだけど、ユリスが……えーっと、友達が、僕の技術の剣じゃあ、そのひとの力の剣には勝てないだろうって言うんだ」
「友達、ふうん」
 言葉とともに、ラインの目が鋭く光ったような錯覚を覚える。
 僕は慌てて「何?」と問い返した。
「ううん。俺も同意見だな。俺も見たことがあるけど、確かに彼女は膂力に長ける質を持っていると思うよ。……それで?」
「それで、技術寄りの剣術を扱うスピカに聞くより、同じ衛兵候補生で強い人にアドバイスとかを受けた方が参考になるかと思ってさ」
 ラインは顎に手をあてて、何事かを考え始めた。僕の中では、ラインに頼む、というのは咄嗟に思いついた案であって、例えダメだったとしても教官に頼めば何とかなる話。それは、できれば引き受けてくれると助かるけど。
「いいよ。引き受けた」
 しばらく悩んだ風にしてから、彼はコクンと頷いた。
「なら、これからよろしく、ライン。僕はヘイムだ」
「よろしく、ヘイム」
 僕らが握手すると、スピカがやってきて手を鳴らす。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
「だね」
 ラインは僕から五歩ほど離れて腰の剣を抜いた。普通のロングソードとは若干、意匠が異なるようで、柄がやや長い。ただ剣としては普通の作りに見えるし、現時点でユリスが警告をすることもない、聞きしに及ぶ魔剣だとはとても思えなかった。
「それが、魔剣?」
「そうだよ。これが俺の魔剣、スカーレッドだ」
 ラインは言って、ゆっくりと足を出して踏み込んできた。
「抜け、ヘイム!」
 心中にユリスの声が響く。
 その声のままに、妖精剣を抜く。応じる剣がスカーレッドと衝突した。
「ぐっ!」
 まさに、その瞬間。僕はすでに、丘に倒れ伏していた。顎と胸部を強かに打ちつけ、息が止まった。頭が、衝撃と酸素不足で白熱する。
 何が起こったのか理解できない。剣は、まだ手の中にある。だが思い返すに、ラインの振りおろしの一撃を受けたとき、僕はすさまじい圧力を食らい、地面に引き倒されたのだ。
「君と、君の友達の見立ては正しい。この剣はとても重いから、きっとヘイムの修練に、つまり力の獲得に、役立つと思うよ」
 月光の下、ラインは剣を捧げ持ち、宣言した。
「大丈夫? ヘイム」
 心配そうにするスピカに、僕はひきつる笑みを向ける。身体に力をこめ、立ち上がった。
「大丈夫。まだいける、もう一回だ」
 叫ぶ。ラインが地を蹴った。今度はかなり早い。剣の重さと、ステップの速さの両立。それが魔剣の能力なんだろうか。頭のなかの冷たい部分で分析を重ねながら、応じ手を撃つ。先ほどよりも、強く、鋭く!
「がっ!」
 稲妻のような衝撃が剣を伝い、身体を突き抜けていく。横薙ぎに払われた一閃と衝突し、僕は無様に五メートルほども後退を余儀なくされた。
「まだまだ!」
 それでも、なお立ち上がる。立ち上がらないとダメだ。ロジェスに勝ったときも、最後まで諦めない心が僕を勝利に導いてくれた。
 今度は僕からうって出る。
「タフだね。君も、剣も。大抵二発も貰うと、どちらかがダメになるものだけど!」
 ラインは笑みを浮かべ、防御など一切考えぬ、横一閃の返しで僕を迎えた。
 ゾッとする。凄まじいプレッシャーを帯びた一撃に、背筋が凍る。今までの僕なら、ここでバックステップを踏んでいたかもしれない。だけど、前に進まないと。
 もし……ここで剣の軌道を変えたら。そうしたら、僕の剣は届くかもしれない。そう思い、手首に力を込める。だが。
「ダメじゃ、合わせよ! その浅い一撃の代わりに首を落とされるぞ!」
 脳裏にユリスの言葉がこだまする。
 確かにそうだ。
 ラインの一撃にはそれを可能にする圧倒的な力がある!
「っ!」
 軌道を変えようと捻った手首を戻そうとする。だがそこまでだった。衝撃を受け、痺れた右手が言う事を聞かなくなり、剣が抜け落ちる。
 驚き、剣を止めようとするライン。だが間に合わない……!
 恐怖に、目を閉じた。
「せぇっ!」
 裂ぱくのかけ声が夜の丘に響く。僕は恐る恐る目を開いた。
 深緑のドレスが風ではためいていた。ユリス・ブリスだ。彼女は瞬間の判断で人型形態となり、ラインの剣を手のひらに受けたのだ。
 誰も声を出せない停止状態。だが、ラインは我に返ったように剣を戻す。
「頑丈だなとは思ったけど。まさか、妖精剣だったとは」
 彼が言うと、ユリスは僕をみて溜息をつく。
「まったく……戦闘中に武器を取り落とすとはの」
 僕は二人の言葉が僕に向けられたものだと気付き、慌てて手を振る。
「えっと、ごめん。そう、ユリスは妖精剣なんだ」
 そう答えると、ラインはユリスの方を見た。特に、剣を受けたその手のひらをだ。
「なんじゃ? ラインとやら」
「……スカーレッドを身に受けて、無傷で済むものがあるとは思ってなかったので」
「大した自信じゃな」
 ユリスは傷一つない右手をぷらぷらと振って見せながら、挑発的に返した。
「ヘイム、本当に大丈夫なの?」
 スピカが僕の身体を触って、無事を確認しはじめる。
「大丈夫だよ。剣を取り落としたのは衝撃で手が痺れただけだし、ちゃんとユリスが守ってくれたからさ」
「はあ、良かった。ユリス、本当にありがとね」
「なに、ヘイムは主みたいなものじゃからな。守るのも務めよ」
 ユリスは軽く笑うが、その務めが無ければ死んでいたかも知れないわけだ。今さらのように動悸が激しくなってくる。
「ヘイム。君は面白いね。久しぶりに本気を出しそうになった気がする。もっと続けたいけど、もう遅いし、今日はこれで」
 ラインはそう言って憂いなく魔剣を柄に収めると、さっさと歩き去って行った。
 取り残された僕はその場に座り込んでようやく息をつく。
「なるほど、ライン・スティキレ……か。何が原因かは知らんが、あれは戦いになると気分が高揚する質のようじゃのう」
「高揚って……」
「ならば否定できるか? あの者が刹那うかべた、あの表情を」

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by yamaomaya | 2012-02-11 15:25 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル2.2-氷窟の妖姫-

【5】

「立つのじゃ」
 もう、魔蝕の攻撃はコンマ云秒以内に飛んでくる。そんなギリギリの時間の狭間で、僕の耳は、森のように深く、落ち着いた声を聞いた。
「ユリエルトの家のものではないようじゃが、そんな細事は関係ないか」
 僕は渾身の力――いや、意志力を振り絞って立ち上がる。
 そこには、白銀の髪を腰ほども伸ばした薄褐色肌の美女がいた。深緑にも似た輝きを放つドレスは身体に沿った作りだ。
 その女性は僕の方を向いたまま、半身から伸ばした右腕で尾を受け止めていた。
「その、手……」
 僕は口を開こうとしたけど、その女性の放つ魔力の大きさに何も言えなくなる。
 人間では、ない。
 僕がそう思った瞬間、その女性のドレスが、花びらのようにウェーブを描く裾が激しくはためく。勿論その長い髪も、そして僕の服さえ。
 魔力の奔流だ。
 僕は無意識に呻いたが、しかし、不思議と辛くはない。包み込むような、深い森の空気のような魔力は、僕の身体から悪しきモノの魔力を取り去っていく。
「我が名はユリス・ブリス……我が剣をとり、奴を倒すのじゃ」
 女性が空いている左手を差し出してきた。
「ユリス……さん?」
「ユリスでよいわ。早く、この手をとれ!」
 僕は、その手を握る。光とともに彼女の姿が掻き消えるように消え、代わりに手には長剣が握られていた。
 恐ろしく長く、しかし風を持つように一切の重みのない剣。
「やれ!」
 僕は心の奥で彼女が叫ぶまま、縦一閃、氷の魔蝕を断ち切った。



 僕は氷の魔蝕がいた辺りに倒れたリンレットを抱き起こす。彼女は固く目を閉じたまま反応を示さなかった。
「汚染されておる」
 人型へと戻ったユリスが、リンレットの顔を覗き込む。
「あの、だったら」
 僕がその声の主へと視線を向けると、彼女は驚いたように眉を上げた。
「おぬしのルーンは飾りものか?」
「え、僕の……ルーン?」
「そうじゃ、スピリチュアルな喜びを創造するウィンの力。これほど魔蝕の汚れを拭うのに適した力はあるまい」
 僕は唖然として、それから直ぐにリンレットに向き直った。
「その代わり、半端な力では浄化できんぞ」
「ど、どうしたら良いんですか?」
 今まで殆ど実戦で使用機会のなかった自分の力だ。
 自分の力で人が救えるかも知れない。だけど、それをするのには大きな力と覚悟が必要だと言われた。そんな危機的なシチュエーションにあったことがない僕は、ユリスに情けなく助言を求めてしまう。
 簡単に言うと、一人で失敗するのが怖かった。
「そのままじゃ駄目じゃ。服を脱がせい」
「え。それは……」
 僕が向き直ると「度し難いウブじゃな」と呟き、リンレットの服をむんずと掴むと一文字に引き裂いた。まるで氷の魔蝕を断ち切ったときのようにだ。
「うわああああああああああああああ!」
「必要なことじゃ。役得、役得」
 ユリスが心なしか邪悪な笑みを浮かべているような気がするのだけど!
「大体、ユリスは僕の服の上から浄化したじゃないですか!」
「アホか。それは私の魔力が莫大にあるからこその力技。それに、おぬしの中にウィンのルーンがなければ、この技も使えんかった」
「…………」
 今ほど自分にウィンの力があって良かったと思ったことはない。
「それにな。正直に言うと、もう魔力がないのじゃ。精々、あと一回、剣に変身できるくらいしかないし、おぬしの浄化はもちろん、さっきみたいな一撃で巨大な敵を断ち切るような大技も出せん」
 さ、浄化作業に戻るのじゃ、とユリスはにこやかに言う。
 僕は意を決してリンレットに向き直る。
 破かれて、はだけられたドレスは、本来の役目を放棄していた。その先にあるリンレットの素肌に、僕は心臓が激しく暴れだすのを止められない。
 小さいながらも、その存在を克明に主張する双丘。すべらかな肌にちょこんと窪みを作るへその下には、純白のショーツさえ見えている。
「それで、どうやって?」
「彼女の心の在りかを探る。大体、胸か子宮じゃな。手に魔力を纏わせて触れれば大体の感じで分かると聞くが」
 僕は集中し、手に魔力を留める。
 しかし、こうやって集中して纏わせた魔力も、彼女の肌に触った瞬間に霧散霧消してしまいそうな気がした。リンレットの左胸に手をかざすが、どうしてもその先の勇気が――
「ええい、まどろっこしい!」
「うわああああああああああああああ!」
 ユリスに僕の手首を持って、リンレットの胸に押し付けていた。幸い、手に纏った魔力が消えることはなかった。もしかしたらユリスが押し留めているだけかも知れないけど。
 どう表現したらいいだろう。
 布越しに感じたことがあるスピカの胸とはまた違う、やや強めの弾力を感じた。
「ん……」
 リンレットが小さく声を漏らす。
 僕はドキリとして手を引っ込めようとするが、ユリスの強烈なプッシュで、手は押し込まれていくばかりだった。
「ここじゃ。やれ」
 静かにユリスが号令を発した。
 剣で斬るときと同じ合図なのが個人的には気になるものの。
「ウィンよ!」
 今まで使ったこともないような、ありったけの魔力を込めて、僕はルーンを撃ち込んでいた。
 黄色い光が、リンレットを中心に急速に広がっていく。その中心で、リンレットから黒いオーラが飛び出すのを、見た気がした。
「いいぞ。浄化は成功したようじゃ」
 ユリスに言われ、僕は力を止める。リンレットが、ゆっくりと目を開いた。
 光が消え、同時にユリスが僕の手を離す。
「……あ、あ、あ」
 リンレットは目を覚ますなり、顔をカアッと紅潮させていた。
 言い訳ではないが、たぶん、今まで扱ったことのないほど大きな魔力を放出した反動で僕は疲れていたのだろう。
 そこでやっと、僕は、リンレットの左胸を鷲摑みしたままになっていることに気付いた。彼女は僕の手を胸からはがして、強く握りこむ。
 底知れぬ恐怖に駆られて、思わず目を閉じていた。
「……!」
 でも、いつまで経っても想像していたような事には――例えばスナップの効いた平手打ちをくらうとか、そういう事態には陥らなかった。
 トスンとリンレットが飛び込んできて、僕の手を抱いたまま胸に収まった。
「怖かった、死んじゃうかと思った。身体が重くて、寒くて、哀しくて……」
 僕は、震える彼女の背にそっと手を回して抱きしめることしかできない。
「魔蝕の悪しき気が人に与える影響は、その媒体に寄るともいう。この娘のルーンはおぬしと違って魔蝕の気に耐性がないから、氷の気をもろに受けたのじゃな」
 そこで反転、ユリスは翠の目を細め、表情を厳しくする。
「それで、おぬしらは?」
「おぬしらは……って、なんですか?」
「おぬしらは、ユリエルトの家のものではあるまい? なぜこの洞窟にいるのじゃ」
 ユリエルトと聞いて、僕は一瞬、思考停止するが、すぐに思い出した。スピカのファミリーネームだったのだ。
「スピカに、この氷窟にある剣を手に入れようって誘われて来たんです」
「ほお、スピカに。なるほどな」
 ユリスは嬉しそうに肩を揺らすが、すぐに何かに思いあたったような顔をする。
「そうすると、少しばかり拙いことになったかも知れん」
 彼女は僕からリンレットをはがしてパッと手をかざした。
 真一文字に破られたドレスが浮かび上がり、元通りになる。
「スプラネリカを探しにいくぞ。ついてまいれ」
 ユリスにとっては、不法侵入よりもスピカが氷窟にいる方が大変らしかった。
 その理由までは分からない。
 前を行くユリス。ついていく僕、その後ろにリンレット。僕ら三人は階段を上り、上の層へ、上の層へと進んでいた。
「あの、よく状況は分からないけど、魔蝕の親は倒したんだよね? 何でそんなに急ぐの?」
 リンレットが聞いてくるけど、それは僕にも、何とも言えない。が、前を行くユリスが口を開いた。
「この洞窟の深部、つまりさっきまでいた場所は、春の森の風たる私のテリトリーじゃった。だから氷もないし、泉も氷を張ったりはせぬ」
 春の森の風たる私。
 ユリスはそう言った。つまり、その化身であると。じゃあ、この女性は――
 と思ったところで、彼女の声は続く。思考が中断される。
「だがよく考えてみるのじゃ。おぬしらが落ちてから、すぐに魔蝕まで落ちてきたわけではあるまい? つまり、何かを考えて、あの魔蝕はおぬしらを追った。例えば……自身が死んでも、魔蝕群の総体としてはダメージがないから、とかな」
「つまり、あいつは親じゃなかったって事なの?」
「そうじゃ。あの魔蝕群とは、もう数年も戦っておる。いい加減、こちらのテリトリーに入ったら死を免れんことは学習していたじゃろう。だから、死んでもいい奴から、降りてきた。おぬしらの魔力を奪うためにな」
 ユリスはそう言うと、少し速度を緩め、やがて足を止める。
 前には、氷に覆われた扉がある。「この奥に親がおる」ユリスは宣言した。
「分かるんですか?」
 僕が聞くと彼女は「これほど近づけばな」と自信なさげに返し、僕ら二人を見た。
「ユリエルトとは盟約があるから、この先にスプラネリカがいるだろう事を考えると引くことはできんが……おぬしらはどうする?」
 そうは聞かれたけど、どっちにしろ扉が開かない限りは地上に戻れないし、それに、恋人として、スピカを探さないといけないし。
「僕は行きます。リンレットは」
「私も行く」
 ユリスは薄く笑みを浮かべると、では、と僕に手を差し出した。
「では、おぬしに我が身を任せよう」
 薄緑の閃光とともに、僕の手に長剣ユリス・ブリスが握られる。あまりにも長大な剣であり、同時に風のように軽い剣でもある。
 僕は気合とともに剣を扉に突きたてた。氷を砕き、中にある扉すら寸断する。扉は破壊され、その部屋が明らかになった。
 最初に入った部屋のような、十メートル四方の広がり。
 そこに、大きな氷塊があった。
 いや、単に氷の塊と表現するのは不適切だ。僕は思い直す。そう促すように、ソレは蠢いていた。
 部屋の中心部を占領する巨躯。そこから何本となく伸びた氷のウィップ。間違いなく、こいつが氷の魔蝕の親だ。
「ヘイム……逃げて!」
 部屋に声が響き渡った。
 僕が一番聞きたかった声。視線を巡らせて彼女を探す。
 スピカは、囚われていた。硬い氷の鞭に身体を幾重にも縛られ、拘束されている。ガリガリと嫌な音をたて、鞭は彼女を締め上げていた。
「スピカぁあ!」
 剣を振り上げ、突進する。
 応じるように魔蝕の主がウィップをしならせた。剣でもってそれを弾き、強引に前へと進んでいく。近づきさえすれば、叩き斬れる。この剣なら――
 その一瞬、魔蝕の親が雄叫びをあげた気がした。
 実際には、そいつは氷の塊で、鳴き声をあげることはない。
 だけど。言いようのない恐怖感に駆られ、剣を身体の前で水平に構えた。
 防御するように。
 炸裂。僕は飛来してきた氷の塊の勢いに押され、床に倒れる。
 魔蝕はその口から――口と思われる部分から、氷の礫を飛ばしたのだ。そう、転がる身体を立て直しながら、気付いた。
 氷の礫。
 それは、スピカのルーンの基本的な用法でもある。
「リンレット!」
 僕が叫ぶと、視界の端で赤光が瞬いた。
 爆発的な熱量が部屋に放出され、室温が一気に上がる。期待した。魔蝕といっても所詮は氷だ。ここまで温度が上がれば、と。
 だけれど、溶けない! 魔蝕は、まるで温度をものともしないように。
「どういうことよ!」
 リンレットが叫ぶ。
 当然だ。現に、探索を始めてすぐの魔蝕との戦いでは、爆炎によって――温度を上げるという所業によって、魔蝕を倒すことができていたのだから。
 それから数度、リンレットは爆発によって魔蝕を砕こうと試みるが、やはり自然界の掟と反すように、魔蝕の身体は頑として揺るがない。
「何かが、身体を構成する氷を守っておる!」
 ユリスの声が心の中に響いた。
何かがって、何が!
「決まっておろう、氷を守る事のできるもの。すなわち、スプラネリカのルーンの力じゃ!」
 その言葉の衝撃に、僕の身体が一瞬、止まる。
「せえぃ!」
 そこに迫るウィップを、間一髪のところで剣を抜いたリンレットが防いだ。
「油断しないで」
 彼女は剣の感触を確かめるように一、二度振って、僕を見る。ユリスの声が聞こえるがそれは剣を握る僕に限った話で、リンレットには聞こえないらしい。
「う、うん。ごめん」そう謝りながら、僕は、ユリスに聞きなおした。
「ユリス。スピカの魔力が魔蝕を保護しているというのは、本当なの?」
 呟く言葉に、リンレットも僅かに顔を強張らせる。
「ねえ、それホントなの?」
 そう聞いてくる。僕は、今度は彼女の背後から迫ったウィップを弾き飛ばす。
「……そうとしか考えられんのじゃ。同じ属性をもつモノは、強く惹かれあい、侵食する。魔蝕が、スピカの魔力を喰らっているとしか現状は説明できん」
 ユリスは、そう結論付けた。だから僕は、頷いた。
 リンレットに、ユリスに。
 それから彼女には、誓いの言葉を。
「今、僕が、君をそいつから解放してみせる」

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by yamaomaya | 2012-02-11 15:21 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル2.1-氷窟の妖姫-

【1】

「……そろそろ、第一回戦が終わるね」
 どれくらい、スピカの身体を抱きしめていただろう。
不意にスピカは腕の中で身動ぎした。懐中時計を見たのかもしれない。
「かもね。そろそろ、通過者の発表があるかな」
 僕は彼女を離して、椅子を立つ。
 選抜試験は第四回戦まであるのだ。その回の戦いが終わると、各対戦の評価が行われて、次の戦いへと駒を進める選手達が決まることになっている。
 僕はスピカとともに控え室を出た。
 もうオッテの姿はなかった。観覧席に戻ったのだろう。
「どうしたの?」
 足を止めた僕に、スピカは首を傾げた。
「いや、さっきまでオッテが居たからさ。でも、もう戻ったみたいだ」
「そっか」
 スピカは軽く返して歩き出すが、すぐに歩みを止める。
「うぅ」
 そう言って小さく呻く彼女に、僕はギョッとして駆け寄った。
 先の競技で怪我をしていたのだろうか。すぐに医務室に連れて行くべきだろうかとスピカの顔を覗き込むと、彼女は両手で赤くなった頬を押さえていた。
「……ど、どうしたの?」
 どうやら怪我が痛んでいるわけではないらしいが……一体どうしたのだろう。
「だ、だって、さっきの……聞かれたかも知れないし」
 さっきの?
 僕はスピカに言われて、さっきのことを思い返す。
 戦いが終わって、僕の気持ちを伝えて、スピカに告白した。スピカはそれを受け入れてくれて、僕たちは結ばれたのだ。
 腕には、まだスピカの温かさが残っている気がするのだが。
「あ」
 そうか。僕はそこで、やっと思い当たった。
僕と彼女が告白合戦していたとき、オッテはまだ外にいたかも知れないのだ。
 オッテに限ってそんなことをするとは思わないが、部屋の戸を開けて盗み見ていた可能性だってあった。そんな状況で抱きしめあったり、キスしたりしていたのだ。
「だ、大丈夫じゃないかな。多分」
 僕は上ずる気分を落ち着けながら言った。殆ど希望みたいなものだけど。
 まあ、オッテなら積極的に言いふらしたり……しそうだなあ。
「その、付き合ってるんだ、とか、そういうこと言われるのは平気だよ。胸を張って、付き合ってるって言えるけど。だけど告白したのを聞かれたのは、恥ずかしいよ」
 だけど、僕の危惧と彼女の羞恥は別のところにあったみたいだった。
 胸を張って、付き合ってるって言える。
 彼女のその言葉に、僕は心の奥が一際、温かくなるのを感じる。
「……ありがと、スピカ」
 僕が言うと、彼女は「なんでお礼するの?」と小さく笑った。



 競技場に出る。すでに評価は始まっているらしく、観衆はざわめいていた。
 脇の方に集まっていた選手の列に入る。一瞬、ロジェスと目があったけど、彼は剣で負けたことが悔しかったらしく、すぐに視線を反らした。
逆に、その後ろのヴァルキュリア候補生に見つめられ、僕は少しだけ戸惑う。やや癖のある赤毛をポニーテールにした彼女は、ロジェスと組んで僕を追い詰めた少女だ。
 彼女はスピカに対して何か強いライバル意識をもっていたようだったから、最終的に負けみたいな結果になって歯がゆい思いをしているのだろう。
 そうこう考えている間に、アンスールのルーンによって拡声された審査官の声が響く。
「続きまして第一回戦、第四試合の評価、および審議結果です」
 僕達の試合だった。
 僕は固唾を呑んで、次の言葉を待つ。にわかに汗をかき始める僕の手を、スピカの手が優しく握る。
「まず、アスレチックレースです。先着したロジェス・リンレット組には十ポイント与えられます。また、その攻略が極めて迅速で安全であったとの評によりプラス十点し、合計二十点とします。ヘイム・スプラネリカ組は、攻略時間ギリギリであり被害も大きかったとして無得点とします」
 二十対ゼロ。僕は固くスピカの手を握る。大きな点差だ。辛勝だった剣術勝負で追いつけるとは思えない。
「次に、模擬戦の結果です。勝利したヘイム・スプラネリカ組には十ポイント与えられます。また相手のルーンを封殺するという作戦が高評価であったため、ロジェス・リンレット組には五点、加点されます」
 僕は、強く歯をかみ締めていた。
「二十五対十で、第五試合を勝ち上がったのはロジェス・リンレット組とします」
 その無情な決定に、わずかだけ抵抗するように。
「続きまして第一回戦、第五試合の評価、および審議結果です――」
「……ヘイム、行こう」
 彼女の声に、僕は頷く。
 一回戦を敗退した選手は、三々五々に解散を始めていた。その流れに混じって、情けない気持ちを隠すように、歩き出す。
 ロジェスが今、どんな気分で、どんな表情でいるのか。僕の背を目で追っているのか、見る価値もないと一笑するに留めているのか。背を向けている僕には分からない。
 勝てるとは思ってなかったけど。
 負けるだろうとは思っていたけど。
 だけど、改めて力不足を突きつけられてしまっては、心中穏やかではいられない。
 悔しかった。
僕は、敗者だった。
「ヘイムは、強かったよ。だから、自分を責めちゃダメ」
 握った手をぎゅっとして、彼女は言う。
 競技場の正面玄関前。
 辺りには、同じように敗退してしまって、程度はどうあれ、悔しがっている人たちがいる。彼らは観覧席から降りてきた友達や、あるいは恋人と、一生懸命やったねって慰めあいながら、寮の方へと歩いていた。
「次、頑張ろう。次、頑張れるように、二人で一緒に頑張ろう」
「……頑張ろう」
 僕はスピカを見て、小さく言った。
 ちゃんと言おうと思ったけど、急に気恥ずかしくなってしまったのだ。
 だけどスピカは、そんな小さな呟きでも納得したようで、パッと顔を明るくすると笑顔を僕に向ける。
「早く終わっちゃったね。せっかくだから、町の方に行ってみようよ」
「うん」
 是非もなく、僕は頷く。これがオッテだったなら面倒くさいかも知れないけど、相手はヒミンビョルグの女神様なのだ。断る理由が、どこにあるのだろうか。
「そういえば、明日から冬休みだね」
 町の方へと向かう道すがら、彼女はそんなことを言ってきた。
 去年までは何週間も前から待ちわびていたものだから覚えていたけど、今年は剣術練習で忙しくてすっかり、すっぽりと忘れていた。
 一級生の採用試験、ないしそれ以下の等級生の昇級試験が始まる前二週間は、全校的に休みが取られるのだ。
 試験準備週。なんて教官は命名しているけど、生徒の間では専ら冬休みと称される。
「ヘイムはどうするの?」
 そう彼女は聞いてきて、それから直ぐに眉尻を下げる。
 僕には帰る場所がない。選抜試験で共に戦った彼女は、そのことを知っているのだ。
「僕は、いつもどおり寮にいるけど。スピカは?」
「えっと、ヒミンビョルグの近くに別荘があって、そこで過ごす予定」
 努めて明るく返すと、彼女はそう言って空を見上げる。
「ラッキースターの力を、完成させないといけないしね」
 ラッキースター。彼女のもつハガル――災厄のルーン――に込められた、もう一つの秘められた能力の発露だ。彼女はそれを会得するため、頑張っていた。
「そうだ……」
 スピカは僕の胸に指をつきつけてきた。
 突然のことに、僕はやや面食らいながら彼女を見る。
「ヘイムも一緒に、別荘に来てくれないかな」
「え!」
 選抜試験が終わるや否や、新たな事件が始まろうとしていた。

【2】

 翌日。そんなこんなで、僕はスピカと一緒に馬車に乗っていた。
 どうも、訓練校に近い、とは言っても中央と並べてみたときに比較的近いというだけで実際のところそれなりに遠いらしく。荷車で肩を並べて座っていた僕たちの間にはもう話題もなかった。
「……結構、遠いんだね」
 これほど遠くなると「保護なしに出歩くことなかれ」という学校側の外出制限にも引っかかるのだが、別荘には侍従が何人か来ているらしい。
「うん」
 少なくとも三度は繰り返したやり取りを終え、僕は荷車の屋根を見る。革張りの屋根を支える垂木から、火のないランプが所在なさげに揺れていた。
「あの、さあ」
 と、僕らの向かいから、そんな声が聞こえた。
 忘れたかった、といえば嘘になるが、この馬車には僕とスピカ以外にもう一人乗っている。もちろん、今もって馬車を操っている御者さんを除いてだ。
 やや癖のある赤毛をポニーテールにして、強気な印象でもって僕に話しかける少女は、リンレット。選抜試験でロジェスの相方をしていた神兵候補生だ。
「さっきから何回、同じこと言ってるの? いい加減、煩いんだけど」
「……それは、ごめん」
 スピカが僕主導で優しくしてくれているからか、リンレットの言動がかなり強く感じる。
 別に不愉快と言うほどでもないのだけれど、もし母親が生きていたら、こんな感じで口うるさく言ってくるのだろうか、と失礼なことを考えはした。
 大体、なぜリンレットがここにいるのか分からなかったし。
「何故ここにいるか?」
 そこで突然、リンレットが片眉を上げる。
 なんで考えてることが分かったのだろうか。と思うや、リンレットは溜息をつく。
「私のルーンの力。心を読むとまではいかないけど、そんなに疑問が大きいと漏れてくるから自然と分かるの。まあ、洞察の加護力についてはシゲルには大きく劣るけど」
 彼女の持つケンのルーンも、オッテが発動させたシゲルのルーンも、太陽をパワーの根拠とする力だ。だから闇を払う力や、未知を明らかにする力を得やすいらしい。
 僕は、なるほどね、と端的に返す。
「それに、私がここにいる理由なんて、ちょっと考えれば分かるでしょ?」
 リンレットはそう言って、スピカを指差す。
「私と、スピカが、友達だからよ」
「…………」
 犬猿と評せざるをえない仲ではありそうだった。
 ともかく、リンレットも休みの間はスピカに同行するつもりらしい。
「……そういえば、選抜試験はどうなったの?」
 僕が聞くと、リンレットが僕の顔とスピカの顔とを見て、不審そうな顔をする。
「見てなかったわけ?」
 数瞬の後に捻り出てきた彼女の疑問の声に、僕は何も言えなくなる。まさか、町でデートしていたから観戦はしていない……なんて、言うわけにもいかない。
「ええ、ちょっと別に用事があって」
 スピカがそう、お茶を濁すと、心底疑わしそうな視線を向けながらリンレットは、
「……負けた。第二回戦であっさりとね」
 そう告白した。
「負けた?」
 僕は思わず復唱していたけど、気に障るかもしれないと慌てて言葉をつなげる。
「強い相手だったの?」
 ロジェスは、性格はともかく剣術の腕は確かだったし、リンレットだってルーンの力はあるし、ロジェスが選んだくらいだから決して剣も弱くはないはずだ。
「強い……そうね。確かに強かった。鬼気迫る、とでも言うくらいにね」
 彼女はそう言って、自身の腕を抱く。
「アスレチックレースは、普通だった。こちらは、あなたたちが相手のときと同じように、ロジェスの勘が冴えていたし、その時点で十点リードしていた」
「剣術勝負でひっくり返されたってこと?」
 スピカが聞くと、リンレットは頷いた。
「まさに、一瞬よ。戦いが始まるなりロジェスはあっという間にチェックされて、私は何もできずに立ち尽くしているだけだった」
 ロジェスを、あっという間に。そんな技量をもった準一級生がいたのだと、暗澹とした気分になる。準一級最底辺で燻っている自分とは、大違いだった。
「それ、誰?」僕は半ば無意識に、そう聞いた。
「準一級衛兵候補生、ライン・スティキレ。訓練校ヒミンビョルグ唯一の、魔剣使い」
「魔剣使い……ライン……」
 そう僕が呟くと、隣のスピカが急に立ち上がった。
「魔剣……そうよ!」
「きゅ、急にどうしたの?」
「冬休みの過ごし方が決まったわ」
 スピカはニッコリと笑顔で、僕とリンレットとを見る。
「三人で、氷窟を攻略しよう!」



「よいしょ……っと」
 荷物を置き、部屋を見渡す。
 この部屋を使うように、とスピカに割り振られた部屋で、かなり広い。寮室はオッテと二人部屋だが、それと同じくらいの広さがあった。
窓も大きく、開け放つと深緑の森が広がっていて、空気は少しだけしっとりとしている。
 荷物の整理をしてから、応接間の方に来てね。とスピカには言われたが、正直なところ整理をするほど荷物を持ってきてもないので、僕はさっさと部屋を出る。
 応接間の場所は、別荘に来てすぐに案内をしてもらったので分かるが、問題はその前。
 そう、氷窟攻略がどうの、という話だった。
 スピカが言うには、この館の地下には洞窟があるそうだ。
氷に覆われた洞窟は半ば迷宮と化していて、その最深部には妖精の剣が眠っているらしい。準一級最強の衛兵候補が魔剣を持っているなら、ヘイムが妖精剣を持ってもおかしくはないという理屈らしく、氷窟を制して剣を手に入れることは決定事項になっていた。
 リンレットは最初こそ「なぜ?」と疑問符を浮かべていたが(僕もスピカの理屈には賛同しがたい)、僕の父がヘイムダルであったことをスピカが言うと、ふうん、と納得。
 父がヘイムダルだったなら、息子が武器を受け継いだりして強力な武器を持っていたりしていてもおかしくはないから、妖精剣を持っても見咎められたりしないのだとか。
 ライン・スティキレが魔剣を持てるのも同じ理屈らしい。
とは言っても、「そうだった」という口伝でしか両親のことを知らない僕にとっては、親から何かが残されているという考え方自体がよく分からないのだけど。
 そんなことを思いながらも、応接間に到着する。
 当然ながら、荷物を置いてから直ぐにこっちに来た僕が一着で、スピカもリンレットもまだ来てはいなかった。
 その代わり、スピカが本家から召喚したという侍従さんがいて、小さく会釈を受ける。
「スピカたちはまだ?」
 僕が聞くと、侍従さんは「はい」と歯切れよい返事をする。
「お嬢様方はお召し物をかえておりますので、もう幾分か時間を取られるかと思います」
 着替えか。どんな服を着てくるのだろう。
そう思いながら、手近にある椅子に腰掛け、自分の姿を見る。そういう僕自身は、いつも通りの、素朴な装いだ。
貧相さでいうならそこにいる侍従さんと同等か、あるいはそれ以下かも知れない。
「そういえば、この館の地下には洞窟があるって聞いたけど、そうなの?」
 自分の服装についてあれこれ考えるのが情けなく思えて、侍従さんに話しかけてみる。
「その話題につきましては、私からお答えすることはできません」
 が、取りつく島もなく返されてしまった。
「もちろん、ミアにもお聞きにならぬよう、お願いいたします」
「えっと、ミアって?」
「私がトアで、妹がミアです。繰り返しとなりますが、その話題に関して言えば、私どもからはお答えすることはできません」
「…………」
 何か事情があるらしい。そんな秘密の場所に、僕は入ろうとしているのだろうか。
 その沈黙にわずかな不気味さを感じながら、「わかりました」と返す。
 少しだけ、心配になる。
このあとスピカが、私たち三人で氷窟に挑む、なんて宣言したらトアさんは血色を変えて止めに入らないだろうか、と。
「ヘイム」
 すると、そこで声がかかった。どうやらスピカたちが来たみたいだ。
 僕が入口の方へ振り向くと、そこには思ったよりも簡素なドレスに身を包んだ少女たちの姿があった。スピカは薄く花柄のあしらわれた白いロングドレス。リンレットは無地の黒いロングドレスで、こちらはスリットがあり、腿が晒されていた。
「どう、似合ってるかな?」
 そうスピカは聞いてくる。
 思ったよりも簡素なとは言ってもドレスはドレスであって、普段のスピカにはない魅力を感じるのは確かだった。僕は素直に「うん。綺麗だよ」と答えることができる。
「私は?」
「リンレットも」
 リンレットが半眼で聞いてきて、僕は慌てて付け加える。
 彼女は一瞬だけ納得がいかないように僕を見ていたけど、やがて諦めたように僕の前の席に座って、無造作に足を組む。
「さてと、この館の地下にある氷の洞窟を攻略するんだっけ?」
 リンレットが言うと、スピカは僕の隣の席に座って頷いた。
「その奥にある妖精の剣を手に入れるのが目的だよ」
 当然そうくるであろう話流れだけど、僕は恐る恐るトアさんを盗み見た。
 しかしトアさんは、部屋の隅で相変わらず直立しているだけで、アクションを起こす様子はない。
「トアがどうかしたの? ヘイム」
 スピカに言われ、僕はどうやら気にしすぎの性質があるらしいと思い直す。止められたら止められたで、そのときは普通に二週間過ごすだけだろうし、あえて自分がトアさんの顔色を窺う必要性はないのでは、と気づいた。
「いや、立ってる人がいると落ち着かなくて」
 僕が慌てて取り繕うと、スピカはクスリと笑い、リンレットは呆れたように口を開く。
「従者なんだから、普通は立ってる」
「まあ、そうだろうけど」
 取り繕いついでで言うのも難だけど、そういうのは好きじゃない。向こうは仕事だけど、こっちはプライベートなわけだし。
「トア、用があったら呼ぶから、下がっていいよ」
 スピカが言うと、侍従さんは黙ったまま一礼して部屋を出て行く。
 トアさんは氷窟について聞くなと言った。それは、氷窟に何らかのお家的な因縁があることを示しているはずだ。だけどスピカが話しても大丈夫だった。ということは……
「その洞窟だけどさ」
 口を開くと、スピカは「何?」と首を傾げた。いつもと少し印象が違うと思ったら、彼女はアッシュグレーの髪をサイドポニーにしていたらしい。
「……いや、やっぱりいいや」
 あえて聞くことでも、ない気がした。必要があるならスピカの方から言ってくれるだろうし、知られたくないことだったら、逆に迷惑になるだろうから。

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by yamaomaya | 2012-02-11 15:18 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル1.2-凶意の少女-

【3】

「おい、ヘイム。起きろ、遅刻するぞ」
 選抜会当日、僕はそんなオッテの声で目を覚ました。
「今起きる。時間は?」
「冗談だ。遅刻なんかしねーよ。開会一時間前だ」
 オッテが言って、僕は時計を見た。六時過ぎだ。観戦する生徒は八時に会場入りすればいいから、オッテには少し早い。
「ありがとう、オッテ」
「気持ちわるいっつーの。ほれ、会場を間違えんなよ」
 訓練用のユニフォームに身を包むと、オッテが選抜会の資料を胸ポケットにつっこんできた。
「もう目は覚めてるよ」僕は言って、部屋を出る。
「女神様との共闘……期待してるぜ、ヘイム」
彼は調子の良さそうな笑顔で皮肉を言った。
腰の剣が、歩く僕のリズムに合わせて揺れる。金具が音を立てて、朝の清涼な空気のなかに響く。僕は、段々と自分が集中していっているのを感じた。
戦いには負けるかもしれない。
けど、今なら何にも囚われることなく、今にこの瞬間に全力を尽くせる気がする。
選抜会の会場である闘技場につく。開始までは中の様子を窺うことはできないけど、すでに競技の準備がされているのだろうか。
僕は受付を済ませて、控え室に向かうことにした。
 控え室は、参加するトゥーマンセル毎に用意されている。僕が入ると、そこにはもうスピカの姿があった。
 僕と同じ、訓練用ユニフォーム姿だ。とは言っても、男子とはデザインは違うんだけど。
「……おはよう。調子はどう?」
彼女はアッシュグレーの髪を結わえあげながら、聞いてきた。銀灰色のユニフォームはワンピースのロングスカートで、スリットから覗く脚に少しだけドキリとする。
「調子は良いよ。少し緊張してるけど」
「そっか」彼女は微笑む。
「時間まで、話をしようよ」
 スピカがそう言って椅子に座ったから、僕もその向かいに座ることにした。
「話すのは良いけど、何を話そうか」
 僕が座って靴紐を確認しながら返すと、彼女は真剣な顔で、覗き込んでくる。
「ヘイムは、言い返したりしないの?」
「なんのこと?」
 僕は返した。靴紐を結びなおして、スピカの顔を見る。
「時々、君のことは見てたけど、ロジェスに何か言われても、何も言わないよね」
「そうだね。なぜだろうか」
 いつもそうだった。
ロジェスは僕に嫌味を言うけど、僕は何を言い返すこともしなかったし、できなかった。
「僕はね、悪の魔女の子供なんだ」
 気づけば、僕はそんなことを言っていた。
「悪の……魔女?」
「もちろん濡れ衣だったんだけどさ。魔女は焼き殺されて、幼い僕は呪われた子とかいって軟禁された。それでしばらくして旅人に引き取られて、ここに来たんたんだ」
 スピカは黙って僕の話を聞いている。まっすぐに僕の目を見て。逃げるように、控え室の隅にある棚に目を向ける。
「その時のことが、燃え果てていく母さんのイメージが頭から離れなくて、僕はずっと止まってて、忘れられないでいて、囚われてるんだ。だから、僕は何も言えない。自戒とか、そういう大層なものじゃなくて、もしかしたら全部投げ出したいだけなのかも知れなくて、そんな意気地なしだからさ。ロジェスは確かにフェアじゃない奴だけど、あいつは、自分の意思で前に進もうとしてて、その点立派でさ、だから僕は言い返せない」
 息を吸う。少しだけ気持ちが冷めていく。僕は何てことを、誰に話してるんだ。
 けど、そう思ってみても今さらは止められない。
「僕を助けてくれた旅人さん、フィキスさんって言うんだけど。父の跡を追ってみたらどうだって言ってさ。それで、ここにいるだけだ。ただ一つルーンが使えるだけの、ただ陰気なだけの奴なんだよ」
 ふわりと、良い匂いがした。
「お父さん、ヘイムダルなんだ?」
 僕は一瞬遅れて、スピカに頭を抱かれていることに気づく。
「僕が生まれる前に、死んだって」
「そっか」
 なら、きっと君にも、ギャラルホルンを受け取るだけの力が眠ってるよ。と、彼女は静かに囁いてみせる。
 そのとき、鐘が鳴り響いた。気付かないうちに、ずいぶんと時間が経った気がした。
「そろそろだね」
 スピカが僕の頭を離す。目の前に彼女の歳相応に膨らんだ胸があって、僕は急に、自分が大変な場所に顔を埋めていたんだと気づいた。
「ね、ヘイム。お願いがあるんだけど」
 スピカが言う。
僕は、自分ができることなら、と頷いた。彼女は僕の話を聞いてくれた。僕と一緒に選抜会に出るといってくれた。剣術の練習に付き合ってくれた。だから、力になるんだって。
 僕の反応をみて、スピカがユニフォームのボタンを外し、胸元を開く。
「なっ、にしてんの!」
 慌てて顔をそむけるけど、彼女の両手が伸びて僕の顔を無理やり正面に向けた。
「ルーンを刻んでほしいの。ウィン、喜びのルーン。その魔力は、試練の上首尾を示す」
 その言葉に、僕は唾を呑んだ。
「触れるよ?」長時間を遠隔で保たせるなら、触らないとだめだ。
「いいよ」
 彼女に言われて、僕は指先で一瞬だけ鎖骨の間を触る。黄色い光が迸り、ルーンが浮かび上がる。着床したのを確認して、僕はすぐに離れた。
「ありがとね」
「べつに、これくらいのこと」
 慌てて言って、僕は出入り口へ目を向ける。ちょうど係員の人が現れて口を開いた。
「ヘイムさん、スプラネリカさん、競技の時間です」



「では両チームとも、正々堂々とした戦いを主神に誓い、握手してください」
 審判が僕らを中央に整列させる。僕の前には、ロジェス。スピカの前には、赤毛のヴァルキュリア候補生がいた。
 差し出された手に応じて、手を握る。
「この衆目のなかで、君の剣を完膚なきに叩き潰してあげるよ」
 ロジェスが僕に囁いた。
「そうならないように、全力を尽くすことにする」僕は控えめに返して、手を離す。
 スピカの方を見た。そっちは一足早く握手を済ませていたみたいで、もう離れていた。
審判がスタート地点に行くように言って、僕達は歩き出す。
「何か言われた?」聞いてみる。
「今日こそ、自分のほうが私より優秀だと、証明してみせるって」
僕とスピカはアスレチックレースの東側スタート地点に立つ。同じ構造をした二つのコースが、平行に二本。西のスタート地点には、ロジェスとその相方の姿がある。
少し視線を上げた。一級生から四級生まで多くの観客の姿があって、はやし立てている。
 僕は目を閉じて深呼吸した。
「競技を始めます」
 審判が、ホイッスルを鳴らす。
「行こう」「うん」
 短いやりとりを経て、僕らは走り出した。
 身長ほどある壁にサイドを囲われたコースをまっすぐに走る。しばらく行った先に壁は見えるものの、今は何のひねりも無い直線だ。
「……! 横からくるわ!」
 並走するスピカが言うが早いか、壁に穴が空いて、炎が噴出し始める。左右交互に噴き出すのだろうか。予想をして、それに備える。
 炎は激しく噴出するけど、それでも僕らには届かない。これで第一関門は突破だろうか。
そう思った頃、壁の前に到着した。他に道はない。登らなければならないらしい。
 注視する。一見して絶壁だが、あちこちに足場があるのが分かった。
「先に行くよ」
 僕は言って、壁を登り始める。
 ふと横を見た。今は壁がないから、向こうのコースの様子も見える。
早い。向こうはもう二人とも壁を登り終えていた。
レースと模擬戦の両方の結果を鑑みるとは言っていたけれど。
 ……やっとのことで登り終えると、そこには柱に括りつけられたロープがあった。
「スピカ、掴まって!」
 僕がロープを下ろすと、苦戦していたらしいスピカも難なく上がってくる。スピカは一瞬だけ西側コースに目を向けた。
「大分……離されてる」
「どうにか追いつかないと」
 僕は先を見る。一見、何の仕掛けもないチェス盤のような模様の足場だけど、登ってきた高さを考えれば下に何かが隠されていても可笑しくはなかった。
「とにかく、注意しながら進もう」
 僕は言って、先行する。
 一歩、何もない。二歩、
「うわっ!」
 突然、床が落ちた。僕は間一髪のところで後ろに倒れる。
「床が抜ける罠……法則はあるのかな」
スピカが言うから、僕は近くのタイルを片端から触れてみた。
「……黒は、落ちるか」
「そうだね、私もそう思う」
 タイルの黒い部分だけが落ちていった。僕はスピカと頷きあって、走り出す。
 仕掛けを探ってる間は、どうしても追いつけないけど、解き明かした後なら急ぐことができる。
 僕はロジェスたちの方を見た。コースは先で再び窪んでいるらしく、ロジェスたちの姿は見えない。相当、先を行ってるってことだろう。
「ロジェスに知恵で負けてるつもりは、ないんだけどな」
 仕掛けを解くまでは、走り出せない。それは向こうも同じはずだから、ロジェスたちは、こちらより遥かに早く仕掛けを解いていることになる。
「大丈夫だよ。今できる全力で頑張ろう」
 そう、スピカが言って、コースは下り坂になる。瞬間、後ろで大きな音がした。
「なっ!」
 巨大な岩の球だった。転がり始め、こちらに迫ってくる。
「ハガル! 敵を閉じ込めて!」
 彼女が身体を反転し、岩に向かい合った。そうして彼女が腕を払った瞬間、岩は氷柱に封じられて、床に固定される。
「……長くは保たないわ、急ぎましょう!」
 そう暑い時期ではないけど、それでもそのうち氷は溶けてしまう、と彼女は言う。
 僕は頷いて、再び走り出した。
「これで四つだっけ?」ゴールを阻む障害は全部で五つだ。
「うん、障害は……あと一つだけね」
 数メートルほど走ると、辺りに霧が立ちこめ始める。
思わず立ち止まる。これは……ルーン魔術の一種だろうか。そう思いながら、僕は歩き始める。スピカもあとをついてきた。
「ゴールはどこかな」
「霧が出ているとは言っても、競技場の中だもの。すぐそこにあるはずよ。きっとね」
 そんなやり取りをして僕らは歩くけど、ゴールにつく気配はない。ロジェスたちがそろそろゴールするのではないかと、焦りばかりを感じた。
「……決まりだよね。これが最後の関門だ」
 僕が言うと、スピカは、ええ、と頷く。
「きっと、水のラーグと、循環を示すダエグのルーンによる力ね。霧によって、私たちは進むべき道を見失い、同じ場所を繰り返し歩かされている……」
「どうすればいい?」
「私たちには対抗できるルーンは無いわ。魔力の源を断って、解呪しないと」
 刻んであるルーン本体を探せば良いってことか。僕は魔力の流れに注意しながら、辺りを探し始める。すると、霧の向こうからカサカサと、音が聞こえた。何の音だろうか。
「この音は何?」
 口にすると、彼女は僕の方を見る。
「気をつけて……囲まれているわ」
「何に?」
 スピカが剣を出して、霧の向こうを剣で指し示した。
 霧の奥。そこから、バラみたいに鋭い棘のついた蔓(つる)が、這ってきていた。
 瞬間、蔓はシャーッと地面を素早くはしる。
「くっ!」
 スピカが剣を振るい、蔓を切り落とした。だが、それが皮切りになって四方八方から蔓が伸びてくる。量も多い。
「ハガル! 四方の敵を撃って!」
 僕の剣や、彼女が飛ばす雹でも対処しきれなくなり、そして、
「きゃあっ!」
 スピカが悲鳴を上げた。蔓に足をとられ、身体を拘束される。棘がユニフォームを裂き、地面に引き倒された彼女は霧に肩を晒す。
「スピカ、大丈……っ!」
 叫んだ瞬間、僕も地面に倒されていた。
 抜け出そうとするけど、強く絡んだ蔓からは逃れられそうもない。無理だ。
 手も拘束されて、立つことすら出来ず、スピカも身動きがとれない。
 ビィィと、棘が布を裂く音が聞こえた。
「ひっ」
 スピカの怯えるような声。思わず目を向ける。
 彼女は何とか動くらしい右手で、胸元を隠している。キラリと黄色いルーンの光が見えて、彼女の胸元が露になったんだと気づいた。白い肌と膨らみに見惚れかけたけど、直ぐにハッとして考えなおす。
 このまま待っていれば、そのうち競技終了になって誰かが助けに来てくれるだろう。
 だけど……と、僕は胸を押さえてじっと目を閉じているスピカを見た。
 僕にも何か、何か、できることはないだろうか。
「痛っ」
 蔓が、僕の胸の辺りを掠める。ポケットが破れて、選抜会の資料が宙を舞った。
 資料の裏には、オッテの書いたシゲルのルーンが書かれている。
 これが本当のルーンだったら、僕が思った瞬間のことだ。
紙は激しく燃え上がり、一瞬で僕らを拘束する蔓だけを焼き払っていた。
 僕は一瞬だけ呆気にとられるけど、すぐに立ち上がる。もちろん驚きもあった。でも今は、助かったって気持ちの方が大きかった。
僕はスピカに駆け寄り、上着を脱いで彼女にかけてあげる。
「もう大丈夫」
 スピカが目を開けた。僕の指差す先にあるシゲルのルーン、燃え盛る炎の珠を見る。
「……霧を晴らす光、夜の終わりを告げる復活のルーン……」
 彼女は呆然とつぶやいた。
 それと同時に炎の珠は激しく燃え上がり、霧が晴れていく。
 ホイッスルが鳴り響く。顔をあげると、そこはちょうどゴール地点となっていた。僕が応援席を見渡すと、最前列に陣取っていたオッテと目が合う。
彼はウィンクして、貸し一だぜ、なんて伝えようとしているような気がした。
読めない奴……。僕は落ちていた剣を拾って一振りしてから、鞘に収める。
「これでアスレチックレースは終了です。小休止をはさんで、模擬戦を行います」
 審判が近づいてきて言った。ということは、やっぱりロジェスたちは僕らより早くゴールしたんだろうか。
黙る僕と、下を向いたままのスピカを、係員の人が誘導する。その先は、模擬戦場のはずで、すでにロジェスたちが待っているはずだ。
僕は隣でうつむいている彼女をつっついた。
「スピカ」小声で呼ぶ。
「なんだか、ごめんね」彼女は答えた。
「なんで謝るの?」
「肝心なときに役に立てなかった」
「僕も役に立たなかったよ。あれは友達が書いたルーンだし」
 僕もびっくりしているけど。
「とにかく、まだ反省するような時間じゃないよ」僕は言う。
 自分に言い聞かせているような気もする。むしろ本番はここからだって。
 スピカは僕を見て、微笑んだ。
「ありがとう、ヘイム。頼りになるね」
 照れてしまって、僕は少し小走りになって模擬戦場のサークルの中に入った。
「おやおや、既に傷だらけじゃないか。そんなので俺と戦うのか?」
 二メートル。たったそれだけの間隔をおいて、ロジェスが立っていた。
彼は訓練用のユニフォームにも、肌にも、一切傷をおっていない。それに、その後ろに立った赤毛の少女も同じく少しも怪我なんてなかった。
僕は不意に、私も……実力がある人だとは思ってる、というスピカの言葉を思い出した。
「このくらい、関係ない」
 それでも僕は強がってみせる。僕もスピカも、全快とは言い難い状態だったけど。
「では、模擬戦を始めてください」
 審判が口にし、ホイッスルが高らかと鳴り響くと同時、僕は右手で剣の柄に手を掛けたまま突撃した。
「くっ」
 ロジェスの慌てるような声がする。そのはずだ。ロジェスはまだ剣を抜いていない。
 理由は簡単だ。ロジェスが、僕より剣を抜くのが早い自信があったからだ。
 僕はそのまま右肩からぶつかる。ロジェスは体勢を崩して、完全なノーガードだ。
 剣を抜いた。左から横薙ぎにする。足に踏ん張りをきかせ、腰の回転から鋭くロジェスのわき腹を狙った。
「ヘイム!」
 しかし、スピカの声を聞いた次の瞬間、吹き飛ばされていたのは、僕の方だった。
 なんとかバランスをとって、転倒を防ぐ。腕を見ると、なんとユニフォームのアンダーウェアが燻っていた。顔を上げる。
「どうだ、彼女の炎のルーン、ケンの味は」
 体勢を立て直し得意げに語るロジェス。その後ろで赤い魔術の光を纏う少女の姿もある。
 ケン。〝く〟の字のようなルーン文字が示すのは、炎や灯りといった意味だ。その力を使って僕を熱風で退けたんだろう。
「この力にはね、スプリネリカの、ハガルのルーンを抑制する効果もあるのさ」
 ロジェスが言いながら、上段から剣を振り下ろしてくる。僕はそれを何とか剣の腹で受けるけど、激しく剣がぶつかり合って手が痺れるのを感じた。
「炎は氷を溶かし、新たなる可能性となる……氷はそのための要素でしかない」
 そのまま僕を叩き潰そうとするロジェス。
 それを押し返そうと必死に力をこめる僕。
 僕はちらりと後ろを向き、スピカに合図を送った。彼女のルーンが三十センチほどもある氷片を作り出し、ロジェスに飛ばす。
 だがその攻撃も、奴の言う通り、まったく意味を成さなかった。
 ロジェスに当たる前に、その全てが溶けていってしまう。もはやスピカからの助けは期待できなかった。
 もう、自分でやるしかない。僕は渾身の力で剣を押しのけ、後退する。
「ふふん。距離をとってみたところで、君に何かができるわけでもない」
 僕は黙ったまま、手汗を拭って剣を握りなおした。
 例えそうだとしても、やってみるしかない。
 僕は、スピカに顔を向けた。スピカは、自分のルーンが届かないことを悔しく思っているだろう。僕も、だ。
 僕もまた、自分の力不足を痛感している。
「余所見をしている暇はないぞ!」
 ロジェスが剣を肩に担ぐような構えで、迫ってくる。
 僕はそれに合わせて剣を振り上げた。ロジェスの右肩から放たれる斬撃は、右からの薙ぎ払いだと限定されている。脇を締め、そこに合わせて剣を叩きつけるようにする。
 けど、そこで頬にちりちりと熱を感じた。
「くそっ」
 体を後ろに反らせる。さっきまで僕がいた場所に大きな火柱が立っていた。
「まだだぞ、ヘイム!」
 ロジェスが、剣が、僕の胸に迫っていた。
 なんとかガードするけど、崩れた体勢では踏ん張りが利かなくて僕は倒れてしまう。
 地面に背を打ちつけ、肺のなかの空気が押し出されるのを感じた。
「これで終わりだ!」
 仰向けに倒れた僕を跨ぐようにして、ロジェスが剣を振り下ろそうとする。
 ここまでなのか……諦めかけたその時、

「勝ちを確信した瞬間、きっと相手は隙をつくるわ」

 剣の練習をしていた時に言ったスピカの言葉が、僕の脳裏に響いた。
 僕は、とっさ左手でロジェスの足を払った。
「なにっ?」
 そいつは慌てて半歩後退する。
 僕はその間に立ち上がり、剣を構えた。右から、上に掬い上げるような型だ。

「その隙をつくことができれば、反撃は必ず成功する」

 ロジェスが慌てて僕の剣に応じ、互いの剣が衝突する。
 だけどそれは一瞬だ。
 僕は、この瞬間だけは負けない。腕を跳ね上げ、ロジェスの剣を弾く。
 なぜならこれは、防御と攻撃を兼ね備えたヴァルキュリアの剣術だからだ。スピカと練習した二週間で完成させた、必殺剣が決まる。
 ロジェスの手から剣が離れ、宙を舞って後ろに刺さった。
 赤毛の少女が見えた。突然の状況の変化に反応し切れていないみたいだった。
 息を止める。
 彼女がルーンを使うより先に、勝負を決める!
「うおおおおおっ!」
 跳ね上げた腕を引き戻し、剣を上段から振り下ろした。
 もう、ロジェスの回避も、炎のルーンでさえも間に合わない。
首元に、鋭く剣を突きつける。
「そこまで!」
ホイッスルが鳴り響いた。わぁっと会場が沸き、拍手や歓声が巻き起こる。
僕の、いや……
「僕とスピカの、勝ちだ!」
 気づけば、僕は思いっきり叫んでいた。
「ヘイム!」
 嬉しそうな声に、僕は振り向いた。
スピカが胸に飛び込んできて、腕を背に回してくる。
「よかった……勝ててよかった」
「うん」僕は返し、人目も気にせず抱きしめ合っていた。

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by yamaomaya | 2012-02-11 15:15 | 小説

北欧剣譚ヘイムダル1.1-凶意の少女-

【1】

 その瞬間、手に痺れがきたかと思うと、僕は剣を手放してしまっていた。
「くっ!」
 すぐに手を伸ばして落ちた剣を拾おうとするけど、僕の首に、剣が突きつけられる。
もちろん、それは訓練用の剣だから刃はつぶされてはいるけど、僕は冷たい汗が背を伝うのを感じた。手を止めて顔を上げる。
「くくくっ、お前みたいなのが俺と同じ等級にいるとは、まったく度し難いよ」
 剣を突きつけてきているのは、僕とそう歳の変わらない少年だ。訓練用のユニフォームに身を包んでいて、エリート臭がする高慢そうな顔には笑みが張り付いている。
「へっ、やっちまえよ、ロジェス」
「ロジェス! ロジェス!」
 辺りには同じように訓練用の服に身に包んだ生徒たちがいる。そいつらは、僕に剣を突きつけて得意げな顔をしているロジェスの名を繰り返しコールし始めた。その様は、少し前に授業で見た、下界の剣闘士をはやし立てる観客の様子にそっくりだった。
「さてと、そういう展開が望まれているようだから、優秀な俺としては期待に答えないわけにはいかないな!」
 そいつが剣を空に掲げると、わっと周りの奴らが歓声を上げた。九十センチの刀身が天を突く。典型的なロングソードだ。あれで叩かれたって、痛いに決まっている。
 僕は思わず目を瞑った。
だけど、いつまで経っても痛みはこなかった。
「何のつもりかな、スプラネリカ」
 苛立ったようなロジェスの声が聞こえた。僕は恐る恐る目をひらく。
「何のつもりって……あなたこそどういうつもりなの?」
 僕を守るように、一人の女の子が立っていた。背を向けていて顔は見えないけれど、少女の髪は綺麗なアッシュグレーで、真上にある太陽の光をキラキラと返している。
「貴方が、戦意を失った者に対して不当な攻撃を与えるというのなら、主神の名を汚すものとして許さない」
 少女は強い口調でロジェスに言う。それと同時、どこかから鐘が鳴り響いた。
「ちっ、……訓練時間も終わりだ。続きはまた今度だ、ヘイム」
 ロジェスは言い残して、去っていく。周りの奴らも、ぞろぞろと訓練場を後にした。
「……ヘイムって言うの?」
 少女が言いながら振り向いた。そして、まだ芝生に腰を落としている僕に笑いかける。サイドに流した前髪を手で押さえ、少し腰をかがめて僕を見つめた。水辺の精霊のように整った顔立ちで、笑みには清楚な雰囲気があった。
「良い名前だね」
 四方を赤レンガで囲まれた訓練場に、少女の声が響く。白い制服を着た彼女は、おそらくヴァルキュリア候補生なのだろう。
訓練校ヒミンビョルグには、神兵であるヴァルキュリアの候補生と、世界をつなぐ橋ビフレストからの敵襲を知らせる衛兵の候補生がいる。ヒミンビョルグの女子は前者、男子は後者にあてはまるから、目の前の少女が教官でない限りは、ヴァルキュリア候補生ということになるのだ。
「ありがとう。みんなには、よく名前負けしてるって言われるけどね」
 僕の名前であるヘイムは、ビフレスト衛兵長の役職名であるヘイムダルから来ているのだ。さっきみたいにロジェスに好き勝手いわれたりするのは、その影響でもある。
「そう。まあ、私も授業があるし、いつも助けられるわけではないから」
 少女は言って、そばに落ちた僕の剣を拾う。それを綺麗に一回転させると、柄の方を差し出してきた。
「貴方もギャラルホルンを目指してるなら、あんな人たちに負けないようにね」
 少女は笑って、歩み去っていく。指定の白いミニスカートが揺れるのを僕は黙って見送っていた。
「ヘイム……」
 不意に後ろの方から声がかかる。振り向くと、そこには僕の悪友であるオッテがいた。訓練用の剣が入っている木箱から首だけ出している。
「訓練の途中から姿を見なくなったと思ったら、そんなところにいたの?」
 呆れた危機回避能力だった。
「もう、いないよな」
 その問いに頷くと、オッテは剣箱から出てきた。そして僕に近づいてくる。凄い勢いで。
「それよりよ、お前、なに? スプラネリカさんと知り合いなの?」
「いや違うけど。どうかした?」
「違うのか、まあ……そうだよな。あのスプラネリカさんだし」
 オッテは勝手に納得すると、先に訓練場を出ようとする。僕はその背を追いかけた。
「待て、待て、そのスプラネリカさんってどういう奴なんだ?」
「どういう奴って。お前が思った通りの人だと思うよ。ヴァルキュリア候補生で、準一級。弱い者いじめを許さなくて、あの高慢なロジェスお坊ちゃんでさえ退ける優秀な女子さ」
 オッテの隣に並ぶと、彼は僕を見た。
「容姿端麗だし、それでもってルーン魔術の使い手だって言うんだもんな」
「なるほどね。そんな人に助けてもらえたなんて光栄だよ」
 僕が言うと、オッテはずいっと顔を近づけてきた。
「そうだよ。羨ましいぜ。ヒミンビョルグの女神ってやつだぜ、隠れなきゃ良かった」
 ……ずっと隠れてろよ。
 僕はそう言いたかったけど、口にはしないことにした。スプラネリカさん、か……僕は積極的に人と関わらない方だったから、学校の有名人とかには詳しくなかったんだけど。
「確かに、人気があるのも分かるかな」
 オッテに聞こえないくらい小さく呟いてみる。



 神々の世界に聳(そび)え立つ訓練校ヒミンビョルグ。そこは、主神に仕える神兵ヴァルキュリアを志す少女と、虹の橋ビフレストを見張る衛兵を目指す少年が集まる場所だ。そこで僕らは武術の訓練や、座学など、様々な勉強をしている。
 そうして、特に男子は、ヘイムダルを目指す。衛兵長の証であるギャラルホルンを、主神から受け取って、限りない栄誉を与えられるために。
 スプラネリカさんにあった日の夜。僕は学校の近くにある丘で、月を見ていた。
 ヒミンビョルグはそれなりに辺境だから、中央から来ている人たちは毎日毎日、移動が大変そうだけれど、僕は寮生なのでその点の心配はない。多少夜更かししても平気だ。
「さて、いつも通り練習しますか」
 手にしていた杖で地面をつく。毎日……とは言えないけど、僕は定期的にルーンの練習をしている。母が魔女だからなのか、生まれつきただ一つだけ、ルーンの力を持っている。
 ウィン。喜びの意味をもつルーンだ。光が瞬き、地面に黄色い図形が現れる。
尖った〝P〟のように見えるその図形が、ウィンを示すルーンだ。
「ヘイム?」
「!」
 突然声をかけられて、僕は振り向いた。集中力が途切れ、ルーンが消える。
 夜の闇。月の光のしたに、微かに少女の姿が見える。藍色のロングのワンピースに、白いカーディガンを羽織っていた。近づいてきて、姿が見えるようになる。
アッシュグレーの髪。
「もしかして……スプラネリカさん?」
 僕が言うと、彼女は笑う。
「うん。ヘイムって、ルーンが使えたんだ」
 彼女は感心したように言うけど、僕は首を振る。
「そのお陰でこの級にいるようなものなんだけどね」
 年二回ある審査で一定のランクを得なくては、等級が上がらない。それは何年在籍していようが、等級が上げられない奴は神兵や衛兵になれないってことだ。
 僕は、あの気障で高慢なロジェスに勝てないほど弱いけど、ルーンを持つという点を買われて、なんとかこの等級にいる。準一級。一級になれば、採用試験だ。
「そっか。ヘイムのルーンは、どんなことができるの?」
 そう聞かれて、スプラネリカさんがルーン魔術の使い手だということを思い出した。
「ウィン。攻撃にも防御にもならない、よく分からないルーンだよ」
「喜びか……綺麗なルーンだね」
 彼女にそう言われて、僕は肩をすくめる。それは、綺麗か綺麗でないかと言われれば綺麗だけれど。それはルーン魔術全般に言えることだ。
「スプラネリカさんは?」
 聞いてみる。
「ハガル」彼女は答える。
「雹(ひょう)――。凶意のルーンだよ」
 その声色は少しだけ沈んでいるようにも思えた。
凶意。まあ、彼女にあったばかりの僕が思うのも難だけれど、スプラネリカさんには合わないルーンかなと、少しだけ思った。昼間、僕を守ってくれた彼女の背中には、凶意のルーンが宿っているとは思えなかったのだ。
「雹、か。やっぱり、飛ばして使ったりするの?」
「……必要に迫られればね。破壊することに関しては、私のルーンは少し強すぎるから」
 手軽には使えないってことだろうか。
「それより、ヘイムっていつもルーンの練習してるの?」
 スプラネリカさんが顔を空に向けて、僕に聞いてくる。僕も空を見た。
「いつもじゃないけど、それなりにね」
 ルーンを買われている。となれば、多少はルーンを練習しておくのが筋だろうから。
「どんなに発生速度を高めても、効果範囲を広げてもみても、結局、僕のルーンには喜びの力しかないけど」
 人の心を癒し、つかの間、健やかな気を与えるだけのルーン魔術だ。
「……じゃあ、私も一緒に練習していいかな」
 彼女は、僕の顔を伺うようにして言う。
 その言葉で、僕は呆気にとられる。一瞬、言葉を失くしてしまった。
 スプラネリカさんが何を考えてるかは知らないけど、女の子から「一緒に練習しよう」なんて言われるようなことがあるとは思わなかった。
 訓練だけに一生懸命になってきた。友達という友達はオッテだけだ。そんな僕が。
夜風に、少しだけ森の匂いを感じた。スプラネリカさんは首を傾げる。
「だめ?」
「だめじゃないけど」
 きっと一緒にやる意味なんて無い。思ったけど、僕は言葉を続けることができなかった。
「ありがとう、ヘイム」
 彼女が笑っていたから。
 なんで笑うの? なんで嬉しそうなの?
 なんで、僕は……彼女の笑顔を見て安心しているんだろう。
「スプラネリカさんは、」
僕が聞こうとすると、彼女が僕に人差し指を立ててみせる。
「スピカって呼んで。親しい人は、そうやって呼んでいるから」
 急に気恥ずかしく感じて、僕は少し迷ってから喉から出かけた疑問を引っ込めた。


【2】

 燃えている。
 ビフレストとは離れたとある森のなかだ。そこには一軒だけ、古びた小屋があった。
 僕は燃え盛る森と、小屋を見下ろしている。
またこの夢か。度々この夢を見る。宿命を司るウルド神の嫌がらせかもしれない。いや、会ったこともない女神様のせいにしてみても、この夢が消えるわけはない。
 僕がこの夢を見るのは、僕が過去に囚われている証拠なんだ。
 燃えている。赤々と、明け明けと。
 夜の帳を燃やし尽くすように、僕の幼少期が、そこで焼却していた。
 母は魔女だった。優秀な魔女だ。ルーン魔術に長け、調薬を得意とし、自分なりの正義を掲げていた。父はヘイムダルだった。巨人族との戦いで、僕が生まれる前に死んだらしく、絵画でしか見たことが無いけれど。
 母と僕は、森のなかで静かに暮らしていた。
 だけど、母は悪い魔女に目をつけられてしまった。そいつは、母の能力を妬み、その正義を疎ましく思ったらしい。そして――母は謀殺された。
母の作った薬を、悪い魔女が毒とすり替えてしまった。
たくさんの人が亡くなって、それは全部、母のせいになった。被害を受けた人たちは、結託して、母と僕の家を……〝悪の魔女の家〟として燃やしてしまった。
 家のなかにいた僕は、そのまま焼き殺されるところだった。助けてくれたのは母だ。
 小屋は炎につつまれて、屋根を落とす。その中から、火だるまになった女性が現れた。
「こんなもの、見せるな!」
 僕は叫んだ。けれど無駄だ。どんなに叫んでも、ベッドの上の僕は目を覚ませない。
 僕は、この過去に囚われている。どんなに明るく振舞ってみても、必死に訓練してみても、結局は、動けない。
 女性は小屋から出て、炎の届かないところまで、覚束ない足取りで進んでいく。
 腕には、黒く焦げた毛布の塊。薄緑の光を放つそれは、エオローとベオークの魔術がかかっていた。つまり、守護と再生のルーンだ。
 僕は、その毛布の中にいたらしい。後で聞いた話だが。
「やめてくれ、誰か、僕を起こしてくれ……」
 火だるまの女性が、僕に迫ってくる。助けてくれと懇願する。熱い。炎が僕を焦がす。
悶えるような声。苦しげにさ迷う指。だけど、僕には触れられない。
 助けられない。
助けられないんだ。僕は、無力だから。



「大丈夫か、お前。大分うなされてたぞ」
オッテの心配そうな顔が目の前にあった。少し頬が痛いのは、彼が叩いて起こそうとしたからだろうか。
「大丈夫だよ。時間は?」
「さっさと準備すれば間に合うだろ」
オッテは深くは追求しない。ルームメイトである彼は、僕がうなされているのを幾度となく見ているというのに。
確かに僕は楽だ。無駄な過去を明かさずに済む。だけど、彼はどう思ってるだろうか。
 僕は身支度を整えて、寮を出た。
 今日の朝礼は確か、重要な告知があると言っていたはずだ。僕とオッテが講堂に入り列に加わると、ちょうど朝礼が始まるところだった。
 訓練校の教官長が台にあがり、僕らを見渡す。生徒たちが微かにざわめくのを、教官長は視線だけで黙らせる。初老ながら覇気は現役に劣らず、過去にはヘイムダルを拝命していたこともあったらしい。
「未来の神兵を目指す淑女諸君、未来の衛兵を目指す紳士諸君。日々を訓練とし、訓練を糧とし、常に切磋琢磨している訓練生諸君。今日は、一つ、重大な発表がある」
 そういって、教官長は表情を厳しくする。
「先日ヘイムダルより、巨人族の挙兵の兆しを察知したという報が入ったのは……既に知っているものと思う。その規模たるや幾千を超すともつかない」
 講堂がしんと静まり返る。普段は多少の雑談はあるけれど、今回の件にいたっては、みな沈黙を守るばかりだった。
「もし、今回の巨人族の襲撃によって中央への侵攻を許すことがあれば、それは、神の落日――ラグナロクと直結するものとみて間違いないだろう。主神オーディンが、巨人族の師団程度に遅れをとるとは到底考え得ないことだが、決して覆せないものの数というものがあることは、指揮官訓練をしている準一級以上の者には既知の通りである」
 戦争でも始まるような雰囲気を醸す教官長に、暖かな日差しも冷たく感じる。
「例年通り、あと一月で、一級生の採用試験会が実施されるが、今回は戦力の増強を第一として特別に、高い能力を持つ準一級生からも選抜を行う」
 ざわめく。
 突然の告知にざわめくのは、主に対象となる準一級生だ。僕の後ろで、オッテも意味のない呻き声をもらしている。
 僕は首を動かして、女子の列の方を見た。スピカも準一級だったはずだ。彼女は、今回の決定についてどう思っただろうか。だけど、前の方にそれらしいアッシュグレーが見えただけで、表情を見ることはできなかった。
「静粛に。選抜試験は二週間後だ。それを通過した者だけが、採用試験会へと参加することになる。内容は、この後で配布する資料を参照するように。選抜会への参加は自由だが、諸君らの積極的な参加を期待する。……以上だ。朝礼を終わる」
 教官が資料を配り始める。その様子を見下ろしてから、教官長は台を降りていった。
「おい、すごいことになったな。ヘイム」
「そうだね」
 僕はいち早く講堂を後にする。もちろん資料なんてもらってない。
「なんだよ、なんだよ。他人事みたいに、あ、そこ、余ってるならこっちに二部くれよ」
 後ろでそんなやり取りがあってから、オッテが慌てて追いかけてきた。
「ほれ、もっとけって」
「いらないよ。もともと僕には、準一級すら大げさなくらいだし」
 そういうのはね、悔しいけれど、まだロジェスの方が適役なの。
 実力もそうだけど。
なにより、僕みたいな過去にばかり囚われた奴には、そういうのは似合わない。
「もちろんオッテにもね」
「なっ! そりゃあ、そうかも知れないけどなぁ、ったく」
 ぶつくさ言いながら、オッテは持っていた資料を二部ともポケットに突っ込んだ。
「ま、必要になったら言えよ。持っててやるから」
 せいぜい入れたまま洗濯班に出さないように気をつけてくれ。
 僕は心のなかで少しだけ笑った。今日は武術訓練はない。だから、ロジェスが変に絡んでくることもない。

 その夜、僕がいつもの丘に行くと、そこにはすでにスピカの姿あった。
 昨日みたいな格好ではなく、彼女は制服姿のままだった。僕の姿を見つけ、微笑みかけてくる。足元にルーンを展開させたままで、「こんばんは」なんて、普通に挨拶してきた。
 僕は彼女の集中を乱さないように会釈だけ返して、その様子を見る。
 彼女はライトブルーの光を散らしながら、周囲に氷のつぶてを浮かべている。逆巻く魔力の色は、スピカの髪の色とあっていて、とても綺麗だ。
 彼女がゆっくりと手をかざすと、氷の欠片は前に整列する。スピカが手を下ろす。一瞬。キュンッと金属を掻くような音とともに、つぶては飛びだしていた。
「すごいな」
 情けないことに、僕はそうとしか言えなかった。
 だけど、僕のルーンを考えたら、スピカのそれは凄いとしか言い様がない。
「ありがと。これがね、私のルーンの一番簡単な使い方」
 それは、ハガルそのものといって差し支えない魔術だった。
「……スピカは、選考会に出る?」
 そういえば、と思い、聞いてみる。学校の誰からも認められている優等生である彼女はきっと、出るつもりなのだろうと思う。
「多分」
 彼女は、ぼかすように、そう答える。
「私、ロジェスに誘われてるの」
 僕はその名前を聞いて、少し頭がくらっとした。
ロジェスが、スピカを? そう考えると、なぜか気分が悪くなる。
「神兵候補生と衛兵候補生、二人一組でエントリーしないといけないから」
「ロジェスではスピカとつり合わないよ」
 そんな言葉が口をついて出てしまうけど、スピカは困ったように笑うだけだ。
「そう思わない人もいる。私も……実力がある人だとは思ってる」
 彼女は言った。ショックだった。脳裏に、僕に剣を突きつけて高笑いするロジェスが浮かんだ。無意識に頭を振る。横に、強く。
「あいつと組むべきじゃない。あいつは、フェアじゃない奴だ」
 珍しく、感情的になってるのを自覚した。ロジェスに馬鹿にされたって動じないのに。
「だからといって、断れないんだよ。ロジェスは、力をもつ家の息子だから」「……」
 彼女はその場に座った。ぺたり、と。これまで僕に見せてきた毅然とした態度とか、次の動作を考えられたような、訓練された動きではない。
 不意に歳相応の女の子みたいに見えて、そこには本当の〝スピカ〟がいるように思えた。
「ねえ――」
彼女は上目遣いに僕を見た。ドクンと心臓が跳ねる。
 夜中の、ひとけのない丘。当たり前だけど、僕とスピカは二人きりだ。そんなことを今さら痛感する。それで、凄く動揺した。
「一緒に選考会に出てほしいの。……そうしたら、ロジェスと組まなくて済む」
 スピカは言って、僕の手を引いた。
 僕は、彼女となりに座る。丘に茂る、背の低い若草たちが柔らかかった。
「……僕は、僕は無力だ。一緒に出たって、君を採用試験まで連れて行けない。だから」
 そう言って、僕は断ろうと思った。
「それでいいよ」
 握られたままになった手を、スピカはぎゅっと握って言った。
「それでもいいの」
 彼女を見る。僕は彼女が正気とは思えなかったけど、そこまで言われてしまったら、僕に断ることなど出来なかった。多分、僕はスピカが好きになりかけてて、できれば役に立ちたいと思っていたんだろうから。

 翌日、僕とスピカは午前中のうちに選抜会への参加を届け出た。これでスピカがロジェスと組まれることはなくなって、あとは選抜会に全力を尽くすだけだ。
 スピカには悪いけど、全力を尽くしたって採用試験会まで上がることはないと思う。
 けれど、スピカに恥をかかせない程度にはしないといけない。僕はそう決心する。
「よっ、ヘイム! 聞いたぜ! 興味ないね、と言いながら、結局やるんじゃん!」
 午後の講義がある教室に入ると、オッテに抱きつかれる。
「やめろ……暑苦しい」
「しかも、コンビの相手はヒミンビョルグの女神だと? 俺のシゲルで焼死しろ!」
 オッテは紙に黒炭で書かれたルーンを僕の胸に押し付けた。
シゲルは太陽の力を示すルーンだけど、ルーンの素養がない者がそんな符を使ったところで効果は発揮されないから、その紙は燃え出すこともない。
 その紙を手に取ると、それは選抜会の資料だった。僕のためにとっておく、とか言っていたやつなんだろう。ありがたく受け取ることにした。
「選抜方法は、アスレチックレースと、衛兵同士の模擬戦……か」
 呟くと、オッテは僕の肩に頭を乗せて補足を入れる。
「アスレチックレースは、個別能力と指揮適性。模擬戦は、総合的な白兵戦力及び、連携を見る……だとさ」
「待て、衛兵同士の模擬戦なのに、連携?」
オッテの言葉に、僕は疑問を得る。
「そうさ!」
 それと同時に、一番会いたくない奴の声。
「知らないのか、ヘイム。基本的には衛兵同士の勝負だが、コンビのヴァルキュリアがルーン魔術を使えるならば、それによる援護を得ることができるのさ」
 ロジェスだ。僕は嫌な気分を隠せずに、多分、そのまま顔に出している。
 だが、嫌な気分だったのは彼も同じだったらしい。
「ふん、どうやって君がスプラネリカに取り入ったのかは知らないが……せいぜいその頼りない剣を、優秀な相方に、補ってもらうといい」
 優秀な相方に、というくだりを強調して、ロジェスは嫌味ったらしく言ってみせた。
「……」
 何も言い返せない。確かに僕の剣は、強くないから。
 黙っている僕に気が削がれたのか、ロジェスはさっさと席へと歩き出した。
「そうそう。これは噂話なんだが、俺の初戦の相手は、どうやら君らしいよ、ヘイム」
 楽しみだね。なんて彼は言ったから、僕は悔しくなって少しだけ拳を握った。
「あーあ、相変わらずムカつく奴だな」
 オッテはそう言うけど……多分、聞こえてるぞ。

 正直、ロジェスが相手だというだけでやる気が殺がれているのは確かだけど。でももうエントリーしているわけだから、逃げも隠れもできない。
 僕はそんなことを思いながら、またいつもの丘にやってきていた。スピカはまだいないいみたいだ。辺りを見回して誰もいないことを確認して、僕は剣を出す。
「――ふっ」
 振る。強く、鋭く、虚空を斬る。ロジェスとの一騎打ち、か。
 それはもちろん、スピカの援護があるなら厳密には単騎ではない。心強いけど。
「こんばんは、ヘイム」
 スピカが現れる。僕は一度剣を下ろして、やあ、と手を上げた。
「選抜会のトーナメント表、出てた。初戦の相手は、ロジェスだったね」
「うん」僕は何も言えなくなって、そう、短く答えることしかできない。
 もし彼女に勝算を問われれば、僕はきっと、ここで彼女を落胆させることしか出来ないだろうから、僕では彼女の期待に添えない。
 僕は誤魔化すように、剣を振ってみせた。
「勝てるといいね」彼女は言って、
「負けると思う」僕は答えた。
「ね、ヘイム」
 スピカは、僕の剣を持つ手を押さえて、正面から向き合う。
「ヘイムは、そんなに悲観するほど弱いの?」
「少なくとも、ロジェスより弱いよ」
 彼女の問いに、無力な僕は、少しだけ泣きたくなる。
「それにきっと、スピカよりも大分、弱い」
 僕が言うと、彼女は少し驚いたような顔をして、すぐに慌てたように返す。
「神兵と衛兵の剣は違うから、そういうのは一概には言えないよ」
 けれどそれが、彼女なりの気遣いなのは明らかだった。少なくとも僕はそう思った。
「敵を倒す力である神兵の剣術の方が、衛兵の剣術より突破力があるっていうもの」
 彼女はそういって、自分の言葉に一人で勝手に相槌をうった。
「ヘイム。今から二週間で、神兵の剣技を一つだけ教えてあげる」
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by yamaomaya | 2012-02-11 15:11 | 小説

旅行

後の思い出にという事で2月末あたりは家族で旅行に行きます。
なので22日あたりからは博多にいないと思います。
悪しからず|`▽´*|
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by yamaomaya | 2012-02-09 23:32 | お知らせ