喜:)怒:(哀:(楽:)

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//北欧剣譚ヘイムダル ■1.1 ■1.2 ■2.1 ■2.2 ■3.1 ■3.2

北欧剣譚ヘイムダル3.1-最強の証明-

【1】

「あーあ、今年もこの季節がやってきちまったな……」
 ルームメイトがそうぼやくのを、僕は本を読みながら聞いていた。
「そうだね。昇級試験、か……」
 応じるようにそう呟いて、僕は一人の少女のことを夢想する。心を通わせた、訓練校ヒミンビョルグの天才少女、スプラネリカ・ユリエルトのことを。
「んん、ヘイム。それは何を考えている顔だ?」
 少なくともルーンの理論ではなさそうだ、と彼は言う。彼はオッテ。先々週のトーナメントで僕とスピカを助けてくれた、太陽のルーン・シゲルの使い手だ。
「スピカのこと」
 僕が答えると、オッテは椅子の上で大仰にのけ反ってみせる。
「なんだ、また自慢か。惚気か。畜生……」
「そうじゃなくて。多分、スピカは一級になるでしょ? でも、僕もそれに合わせて一級生に昇格することはできるのかなって、心配になってさ」
 訓練校は等級制だ。試験で一定の実力が認められると昇級し、一級となると、男子は虹の大橋ビフレストを守る衛兵、女子は神兵ヴァルキュリアへと昇華する試練を受けることができる。今の僕らは準一級生で、今年昇格できれば一級になるわけだ。
「ああ、そうだな。最近のスプラネリカさんは何か気迫を感じるぜ」
 そうオッテが言うのも頷ける話だ。
 僕とスピカが付き合い始めたのは(主にオッテのせいで)周知の事実と化していたが、今でも質問されるたび狼狽する僕と違って、スピカは途中からは半ば堂々としたものだった。それどころか、その剣技や魔力にはますます磨きがかかっていて、教官などに言わせると「守るものができて心の力が養われたのかもしれない」と評すほどなのだ。
 僕に対してまったく失礼だが、否定はしきれない。今回の試験までにラッキースターの力を完成させるのは確実だろう。
 まったく、それに比べて僕は。
 そう思いながら、棚に吊るした妖精剣を見やる。
「またその悩みか? 強いものに習うのは当然。おぬしがスプラネリカに剣を習うのも、ごく自然なことじゃ。それに、例えおぬしが今年昇級できなかったとしても、それが原因でスプラネリカに見捨てられるなんてことは考えにくいことじゃ」
 剣は僕の心に語り返してくる。
 彼女は春の風の化身である妖精の剣、ユリス・ブリス。強大な力をもつ存在で、スピカの別荘地下に四年間も封印されていた。彼女は美しい褐色肌の女性としての姿をもち、ユリエルト家の秘密を守るためにそこにいたのだ。
 最も、この寮棟は女性禁制なので最近は剣としての姿が多い。
 人としての姿でいるのは、スピカと二人きりでルーンの訓練をしているときだけなので、オッテの目には凄い魔力をもった剣という認識しかないと思う。
「そうかも、知れないけどさ」
 僕は無意識に声を出していた。
「まあ、それはヘイムが自分で頑張るとしてだ。あの話、聞いたか?」
 オッテが椅子をガタゴトと動かして、僕の机に近づけてくる。
「あの話?」
「ほら、町に出るようになったとかいう、謎の女剣士の話だよ」
「ごめん、あんまり知らない」
 試験準備週はスピカの家の別荘にお呼ばれしていたのだ。最近の学校の噂なんて耳にもしていない。
「しかたないな、俺が説明してやろう」
 紙とペンを持ち出し、オッテは僕の隣にやってきた。
「最初は、休みの中ごろだったかな。ちょうど選抜トーナメントが終わったころだった。夜更けに、ちょっとばっかし腕に自信があったという男が、黒い外套の人物と出会い、剣闘になって負けたんだ」
「負けた? 死んじゃったの?」
「いや、喉元に短剣を突きつけられて、降参を勧められたらしい。その後も死者は出てないから、殺すつもりはないんだろうな。……とにかく、その噂を聞きつけたこの学校の生徒三人が、翌日、挟撃でそいつを倒そうと画策した」
 オッテがペンを走らせ、紙の上にどんどんとタイムラインができていく。
「だが、それでもマントの奴は負けなかった。奴は身の丈にも及ぶ剣をマントの下から取り出し、三人を相手に一つも劣らず応じたんだ。学生三人はそれでも善戦した。戦いの最中、顔と身体を覆い隠す外套を切り裂くことに成功したんだ」
「それで、女剣士だって?」
「そう。仮面で目元を隠していたから、誰か分かったわけじゃないが、とにかく女性ってことは分かった。三人は言っていたよ。月の下で、華奢で女性的なラインを見たときにはクラッときたってな。聞き出したとこ、胸はけっこう大きかったらしい」
「胸はいいけど。それで?」
「それからそいつは、昨晩まで毎夜のように町に出没するようになった。外套なしでな。これまで多くの生徒や旅の剣士が遭遇してるが、誰も勝てていないんだとさ。今、この近辺で最強なのは、そいつだ、なんて声もあるらしい」
 オッテはそう言って、ニヤッと笑いかけてくる。
「なに?」
「自分の腕で昇級できるか心配……なんて言っただろ? なら、挑戦してみないか?」
 事件のタイムラインを記した紙を突き付けてくるオッテに、僕は苦笑いで応じた。



 その夜、僕は眠れずにいた。
 別にオッテの話を聞いて、挑戦してみたいと思ったわけではない。これは挑戦ではなくて、そう、義務に違いない。そう思いこんで、訓練生用の戦闘具に身を包む。
 戦って勝つ。そうすることでしか、強くなれないし、強さの証明もできないんだから。
「謎の女剣士、だったか?」
 ユリスが問いかけてくる。
「うん。とりあえず、やるだけやってみようと思う」
 小声で答え、ユリスを腰に吊るした。オッテを起こさぬよう、足音を殺して部屋を出る。ひんやりとまとわりつく空気を感じ、少しだけ身体を震わせた。
 寮を抜けだし、町へと向かう。レンガ造りの夜の街並みには、ルーンの魔灯が光っていた。
「夜の街か。もしかしたら、初めてかも」
 僕はそう呟きながら、裏通りに入った。表通りで堂々と剣闘などするとは思えない。そんなことをすれば直ぐに自警団や神兵がやってきて鎮圧されるからだ。
 しばらく歩くと、薄暗い夜闇のなかで剣と剣のぶつかりあうような音が聞こえた。
「どうやら、もう誰かと一戦交えておるようじゃのう」
 ユリスの声。
 一瞬遅れて、近くに深緑色のドレスを纏った女性が現れた。ユリスが人間形態をとったのだ。
「どこだろう」
「……恐らく、こっちじゃな」
 ユリスの足音が裏道に響く。よく見ると高いヒールで、後ろを追いながら僕は石畳の隙間に躓かないか少し心配になった。が、彼女が躓く前に、僕はその背にぶつかっていた。
「ご、ごめん!」
「いや、……それよりも、あそこを見るのじゃ」
 そう言って、ユリスが角から少しだけ身を乗り出して暗がりを指差す。
 僕はその指の先に視線を向けた。
 その時ちょうど、甲高い衝突音と共にその闇に火花が散った。戦っているのだ。袋小路に踊るかのような足音を轟かせ、月光の下に白刃を晒し、汗を滴らせながら。
 暗く、僕にはその戦いの模様は殆ど見えないけれど。
「あれは……」
「ユリスは、見えるの?」
「かすかに、じゃが」
 彼女は僕の手をとると、その場から離れるべく歩きだした。
「え? どうしたの」
「……敵う相手ではない。今は勝負にならんじゃろう」
 感情を押し殺した声で、それだけを言うユリス。僕は引きずられるように歩きながら、振りむいて、暗がりの先を見た。
「やってみないとわからないだろ?」
 あの先で戦っているのは、人間……のはずだ。
 例え神格をもつ者だとしても、僕だって神を親にもつ半神。スピカとの剣の訓練も継続しているし、勝負にすらならないなんて事はないはずだ。
「あの娘の剣は、おぬしのそれとは相性が悪すぎる」
「相性?」
 表通りに出て、ユリスはようやく足をとめた。
「おぬしの剣は確かに技術を得た。スプラネリカのアドバイスと、おぬしの努力の賜物と言えるじゃろう。だが、あの娘の剣の強さは見たところ技術とは別物と言えよう。技術を伸ばす過程でおぬしが知らず知らずのうちに捨てて、弱いままにしていた部分が、あの娘にとっては最大の狙い目として露呈し得るのじゃ」
 ユリスの分析的な言葉を、僕はゆっくりと吟味する。
 技術ではない強さ。とは、つまり。
「先の戦い、彼女は斧と対等に打ち合っておった。身の丈ほどもある剣を自在に操る力。斧の重い一撃と鍔迫り合いを行うことのできる力。その並はずれた力と攻防の堅牢さが、あの女剣士の武器なのじゃろう」
 まあ……女剣士というより少女剣士といった背丈だったがな。とユリスは言った。
 多分、僕が技術でもって一撃を狙っても、圧倒的な力で技術ごと捻じ斬られるというのだろう。その理屈は分かる。
「一度負かされたあと、あの娘が二度目に応じる保証はない。ここは敵情視察できただけでも重畳としよう。なに、対策すれば何とかなろう」
 そう言って、学校の方へ足を向けるユリス。
「力の剣、か……」
 僕は一度だけ女剣士のいた方を見てから、歩き出した。
「それにしても、あの力。何の理由があってこの街で……」
 そう呟くユリスの声が僕の耳に少しだけ残り、消えていく。

【2】

「へえ……噂の女剣士に会ってみたんだ」
 翌日、昼食の席でスピカが目を輝かせた。
 食堂はいつも通りの大入り満員で、周りから向けられている視線は多い。
 スピカがフリーではなくなった事で、彼女への視線は減るかもと思ったのだが、そんなことはないらしい。
 といっても、それも仕方のない話だろう。スピカは相変わらず女神のように綺麗で、しかも最近はお洒落にも目覚めているように思う。スカートもごくごく僅かに短くなっている、ような気がするし、一年前には見なかった装飾品……学生にも許される範囲の質素なものではあるが……を身につけてパッと見にも華やかだ。それらが僕へ向けられたものだとすると、一段と魅力的になった彼女が注目されるのと同じ理屈で、僕へ向けられる嫉妬の視線も増えるのも仕方なし、といったところだった。
 閑話休題。
 そうやって感心している彼女を見て、僕は釘をさしておく。
「遠くから見ただけ。ユリスが、今のおぬしでは勝負にならない、とか言ってさ、すぐに逃げたんだよ」
 僕がそう返すと、彼女は、ふうん、と頷いて僕の腰にあるユリスに目を向けた。
「その子、凄く強いんだ」
「うむ。あの女剣士の重い一撃の前に、小細工は通用せんと見る」
「そか。そうなると、私には力になれないかな……。神兵の剣は、どちらかといえば技術寄りの剣筋だから。同じ衛兵候補生とか、そうでないなら素直に教官に聞いてみるとか」
 スピカの言うことは正論で、僕はそうだねと頷く。
「とは言っても、肝心の宛てがないんだけどさ」
 ロジェスに聞くなんてのは論外。オッテは僕と同じか少し強いくらいだし、その他となるとあんまり仲のいい人がいないのが実際だ。となると、教官に特別に訓練してもらうしかないか、と考えをまとめる。
 剣術担当の教官は何だか僕に厳しいから苦手なんだけど。
「ヘイムも、頑張ってるんだね」
 スピカがニコっと笑ってそう言ったので、僕は腹をくくることにした。次の時間がちょうど剣術の訓練だから、その時に教官に言って見ればいいだろう。
 昼休みが終わり、スピカと別れた僕は訓練場へと向かいながらそう思った。
 訓練場にはすでに訓練生の姿があった。だが訓練場は異様に騒がしい。
 準一級の衛兵候補生は一から三までのクラスで分かれており、それぞれで同級の神兵候補生と合同訓練するときもあれば、今回のように衛兵候補全体で訓練を行うこともある。後者は人数が多いため、これまでも多少訓練前にざわつくことがあったのだが……今回はどうも様子がおかしかった。
 僕は剣帯のユリスを確認しながら、ざわめく訓練場に踏み入る。
「最強の剣士が女性だったら、何か問題でもあるのか!?」
 聞こえたのは、澄んだ、よく通る声だった。
 人ごみを押しのけて様子を見ると、その中央には半径にして三メートルほどの間が空いていて、そこで二人の訓練生が対峙している。
 一人は線の細い感じの男子だ。艶やかなショートの黒髪のしたで、蒼の目を爛々と燃やしている。恐らく先ほどの声はこっちの生徒だと思う。
 その相手をしているのが、体格のいい茶髪の男だった。ブラウンの瞳をからかう様な色で染め上げ、余裕綽々といった態度で黒髪の少年を見ていた。
「ヘイム」
 耳元でオッテが囁く。
「ああ、いたんだ、これは一体どういうこと?」
 そう聞くと、オッテは腕を組み唸る。
「最初はただ、噂の女剣士についての話題で盛り上がってただけなんだ。しかし、オンナなのに最強の剣士か、なんて話題になるなり、いきなり突っかかってきたんだよ」
「そうなんだ。でも女のひとだからって言うのは失礼だよね……」
 僕が頷くと、オッテは肩をすくめて鼻を鳴らす。
「そりゃあそうだけどさ。ここであえて、こんな大袈裟に反論することか? それも、あの冷静沈着が身上だった準一級衛兵候補の最強様がさ」
「え?」
「だから、あいつが準一級衛兵候補一組のライン・スティキレさ」
 スピカの家の別荘に向かうとき、リンレットが口にした彼の寸評が、僕の脳裏で再生される。
 曰く、訓練校ヒミンビョルグ唯一の、魔剣使い。鬼気迫る剣術の腕をもつ準一級生。
 そう気付くと、僕は人を押しのけて、強引に円の内側に出た。
「なんだ、お前?」
 ラインの相手をしていた男子生徒が、僕に疑りの目を向けてくる。
「いや……ほら、別に女の子が強くてもおかしくないんじゃないかな。でなければ神兵なんて存在しないだろうし、それにスプラネリカさんだって強いから、その」
 僕がしりすぼみに言うと、辺りから「なんだ惚気か」「そろそろ訓練始まるんじゃないか? アップ始めようぜ」などと声が聞こえ、人ごみは解散していく。
「ちっ、気に入らねえ!」
 茶髪の男はそう怒鳴って、その場を離れていく。入れ替わりに近づいてきたオッテはその背中を見送ってから、苦笑いで僕を見た。
「あいつはブレンダムだな。相変わらず暑苦しい男だ」
「なるほど、暑い男じゃの」
 ユリスも僕だけに聞こえる心の声で応じる。僕はブレンダムの背中を一瞥してから、ラインに向き直った。
 そこにはやはり小柄な少年の姿があった。僕よりも、線は細い。
「ライン、だよね?」
「うん。そうだよ……俺に何か用?」
 綺麗な蒼の双眸が僕を覗きこんでくる。
「用っていうか、その、ちょっと聞きたいことがあってさ」
 この華奢な身体で、魔剣を扱うというライン・スティキレ準一級衛兵訓練生。彼に、町に出没するという謎の女剣士を戦うための知恵をもらえないかと思ったのだ。
「いいよ。じゃあ、君とスプラネリカさんがいつも訓練してる場所と時間で」
「し……知ってるの?」
 彼はそこでフッと笑みを浮かべると、僕の横をすり抜けていった。
「最近、たまたま見かける事があるんだ」
 たまたま。で、見つかるものだろうか。寮からは見えない場所にある丘なのに……。だけど、僕が何か言う前に、オッテが関心した顔で僕の背を叩いた。
「へえ、魔剣使いのラインを友につけるとは、いよいよ女剣士を倒すに本腰ってわけか」
「……なに? 知ってたの?」
「そりゃあ、話したその日の深夜に部屋を抜けだされりゃあ、なあ」
 くくくと笑うオッテに、僕は溜息をつく。



 ラインが来たのは、僕とスピカが待ちかねてルーンの訓練を始めた頃だった。
「ごめん。少し遅れた」
 そう言う彼は、訓練生用の制服をきっちり着こんでやってきた。僕はルーンの発動を止め、ラインに駆け寄る。実際のところ、寮を抜け出すのは結構難しいことで、僕もスピカとの練習に幾度か遅れたことはある。
「ちょっと待ったけど、まあ、まずは無事に来れてよかったよ」
「うん。えっと、そっちが彼女さん?」
 そう言ってラインは僕の背後にいるスピカを指差した。
「そういうことになってる。準一級神兵候補生のスプラネリカ・ユリエルト」
 ラインは小さくお辞儀すると、僕をまっすぐに見た。
「……それで、俺に聞きたいって言うのは?」
 彼がそう聞くので、僕は意を決して、その目的を告げることにした。
「その、ラインはもちろん、噂になってる謎の女剣士のことは知ってるよね?」
「知ってるよ」
「僕は、その女剣士と戦おうと思ってるんだけど、ユリスが……えーっと、友達が、僕の技術の剣じゃあ、そのひとの力の剣には勝てないだろうって言うんだ」
「友達、ふうん」
 言葉とともに、ラインの目が鋭く光ったような錯覚を覚える。
 僕は慌てて「何?」と問い返した。
「ううん。俺も同意見だな。俺も見たことがあるけど、確かに彼女は膂力に長ける質を持っていると思うよ。……それで?」
「それで、技術寄りの剣術を扱うスピカに聞くより、同じ衛兵候補生で強い人にアドバイスとかを受けた方が参考になるかと思ってさ」
 ラインは顎に手をあてて、何事かを考え始めた。僕の中では、ラインに頼む、というのは咄嗟に思いついた案であって、例えダメだったとしても教官に頼めば何とかなる話。それは、できれば引き受けてくれると助かるけど。
「いいよ。引き受けた」
 しばらく悩んだ風にしてから、彼はコクンと頷いた。
「なら、これからよろしく、ライン。僕はヘイムだ」
「よろしく、ヘイム」
 僕らが握手すると、スピカがやってきて手を鳴らす。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
「だね」
 ラインは僕から五歩ほど離れて腰の剣を抜いた。普通のロングソードとは若干、意匠が異なるようで、柄がやや長い。ただ剣としては普通の作りに見えるし、現時点でユリスが警告をすることもない、聞きしに及ぶ魔剣だとはとても思えなかった。
「それが、魔剣?」
「そうだよ。これが俺の魔剣、スカーレッドだ」
 ラインは言って、ゆっくりと足を出して踏み込んできた。
「抜け、ヘイム!」
 心中にユリスの声が響く。
 その声のままに、妖精剣を抜く。応じる剣がスカーレッドと衝突した。
「ぐっ!」
 まさに、その瞬間。僕はすでに、丘に倒れ伏していた。顎と胸部を強かに打ちつけ、息が止まった。頭が、衝撃と酸素不足で白熱する。
 何が起こったのか理解できない。剣は、まだ手の中にある。だが思い返すに、ラインの振りおろしの一撃を受けたとき、僕はすさまじい圧力を食らい、地面に引き倒されたのだ。
「君と、君の友達の見立ては正しい。この剣はとても重いから、きっとヘイムの修練に、つまり力の獲得に、役立つと思うよ」
 月光の下、ラインは剣を捧げ持ち、宣言した。
「大丈夫? ヘイム」
 心配そうにするスピカに、僕はひきつる笑みを向ける。身体に力をこめ、立ち上がった。
「大丈夫。まだいける、もう一回だ」
 叫ぶ。ラインが地を蹴った。今度はかなり早い。剣の重さと、ステップの速さの両立。それが魔剣の能力なんだろうか。頭のなかの冷たい部分で分析を重ねながら、応じ手を撃つ。先ほどよりも、強く、鋭く!
「がっ!」
 稲妻のような衝撃が剣を伝い、身体を突き抜けていく。横薙ぎに払われた一閃と衝突し、僕は無様に五メートルほども後退を余儀なくされた。
「まだまだ!」
 それでも、なお立ち上がる。立ち上がらないとダメだ。ロジェスに勝ったときも、最後まで諦めない心が僕を勝利に導いてくれた。
 今度は僕からうって出る。
「タフだね。君も、剣も。大抵二発も貰うと、どちらかがダメになるものだけど!」
 ラインは笑みを浮かべ、防御など一切考えぬ、横一閃の返しで僕を迎えた。
 ゾッとする。凄まじいプレッシャーを帯びた一撃に、背筋が凍る。今までの僕なら、ここでバックステップを踏んでいたかもしれない。だけど、前に進まないと。
 もし……ここで剣の軌道を変えたら。そうしたら、僕の剣は届くかもしれない。そう思い、手首に力を込める。だが。
「ダメじゃ、合わせよ! その浅い一撃の代わりに首を落とされるぞ!」
 脳裏にユリスの言葉がこだまする。
 確かにそうだ。
 ラインの一撃にはそれを可能にする圧倒的な力がある!
「っ!」
 軌道を変えようと捻った手首を戻そうとする。だがそこまでだった。衝撃を受け、痺れた右手が言う事を聞かなくなり、剣が抜け落ちる。
 驚き、剣を止めようとするライン。だが間に合わない……!
 恐怖に、目を閉じた。
「せぇっ!」
 裂ぱくのかけ声が夜の丘に響く。僕は恐る恐る目を開いた。
 深緑のドレスが風ではためいていた。ユリス・ブリスだ。彼女は瞬間の判断で人型形態となり、ラインの剣を手のひらに受けたのだ。
 誰も声を出せない停止状態。だが、ラインは我に返ったように剣を戻す。
「頑丈だなとは思ったけど。まさか、妖精剣だったとは」
 彼が言うと、ユリスは僕をみて溜息をつく。
「まったく……戦闘中に武器を取り落とすとはの」
 僕は二人の言葉が僕に向けられたものだと気付き、慌てて手を振る。
「えっと、ごめん。そう、ユリスは妖精剣なんだ」
 そう答えると、ラインはユリスの方を見た。特に、剣を受けたその手のひらをだ。
「なんじゃ? ラインとやら」
「……スカーレッドを身に受けて、無傷で済むものがあるとは思ってなかったので」
「大した自信じゃな」
 ユリスは傷一つない右手をぷらぷらと振って見せながら、挑発的に返した。
「ヘイム、本当に大丈夫なの?」
 スピカが僕の身体を触って、無事を確認しはじめる。
「大丈夫だよ。剣を取り落としたのは衝撃で手が痺れただけだし、ちゃんとユリスが守ってくれたからさ」
「はあ、良かった。ユリス、本当にありがとね」
「なに、ヘイムは主みたいなものじゃからな。守るのも務めよ」
 ユリスは軽く笑うが、その務めが無ければ死んでいたかも知れないわけだ。今さらのように動悸が激しくなってくる。
「ヘイム。君は面白いね。久しぶりに本気を出しそうになった気がする。もっと続けたいけど、もう遅いし、今日はこれで」
 ラインはそう言って憂いなく魔剣を柄に収めると、さっさと歩き去って行った。
 取り残された僕はその場に座り込んでようやく息をつく。
「なるほど、ライン・スティキレ……か。何が原因かは知らんが、あれは戦いになると気分が高揚する質のようじゃのう」
「高揚って……」
「ならば否定できるか? あの者が刹那うかべた、あの表情を」






【3】

「それで、ラインとの特訓の調子はどうなんだ?」
 そうオッテが聞いてきたのは、ラインと一緒に訓練を行うようになってから、二日経ったある昼下がりだった。
「まあ、なんとかなる……かも知れない」
 僕が答えると「なんだ、曖昧だな」とオッテは笑う。でも、ロジェスと戦うことになったときも、訓練を終えたってそんなに手ごたえはなかった。ただ漫然と終えたという達成感と小さくない不安を抱えるだけだったのだ。
「一応……今日の夜、ラインと一通り戦ってみて、それで女剣士に挑戦するか決めるよ」
「え? 思ったより早くないか?」
 そうやって指を折って数えるオッテ。どう数えても今日で訓練三日目だからそう思うのも仕方ないだろう。
「それが、ちょっとしたきっかけがあってさ。それに、女剣士だっていつまでもここの町に留まるとも限らないし」
「ちょっとしたきっかけ、ねえ」
 オッテが疑わしそうな目を僕に向ける。
 だけど僕は、今、自分が言った言葉にふと疑問を覚えた。
 それは、ユリスの言葉に端を発した、ある疑問点。
「……どうした?」
 オッテが僕の様子を見て、眉を上げる。
「いや、うまく言えないけど、あの女剣士は、何のためにここにいるんだろうって」
「戦うためなんじゃないのか?」
「いや、そうだとしてもだよ。ここはヒミンビョルグ。要所とは言え中央から比べると辺境の方だし、剣士としての腕を試すにしても、ここにいるのは主に学生でしょ?」
「むしろ辺境の方が動きやすいんじゃないか? 中央に行くほど町の警備は厳しくなるんだから。それに学生って言っても神兵や衛兵を養成する学校だから、勝てばそれなりに自信になるんじゃないかと思うが」
 そうなのかなあ。僕は釈然としないながらも、オッテの言葉に同意する。
「ヘイム、疑問も良いが、戦いの場では戦い一本を集中するようにの」
 ユリスが囁く。
「まあ、戦ったあとにでも聞いてみるよ」
 そもそも僕は自分の力を試すために、自分の力を磨くために、今回、戦うと決めたんだ。



 彼は、時間通りに現れた。
 今回の訓練で模擬戦をするのは分かっていたので、戦闘具に身を包んでいる。
 それでもスラッとした印象は変わらなかった。その細腕のどこに剣を振る力があるのか。それともそこを含めて魔剣の特殊効果なんだろうか。
「さてと、今日、俺と戦って良い感触なら挑むんだっけ?」
 ラインはスカーレッドを抜きながら、そう確認をとる。
「うん。そうしようと思う」
「そうか、分かった。なら、女剣士と戦う余力を残せるようにしないとね。ウォーミングアップって感じかな」
 僕はそれに頷き、ユリスを抜いた。
 よし、やろう。自分のなかにあるギアを上げ、戦いの意識に切り替えていく。
「あと、後ろのは何? 増えてない?」
 ラインの声。
 僕の後ろにはスピカと、今日はリンレットもいる。リンレットは既に件の剣士と戦って負けたそうだ。今回、僕が挑戦しようとしている話を聞いてついてきたのだ。
「えーっと、立会人……かな」
「なるほど。じゃあ、やろうか」
 そう口にした瞬間、ラインは素早く踏み込んでいた。
 横一閃。
 ここ二日で、最も打ち出す回数の多かった技だ。さすがに対策も分かってくる。
 僕はスカーレッドの根元を狙うようにして、最低限の力で受けるよう試みた。衝突した瞬間、それでも鈍い衝撃を受ける。
 でも、力点をずらしているから弾き飛ばされるほどじゃない。
 僕はそのまま肩を突き出し、ショルダータックルを繰り出した。
「んっ!?」
 戸惑う様な、息の詰まったラインの声。ここ数日で初めて見せる反応だ。
 ラインは剣を胸元に引きつけて、素早くバックステップする。でも、この体勢なら多分……当たっても避けられても有利になれる。
 剣を振り上げ、ラインを追い詰める。
「すごい、すごいね、ヘイム!」
 ラインは素早くステップを踏んで、剣を跳ね上げる。
 衝突。威力が小さいはずの撫で上げの一撃。だが魔剣の重みが十分なプレッシャーとなって僕の剣を防ぐ。
 一瞬の硬直。ラインが身を翻した。
 重力に任せて下がった魔剣に、身体を回転させて振りを加える。遠心力を込めた、回転斬り。
「くぅっ」
 僕は奥歯を噛みしめる。剣はまだ衝撃に振り回されて思うようには動かせない。
 迎撃は間に合うか、いや……ここを間に合わせるために練習してきたんだ!
 魔力を励起する。
 焚火に放る枝のように、魔力を燃料とし、風の力を引き出す。
 全てがスローモーションになって推移していた。
 風の加護を得た僕の身体はつかの間の神速を得て、迎撃の一刀を打ちだす。
 これが、僕たちの出した答えだった。
 ちょっとしたきっかけが生んだ新たな力。
「そういえばさ、ヘイムは、氷窟では凄い技を使ってたよね」
 スピカがそう言ったのが始まりだった。
 彼女が言ったのは、冬休みの件で僕が使った必殺剣の事だろう。ユリスの力で、風を断つほどの魔力の刃を練り上げ、斬撃とともに放つ技だ。
 これを応用し、自身の力や剣速を一時的に高める手法を編み出したのだ。そうすれば一瞬とは言え、ラインと互角に近い戦いを繰り広げることができる。
 風の力による均衡はそう長く持続できるものではないが、使いどころを読み違えなければ十分に勝ち筋になり得る。
 そう、確信していた。
「だぁあああっ!」
 叫ぶ。無理やりの動きに、少しだけ腕が痛む。
「それだよ。その動き……面白い!」
 剣がぶつかり合う。派手な火花と、音を奏でて、全てのショックが空に放出される。
 結果、どちらも後退することはなかった。
 そのまま鍔迫り合いになり、緩やかにお互いの剣から力が抜けた。
「だめだ。これ以上やったら、だめだ……」
 ラインが剣を納め、背を向けた。
 突然の雰囲気の変容に、僕は困惑する。
「これ以上は、本気になるから。ヘイムも、とりあえずは満足だろ?」
「まあ、そう……だね」
 一応、ラインの一撃を受けて鍔迫り合いに持ち込めたし。身体も温まってきたと思う。アップとしては十分ではある。
「じゃあ、頑張ってね。ヘイム、君には期待してる」
「ああ、ありがとな」
 思うところはあるが、ラインにだって事情があるだろう。そう思い、僕は引き下がった。
「私からも、ありがとね」
 スピカも歩いてきて、お礼を言った。「じゃあついでに私からも、ありがと」と何故かリンレットも続く。
 僕は剣を納め、スピカたちに向き直った。
「じゃあ、行こうか」
「そうだね」
 噂の女剣士が現れるという時間帯も、近づいている。
「ね、ラインは見にこないの?」
 先を行っていてリンレットがふと振り向いて、問いかける。
「俺? 俺はいいよ。夜も遅いし、まあ明日、結果を聞かせてくれると嬉しいな」
 そう言って彼は寮の方へと歩いていく。それを少しだけ見送って、僕も歩き出した。
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by yamaomaya | 2012-02-11 15:25 | 小説