喜:)怒:(哀:(楽:)

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//北欧剣譚ヘイムダル ■1.1 ■1.2 ■2.1 ■2.2 ■3.1 ■3.2

北欧剣譚ヘイムダル3.2-最強の証明-

【4】

「いたぞ、その店の向こうじゃ」
 腰に差したユリスがそう囁く。暗闇に目を凝らした。その先にいるものを見定めようとするが、遠すぎるのもあってよく見えない。
「ヘイム。早く出ないと、行っちゃうかもだよ」
「そうそう。これで逃げられたら何のために鍛えたのかって」
 スピカとリンレットに急かされ、僕は物陰から出た。
「来た……か」
 裏通りに声が反響する。そうして、女剣士は姿を見せた。
 建物の陰に隠れていたようで、一歩こちらに踏み出すだけで姿ははっきりと見えるようになった。
 目に飛び込んでくるのは、オッテから聞いた通りの、彼女の身の丈にも及ぶ大剣。これも、魔剣の類だろうか。そうでもなければ、女剣士に扱いきれるとは思えない。
 それほど、彼女は小柄だった。女子としては普通だと思うけど、だからこそ大剣に細工や能力の類があると見るのは当然だ。
「……」
 僕も剣を抜く。
 彼女は、構えも取らずに堂々と立っていた。
 気負いのない立ち姿だ。ミニスカートから伸びた長い足を肩幅よりわずかに広く開いている。アーマーをつけているとは思えないスリムなシルエット。ニーブーツと同じ黒染めのタイトなコートに身を包み、胸元は開かれている。
「さあ、やるんでしょ?」
 挑発ともとれる言葉。闇に溶けるような黒髪のショートカット、目元を隠す白い仮面の下、薄く紅の引かれた唇が微笑を浮かべた。
「ああ」
「緊張しすぎるな。戦いは、自分のペースを守った方が勝つのじゃ」
 ユリスの助言を噛みしめて、剣を走らせる。逆袈裟の軌道を描く突進剣技だ。僕の剣にあるのは、僕自身の闘志、スピカの教えてくれた技術、ユリスが貸してくれる風の力だ。それらを自在に操って戦うのが、僕のペース。
 剣士が、応じるように身体を捻る。跳ね上がる大剣。
 正確なガードが僕の剣を阻んだ。時鐘を叩いたような重い手応えに、たまらずバックステップを踏む。体勢を整えるために。
「っ!?」
 だが、そのステップは逆に、相手に付け入る隙を与えるだけだった。
 早々の決着を予感し、高く振り上げられた大剣が、僕の視線の先で月を割る。その一撃を、さらに大きく一歩、バックステップして逃れる。
 僕が直前まで立っていた場所に、剣がつきたつ。石畳が砕かれ、飛散した。
「左へ!」
 脳裏にユリス・ブリスの声が響いた。
 その瞬間、何も考えずに、僕は左へと身体を捻る。耳元を擦過していく大剣。突き立った剣を、彼女の鉄底のブーツが蹴りあげたのだ。
 火花と、岩砕と。まくれ上がったスカートから目を逸らし、僕は体勢を立て直してガラ空きの側面に一閃を走らせた。
「すごい、いい勘してる!」
 嬉しそうに笑う少女。
 だが、避けられたのはユリスが狙いに気付いて警告してくれたからで、武器が妖精剣でなければ勝負は決まっていただろう。冷や汗が噴き出た。
 彼女の返しの一撃と、かち合う。歯を食いしばり、一撃を辛うじて受けきる。
 だが、その一瞬後。僕は、大剣が高速で閃き、さながらレイピアの如く繰り出されるのを発見した。間に合わない!
「くっ、そぉお!」
 そう判断するや否や、瞬時に風の力を引き出す。
 風の加護に後押しされて、こちらも連続攻撃で打って出た。ユリスの刀身が、女剣士の大剣と幾度なく衝突し、闇に花を咲かせ続ける。
 どちらが先に音を上げるか、どちらが先にガードを抜けるか、どちらが先に腕を痛めるか、どちらの剣が先に折れてしまうのか。そういう勝負だった。
 風の力と、ユリスの硬さにまかせて剣を振る僕と、自分の体力と体術で剣を振っている可能性のある剣士。どちらが有利とは決めきれないが……
「本気になれる、君となら、どんな高みにでも昇れる気がする!」
 小さな汗の雫を飛ばして笑う彼女の姿に、デジャヴを感じた気がした。
「きみは……」
 呟く。
 その瞬間、爆音と強い光が路地を貫いた。
 街を揺らす轟音。
 目を潰す閃光。
「なっ!?」
「えっ!?」
 驚きに少女の動きが止まる。だけど、僕の剣は止められない……!
 集中が途切れ、無くなりそうになる風の加護を総動員して、僕は剣を無理やり押しとどめようとした。必死の制動。身体が、何かにぶつかる。
 そして何も見えなくなる。
 光が消えて、路地裏は薄ぼんやりとした暗さに戻った。目が焼けてしまったのだろう。何も見えない。僕は自分の身体が倒れていることに気付いた。
 何か柔らかいものの上に倒れているらしい。腕を立て、立ち上がろうと試みる。柔らかい感触を押し、立ち上がろうとする。
「あっん、だめ……動かないで……」
 下から声がした。
「私もそうだし、見えてないんだよね? 目が慣れるまでは、ダメ」
 とてつもなく嫌な予感はしたが、僕は手を戻して目が慣れるのを待つ。やがてじんわりと暗闇に目が慣れると、そこには予想通り、女剣士の姿があった。
 先ほどの柔らかい感触が何だったのかを考えるのも恐ろしくなる。
「ご、ごめん!」
 謝り、立ち退こうとするが、僕はそこで動きを止めてしまう。
 仕方なかった。驚愕に値した。
「やっぱり、きみは……」
 そう口にすると、彼女は目元に手を当てる。だけどそこに、人相を覆い隠す白い仮面はない。僕が押し倒した時に外れたのか、彼女の顔の左隣りに落ちていた。
「あ、これは、違う。違うの」
「何が違うんだ、きみは……誰なんだ」
 そこにいたのは、訓練校唯一の魔剣使いライン・スティキレとよく似た少女だった。
 いや、似ているというレベルではない。
 まったく、同じ。紅と、薄く飾られた化粧の分だけ女性らしくなっているだけで、あとは完全にラインと同じだった。
「教えてくれ」
 僕が問いかけると、彼女は観念したように眼を伏せる。
「……私は、その、本当は、女の子なんだ。だけど」
「そうなん、だ」
 通りで、線の細いわけだ。そう思いながら、僕は言葉を続ける。
「ほんとうの、名前は?」
「ん、ライナだよ。ライナ・スティキレ。……ねえ、仮面はどこ?」
 仮面を取り、彼女に渡す。
 ライナはそれを受け取ると、胸の前で右手にもって、頬を染めた。
「その」
「なに?」
「そろそろ、どいてくれないかな?」
 艶やかな髪から覗く耳までも赤く染めて、彼女は言う。
 それで、ようやく状況を把握する。
 ただ彼女を押し倒している状態にあるだけでなく、僕は彼女の股に脚を差し入れていて、無理やりに彼女の脚を押し上げている状態だったのだ。
 彼女の左手はスカートの裾を引っ張って、僕の方から下着が見えないように隠しているが、白い内腿は隠しきれておらず、思わず唾を飲む。
「わ、分かった」
 僕はあらぬ場所を触らないよう注意して立ち上がる。
「はあ……触られちゃっ……た、なー」
 悩ましげな吐息とともに吐き出された小さな呟き。僕はそれを聞かなかった事にして、彼女が何でこんなことをしているのか、聞こうとした。
 しかし、僕が口を開く前に、真夜中の裏路地に悲鳴が響き渡る。
 それも、僕がよく知る少女の……。
「スピカ!?」
 僕は身を翻し、声のした方へと、スピカたちが隠れていた方へ走った。
 そこにいたのは、二つの人影。
 一つはリンレットだった。僕に背を向けるようにして、剣を構え、向こうにいる誰かと機を読み合っている。
 そして、その相手は、茶ばんだボロマントに身を包んだ長身の男だった。その男はスピカを盾にし、僕らからじりじりと遠ざかろうとしている。
「リンレット、この男は一体?」
 僕が言うと、赤毛の少女は悔しげに下唇を噛み、説明する。
「さっきの爆発のとき、いきなりそこの角から現れたの。爆発と何か関係があるかと思って私達が呼び止めようとしたら、この男、凄く強くて……」
 それで、スピカが捕まったわけだ。
「彼女を離せ」
 僕は抜き身のユリスを持ったまま、男ににじり寄る。
 一見、何の武器も持っていないように見えるが……スピカとリンレットの二人がかりで勝てないなら相当に実力者だろうし、何か武器を隠し持っていてもおかしくない。
「断る。オレは、ここで捕まるわけにはいかないからな」
 ある程度のところまでは近づくが、それ以上は、近づけない。男に隙がなさすぎる。
 どうするべきか……そう思ったとき、僕は音に気付く。
 硬い、足音のようなものが、頭上から降ってくるような気がする。
 僕は視線を動かす。その瞬間、左右を挟む家の屋根から、少女剣士が躍り出た。
 死角から放たれる、頭上からの鋭い一撃が男を襲う。
「せぇっ!」
「ぬおぉっ!」
 裂帛の息とともに繰り出される一撃が、男の咄嗟の受け手と交差する。
 ギギュイン、と金属同士がぶつかり合う激しい異音。
「防がれた……!?」
 空中で器用に体勢を変え、男を挟み込む位置に着地する少女。
 ライナだ。
 その手に持っているのは、短剣。さきほどの大剣はどうしたのか……そう思う隙があるかどうかのところで。
「ちっ」
 小さな、舌打ちの音。
 男はスピカを離し、彼がやってきたという角へと戻っていく。
「待て!」
 ライナが男を追って駆け出す。僕はスピカに近づくと、安否を確認した。
「スピカ、大丈夫? 怪我は?」
「私は大丈夫。それより今の人は? これってどういう状況なの?」
 分からない。
 それが本心のところだった。一度に色んなことが起こりすぎて、まったく何がなにやら判然としないのだ。
 確かなことは、謎の女剣士が訓練校唯一の魔剣使いであること、彼が女の子だったこと、そしてこの街で何が事件が起きているという事だけだ。
「リンレット、スピカを頼む」
 だから、僕はそれを見届けるために、行かないといけない。
「それはいいけど、ヘイムは? どうするの?」
「僕はあの男を追う」
 あれだけの爆音だ。直に自警団や神兵がやってくるだろう。だけど、その僅かな隙にもあの男は逃げ出してしまうかも知れない。
 僕は足を早めた。



 そこは瓦礫の山と化していた。
 そこにあったはずの建物は、微かにその面影を残しているだけで、完全に崩壊していた。土煙が未だもうもうと立ち、視界は良くない。
「ユリス」
「うむ」
 短いやり取り。僕がユリスに魔力を込めると、辺りを風が吹き抜けて土煙を晴らす。
 そこでは、既にライナと男が熾烈な戦いを始めていた。
「加勢するぞ!」
 僕は瓦礫だらけの足場を、走破する。環境は悪い……しかしそれはお互い同条件だ。
 ライナの短剣が閃く。
 夜闇に薄ら赤い軌跡を残して走る一撃が、男の手に阻まれる。手甲のようなものを使っているのだろう。鈍い音が響くなり、火花が眉を歪める男の顔を小さく照らした。
 その硬直を狙い、僕は真一文字にユリスを放つ。
「シッ!」
 細く鋭い息とともに、最速の一撃。だが男は慌てず一歩半バックステップすることで射程を逃れた。
「ヘイム、危ないから離れてて」
「そんなわけにもいくか!」
 ライナの忠告に、僕は怒鳴り返す。
「君こそ、ここを離れるんだ」
「それは……聞けない」
 左前に構える僕と、右前に構える彼女。僕とライナは背を合わせ、男と対峙する。
「なら、力を合わせて戦うしかないな」
「うん」
 彼女は頷き、剣を構えなおす。短剣であるにも関わらず、僕と同じ、ロングソードを構えるような型を取る。
「スカーレッド・リ・スケール」
 彼女がそう呟くと、その手に持っていた剣は形を変え、僕と訓練していた時と同じロングソードの形をとった。スカーレッドは変幻自在の魔剣であるらしい。ユリスも姿を変える力があるとは言え、僕は突然の出来事に少しだけ驚いた。
「行くよ!」
 ライナが、一瞬早く、一歩を踏みこむ。男に向かい、剣を振るう。
 僕とライナでは圧倒的に彼女の方が力強い。
 それはこの場合、一言に僕と彼女の剣質が違う、ということ以上の意味を持つだろう。僕の剣は技巧の剣。対し、彼女のものは力の剣。であるならば、彼女が相手の剣を引きつけておき、僕がその隙を埋め、ときに反撃への標を撃つことが良手になるだろう。
 一般には逆もまた然りだが、今回の相手は苦もなくライナの剣を受け止める相手。矢面に立つのは彼女の仕事と見て間違いない。
「ちっ」
 男は僕らの考えに気付いたのか、剣を撃ち合いながら舌打ちをする。
 それは奇しくも、策が上手くいっている証拠であり、それに対し、その男に打つ手がないということでもあった。
「……っ!?」
 だがそれは、ミスがなければの話だった。
 ライナの体勢が崩れる。足元で瓦礫が音高く砕けるのが見えた。
 瓦礫が砕け、足を踏み外したのだ。
 そう冷静に分析する僕を尻目に、彼女は呆気にとられた表情のまま、倒れる。男が、これを好機と拳を振り上げた。
 ガシャンと、男の踏み込みが瓦礫を踏み砕き、土煙を上げる。
 半月を描くように繰り出された男の一撃が、ライナに向かう。
 この一瞬間後には、ライナは拳を食らう。ライナの剣は斧すら受け止め、その剣すら凌いだ男の力とは一体……?
 血海に沈むライナの姿が脳裏にイメージされ、心が乱れる。
 僕と共闘するにあたって彼女がロングソードを選んだのは、やはり彼女自身が、ロングソードでの戦術ならば僕もある程度は知っているだろうと、そう考えたからだろう。
 身の丈に及ぶ大剣、それは夜な夜な現れる謎の女剣士としての得物だ。
 ロングソード、それは彼女が学校で振るう、生徒としての得物。
 あるいは短剣は、女の子である彼女が初めて扱った得物なのかも知れない。
 きっと僕がそうであると知らなかったように、学校の誰しも、彼女の魔剣が変幻自在の特性を持っているとは知らないだろう。それを利用し、彼女は姿を変えて戦っているのだ。
 それは彼女が、何かしらの使命を果たそうとしているから……そう、確信する。
 そしてそれは多分、僕の抱えるそれに似ている。
 そう思ったから、僕は魔力を励起する。
 一気にユリスへと注ぎこみ、風の力を引き出していく。二倍にも三倍にも、剣速を引き上げる。
「うおぉおぉおおお!」
 それだけでは足りない。僕の手を痺れさせ、肺の空気を押し出すほどのプレッシャーを与えた彼女の剣を悠々と受け止める男の拳。
 これを止めるのは、それが単なる斬撃に留まる限り難しいだろう。
 一撃。
 そう、この一撃で男の拳を殺し、勝負を決する。
 妖精剣が魔力を食らう。魂がぶれるような一瞬の果てに、僕は横一閃の必殺剣を放った。




【5】

 凄まじい風の奔流が、町を吹き荒んだ。そう錯覚させるほどの轟音が、やがて消えていく。
 僕は、息も絶え絶えに、何とか立っていた。
 魔力を急激に失ったことによる強い脱力感で、今にも意識を失いそうになる。
「……ぐ、この、クソガキがぁあ! 許……さんぞ!」
 男は苦悶に歪んだ顔を、僕に向ける。その腕は甲から肩にかけて大きく裂かれ、血にまみれていた。
「絶対に……後悔、させてやる……! 必ず……だ」
 そう言って、男は踵を返す。
 逃がすものかと、そう思うが、足は動かない。力を、使いすぎたのだ。こうなっては、逆に相手が撤退してくれるのが有り難く思える。そう思う自分に、悔しさを覚える。
「ま、待て!」
 ライナが起き上がり、追いかけようとする。だが彼女は一歩を踏み出すなり、その場に蹲った。
「大丈夫か!?」
「へ、平気。だけど、さっき体勢を崩したときに足を挫いたみたい」
 私も、追いかけられない。そう彼女は呟く。
 既に男は、数メートルも離れて角に消えようとしていた。もうすぐ警備も来るはずだ。だけど、寸での差で間に合わないだろう。そうなれば男は逃げきってしまう。
 だが、その男の身体が突然、崩れ落ちる。
「え!?」
 僕とライナは、思わず声を上げた。
 崩れ落ちた男の襟首を掴んで引きずってきたのは、切れ者の準一級生、オッテだった。



「俺が、こんなクソガキどもにやられるとは……焼きが回ったようだな……」
 僕らを見上げ、そう憎々しい視線を向けてくる男は、もう虫の息にも見えた。
 右腕を僕の斬撃で傷つけ、オッテの一撃は脇腹を貫いている。
「言え、お前の目的は何だ?」
 オッテが男の首元を掴み、詰問する。
 だが男は苦しげに息を吐きながら、笑うだけだ。
「言うと……思うか?」
「言わせる準備はある」
 そう言ってオッテが薬瓶を出すのを、僕は座ったまま黙って見ていた。
 何が起こっているんだろう。
 そもそも僕は、町に現れる女剣士と戦っていたはずだ。それが爆破事件に巻き込まれ、女剣士は練習相手であるラインと同一人物だと判明。その上、ライナは爆破事件の犯人を捕まえようと積極的に動き、オッテまでもが参戦するに至る。
「これ、どういう状況なの?」
 駆けつけてきたリンレットが僕に尋ねるが、僕は首を振るしかない。
 僕が取り落してしまったユリスを抱えてきたスピカも、困惑しているようだ。
「ふん。……秘密を喋るわけには、いかないな……」
 全員の視線の先で、男は言う。
「ぐっ!」
 そして、男は、苦しげに目を見開いた。
「しまった! ……毒か!」
 オッテが男の口をこじ開けようとする。だが男は最後の力で、オッテの手を押さえる。
「ふ、ははは……、銀橋に……勝星あれ……」
 やがて、男は、静かに息を引き取った。
「くそ、逃したか……」
 オッテは男を離し、立ち上がる。
 警備の神兵たちが、その場に集まり始めていた。
 長い夜が、終わろうとしていた。



 長い取り調べを終え、僕らは教官長の部屋に呼ばれていた。
 僕と、スピカと、リンレットだ。
「……」
 部屋の奥。僕らが直立不動で視線を向ける先には、難しい顔をしたまま黙る教官長。空気は重く、身動ぎ一つするのもままならない。
「さて、君たちは、なぜ自分達がここに呼ばれたか、分かっているな?」
 教官長が口を開く。教官長、アルバーストス。過去にヘイムダルに任命されていたこともある英傑で、退役して久しい現在でも、僕らよりも数段は強いだろう。
「はい……」
「寮生の夜間外出は、一部事情のあるものを除いて禁止されています。私たちは、それを破ったため、ここに呼ばれたんですよね?」
 リンレットとスピカは項垂れ、そう言う。
「そうだ。聞けば、ヘイムとスプラネリカは、これまでも事につけ寮を抜け出していたと聞く。スプラネリカは学校を代表するとも言える優等生。ヘイムも、ここにきて伸びあがってきた努力家として評価は高い。が、だからといって特別扱いする気もない」
「……申し訳ありません」
「反省しています」
 鋭い眼光とともに明かされる余罪に、僕とスピカは頭を下げるしかない。
「それだけではない」
 アルバーストス教官長は、なおも言葉を続ける。
「寮則を破った程度で私の部屋に呼ばれることはない」
 その言葉に、僕は唾を飲んだ。
「あの男の事ですか?」
「そうだ」
 教官長は一層、表情を硬くした。
「今夜、町で起こったこと。これを、決して口外してはならない。極秘事項だ。本来であれば、来る時期まで諸君らを拘束すべきだが、私は諸君らの賢明を期待する。以上だ。下がって良し」
 そう言って、背を向ける教官長。
 スピカとリンレットは一礼し、部屋を出ていく。
 だけど、僕は……。
「もう話はないと言ったはずだ。部屋に戻りたまえ」
 アルバーストス教官長が、こちらに向き直った。その視線を、真正面から受け止める。
「聞きたいことがあります」
 気持が萎縮してしまいそうになるのをこらえ、僕は、そう言っていた。
「教官長は、噂の女剣士ライナについて、どうお考えですか? それに……」
「ライナ・スティキレ、か……」
 教官長は黙り、窓の外に目配せする。
 夜空は白み始めており、部屋は燭台の染める赤から陽の白へと変わろうとしていた。
「入りたまえ」
 長い沈黙の後、教官長がそう呟くと、部屋の奥の扉からライナが現れる。学校での姿、男装ではあるが、まとう雰囲気はやはり、女子のそれだ。
「彼女はライナ・スティキレ。かのアランダー・スティキレのご息女である」
 後にスピカに聞いた話、アランダー・スティキレと言えば、先の大戦で数十の巨人を打倒したと言われる衛兵だという。身の丈を超える長さの大剣を豪快に振るう英傑である。その得物が、今、彼女のもつ魔剣スカーレッドであることは明らかだった。
「彼女は、自身の意思で男としてこの訓練校に入り、衛兵となる道を選ぶと誓った。父の後を継ぐ、そういう覚悟の下にな」
「ですが、教官長の出された条件は、真の性別が露見するまで、というものでした。だから、ヘイムにばれた今、私は学校を去るしかないですね」
 もっとも、と彼女は目を伏せる。
「臨時トーナメントで優勝したにも関わらず、女性だったという理由で試験を見送られた私に、衛兵としての道はなかったんだろうと、冷静に考えてみれば、そう思います。功を急ぎ、夜な夜な町に繰り出してあの不審者を追っていたこと……今になってみれば、軽率だったと思っています。結果、ヘイムや皆さんのことも、巻き込んでしまいましたし」
「そんな、僕は……別に」
 慌てて言う僕に、彼女は淡く微笑みかける。
「ヘイムの剣、不思議な風の匂いのする剣技……私は好きだった。最初は、君じゃ無理だよって教えるつもりで、厄介払いのつもりで相手をしていたけど。君は、私の好敵手たりえると、そう思う。絡んできた剣士を正当防衛で倒したから妙な噂が流れてさ、色んな人たちが私に挑んできたけど、そう思える人はヘイムだけだった。反省することばかりだったけど、ヘイムと全力で戦えたことだけは良かったって思う」
 息を継ぐ。
「私の挑戦、女でも衛兵としてやっていけるという……最強の証明は、できなかったけど」
 そう彼女は言って、僕に礼をする。
 そうして、教官長室を出て行こうとする。
「待って!」
 思わず手を掴んだ。
 惜しかった。
 同じ道を行こうとしている少女と、僕は友達になれると思っていたのに。
「僕は、今夜のことについて……秘密厳守を命じられてる」
 何とかしようと、口走る。
「だから、別に、僕が知ってるとしても大した問題にはならない……そう、じゃないかな」
「それは、私も……そうであってほしいけど、でも」
 ライナの瞳が揺れ、助けを乞うように教官長に、目を向ける。
 僕も、視線を向けた。
 アルバーストス教官長は、腕を組み、唸る。
 そして。
「一理ある。スティキレがそれで構わないのであれば、それでもいいだろう」
 僕らのへ理屈に、教官長は甘い判決を下した。



【6】

 僕たちは、あの丘にいた。朝焼けの空の下、風に吹かれていた。
 教官長の部屋を辞したあと、ライナがどうしてもと言うのでやってきた。もう日も昇っているので夜間外出にはならないだろうと思う……多分。
「ふう、風が気持ちいいね」
 そう言って、僕に笑いかけるライナ。彼女のことを知っている生徒は僕だけで、誰もラインが女だと思っていない。知っている僕にしても、顔を見た感じでは女の子っぽい男と、ボーイッシュな女の子を行き来しているレベルだ。胸もうまく隠してるし、これ以降何も事件が起こらないとすれば、彼女の正体が外部に露呈することはないだろう。
 改めてそう思うと、無性に恥ずかしくなるというか。
「そ、そうだね」
「それに、嬉しかったよ。引きとめてくれてさ」
 彼女は朝日に向かって立ちながら、視線だけをこちらに向ける。
「それは、えっと。なんて言うか、ライナのその気持ちが、僕にも分かるというか。そう思って」
「どういうこと?」
 そう問われ、僕は刹那、息を止めた。だけど、ここまで彼女の事情を聞いておいて話さないわけにもいかないだろう。
「ライナは、衛兵だった父親の後を追って、衛兵になろうと思ったんだよね?」
「そうだよ」
「僕も、そうなんだ」
 そう言って、ライナの横に並ぶ。
「僕の父さんは、衛兵長ヘイムダルだった。先の大戦で死んでしまって、僕には父さんに関する記憶がないけど。いや、無いからこそ、父さんの遺影を追ってるんだと思う。最近、そう思うようになった。息子として、親の事をきちんと知っておかないといけないんじゃないかって。だから、僕もヘイムダルを目指してる」
「……そっか。私と君は、似てるんだね」
 合点がいったと頷く少女。
「だから、諦めてほしくなかったんだ。ライナが夢を諦めることが、将来、そのまま僕に跳ね返ってくるんじゃないかって、怖かったから」
 ライナを見る。彼女の目は朝焼けにきらきら光って、僕の瞳を見つめ返していた。
「ありがと」
 近づく顔。
 咄嗟に背ける隙もない。彼女が背伸びして、短い口付けを交わす。
「ちょっと!?」
「君と、スプラネリカさんのことは知ってるよ。でも、私のことを知って、分かってくれるのも、君だけなんだからね」
 あまりに衝撃的な……断じてキスの感触をリフレインしていたわけではない……一瞬に、僕が何も言えないでいると、背後から「おーい」と呼び声が掛かった。
 ドキドキも冷めやらぬうちに、僕は慌てて振り向く。
「ここにいたんだ。もう、探したんだから」
 そう言うのは、朝日にアッシュグレーの髪を輝かせるヒミンビョルグの女神、スピカだ。
「やれやれ、今さっき無断外出を注意されたばっかりじゃない。それに、なんでライン・スティキレがここに?」
 呆れ顔で癖のある赤毛を掻く少女は、リンレット。
 その問いに、んんっ、とライナは小さく咳払いをして返す。
「たまたまそこで会ったから、戦ってみてどうだったかを聞いてただけだよ。でも何か、ヘイムの答えが歯切れ悪くてさ、二人は何か知ってる? 俺にも教えてよ」
 そう言って溜息をつく姿は、ライン・スティキレそのものだった。
 声も、ほんの少し、知っていればそうだと分かる程度には低く作っている。身体の女性的特徴も見た目には分かりづらく、彼女が苦労して男装していることは良く分かった。
「えーっと……」
「い、色々あったんだよ、ね?」
「僕に振らないでよ、リンレット……」
 案の定というか、スピカもリンレットもお茶を濁すだけだ。
「んー? 怪しいなあ」
 それを見て、ライナは顎に手をあてて怪訝そうな顔をする。だけど、こんなの形だけのものだ。彼女も、教官長から口止めをされている筈で、僕らが口外できないことは分かっているはずなんだから。
 しばらくそうして疑わしそうな目をしていたライナは、まあいいか、と笑う。
「言えないってことはきっと、良い結果じゃなかったってことだよね」
 ライナが言うと、スピカもリンレットも「そうそう、そんな感じ」と慌てて言う。
「悪い。せっかくラインに付き合ってもらったのにさ」
 僕が言うと、彼女は腰にかかった魔剣を抜き放つ。
「ヘイムなら、いいセン行くと思ったんだけど。まだまだ世界は広いね」
「だな」
 風の力をもってやっと拮抗していたライナの一撃を、悠々と拳で受け止めていた男。あの男の実力は、まだまだ底が見えなかった。
 妖精剣という上げ底があって、ようやくその腕を止めることのできるレベル。
 スピカと特訓して、ライナと鍛練して、割と強くなったと思っていた。だけど、世界にはもっと強いひとたちがいる。それに並ぶ力がなければ、僕は決してヘイムダルにはなれないだろう。
「ね、誓わないか?」
 ライナは剣を空に掲げる。
「何を?」
 僕が首を傾げると、彼女は焦れたように答える。
「誰にも負けない剣を手にする誓い。……俺はまだまだ甘かった。もちろん、ヘイムも。だからこの丘に誓うんだ。負けたっていい、泣いてもいいけど、最後には必ず、勝利して……望みを掴むことを」
 真っ直ぐに、空を見上げて宣誓するライナ。
 それに答えるように、僕もユリスを抜き、天に突きたてる。
「僕も誓う。絶対に屈しない、絶対に諦めない。負けないように、努力する」
「私も!」
 スピカが続く。
「ヘイムの隣にいて恥ずかしくない、誰かを助けられるような神兵になる。その夢を諦めない。そのことを、助けてくれたヘイムに、この丘に誓う!」
 中空に、三つの剣が交わる。
「な、何よこの、ちょっと恥ずかしい感じ」
 リンレットは視線を逸らし混ぜっ返して、しかし……。
「スピカには、負けないから!」
 音高く抜き放った剣を合わせる。
 四つの剣が、四つの誓いを繋ぎとめた。
 愛らしく、時に凛々しい恋人、スピカ。そんなスピカに対抗心を燃やす才媛、リンレット。男装の麗人、秘密を共有した戦友、ライナ。そして、僕。
 虹の橋ビフレストを望む、この丘で、願いを叶えた僕らがきっといつか再会できるように。
 僕は、誓いを立てる。



【7】

「ヘー、イー、ムー。そろそろ起きないと、さすがに遅刻するよ?」
 そう声が聞こえた。
 何が起こっているのか……僕は記憶を掘り起こす。丘で誓いを立てたあと、僕はみんなと分かれて寮に戻った。授業開始まではまだしばらく時間があったため、完徹で疲労困憊だった僕は仮眠をとる事にしたのだ。
 そして、現在。僕は何者かに身体を揺さぶられ、起こされようとしている。
 何者かという表現は正しくない。僕はこの声の主を知っている。自身が女子であることを隠すつもりもない、可愛らしい声。
「分かった……起きる」
 身体を起こす。未だ睡眠不足でクラクラとする頭を抱え、目を開いた。
「急いで準備しないと、怒られるよう」
 そこにいたのはやはり、ライナだった。
 だが、そこにいる彼女は男装姿ではなかった。飾り気のない質素な作りのワンピースドレスを着ており、本来、隠すべき胸はツンと自己主張している。
「ラ……ライナこそ、早く準備をした方がいいんじゃあ」
 僕はそう言いながら、ベッドを下りる。
 訓練用の服を着たままだし、そう準備することもない。多分、ライナが言うよりは始業までに余裕があるだろう。僕はそう思って質問する。
「私は、今日はお休みを貰いました」
 椅子にかけ、ニッコリと笑うライナ。
「え? 体調が悪いとか?」
「全然、平気だよ。お休みを貰ったのは、部屋を移るため」
「部屋を移る?」
 疑問に部屋を見渡す。
 閑散とした部屋に、僕は小さな違和感を覚えた。
「そう。ヘイムが私の正体を知っているなら、わざわざ他の人とルームメイトになって危険な橋を渡るよりずっといいでしょ?」
「僕と、ライナが、ルームメイト……」
 呟く。
「んー? 今、何を想像したの?」
 意地悪そうに笑むライナ。僕は、だけど。
 僕は、オッテの荷物が無くなった、閑散とした部屋を飛び出す。



 校舎を、訓練場を、橋を、講堂を、競技場を、探し回った。
 そのどこにも、オッテの姿はなかった。もしやと思って、丘に足を向ける。
 だけど、そこにも彼の姿はなかった。当たり前のようにそこにいて、時に、僕にアドバイスや助けをくれたオッテは、いなくなっていた。
「はあ、はあ、はあ……急に走りだして、一体、どうしたの?」
 後ろから、ライナが走ってくる。
 ドレスの下にズボンを穿き、胸を抑えただけの最低限の男装だった。
「オッテが、いないんだ」
「オッテ……って、誰?」
 首を傾げるライナ。
 そうか、ライナは直接オッテと言葉を交わしたことがないんだっけ?
「あの男が逃げようとしたとき、角から出てきて捕まえてくれた奴がいただろ? あれがオッテ。僕らと同じ準一級生」
「ああ、あの。……、……え?」
 もどかしく思いながらも説明すると、ライナは納得したように頷く。が、それも束の間、彼女は口をパクパクさせて、逡巡する。
「その、えっと。……彼は」
「何か知ってるのか!?」
 肩を掴む。
 迷いの色を帯びたライナの瞳が、僕を大きく映し出す。
「彼は、彼は生徒じゃない。準一級でも、何でもない」
「……なんだって?」
 彼女の言葉が、僕の心のなかで消化不良を起こす。
 それが一体、どういう意味をもつ言葉なのか。すぐには理解できなかった。

最強の証明・・・了
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by yamaomaya | 2012-02-11 15:27 | 小説