喜:)怒:(哀:(楽:)

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北欧剣譚ヘイムダル1.2-凶意の少女-

【3】

「おい、ヘイム。起きろ、遅刻するぞ」
 選抜会当日、僕はそんなオッテの声で目を覚ました。
「今起きる。時間は?」
「冗談だ。遅刻なんかしねーよ。開会一時間前だ」
 オッテが言って、僕は時計を見た。六時過ぎだ。観戦する生徒は八時に会場入りすればいいから、オッテには少し早い。
「ありがとう、オッテ」
「気持ちわるいっつーの。ほれ、会場を間違えんなよ」
 訓練用のユニフォームに身を包むと、オッテが選抜会の資料を胸ポケットにつっこんできた。
「もう目は覚めてるよ」僕は言って、部屋を出る。
「女神様との共闘……期待してるぜ、ヘイム」
彼は調子の良さそうな笑顔で皮肉を言った。
腰の剣が、歩く僕のリズムに合わせて揺れる。金具が音を立てて、朝の清涼な空気のなかに響く。僕は、段々と自分が集中していっているのを感じた。
戦いには負けるかもしれない。
けど、今なら何にも囚われることなく、今にこの瞬間に全力を尽くせる気がする。
選抜会の会場である闘技場につく。開始までは中の様子を窺うことはできないけど、すでに競技の準備がされているのだろうか。
僕は受付を済ませて、控え室に向かうことにした。
 控え室は、参加するトゥーマンセル毎に用意されている。僕が入ると、そこにはもうスピカの姿があった。
 僕と同じ、訓練用ユニフォーム姿だ。とは言っても、男子とはデザインは違うんだけど。
「……おはよう。調子はどう?」
彼女はアッシュグレーの髪を結わえあげながら、聞いてきた。銀灰色のユニフォームはワンピースのロングスカートで、スリットから覗く脚に少しだけドキリとする。
「調子は良いよ。少し緊張してるけど」
「そっか」彼女は微笑む。
「時間まで、話をしようよ」
 スピカがそう言って椅子に座ったから、僕もその向かいに座ることにした。
「話すのは良いけど、何を話そうか」
 僕が座って靴紐を確認しながら返すと、彼女は真剣な顔で、覗き込んでくる。
「ヘイムは、言い返したりしないの?」
「なんのこと?」
 僕は返した。靴紐を結びなおして、スピカの顔を見る。
「時々、君のことは見てたけど、ロジェスに何か言われても、何も言わないよね」
「そうだね。なぜだろうか」
 いつもそうだった。
ロジェスは僕に嫌味を言うけど、僕は何を言い返すこともしなかったし、できなかった。
「僕はね、悪の魔女の子供なんだ」
 気づけば、僕はそんなことを言っていた。
「悪の……魔女?」
「もちろん濡れ衣だったんだけどさ。魔女は焼き殺されて、幼い僕は呪われた子とかいって軟禁された。それでしばらくして旅人に引き取られて、ここに来たんたんだ」
 スピカは黙って僕の話を聞いている。まっすぐに僕の目を見て。逃げるように、控え室の隅にある棚に目を向ける。
「その時のことが、燃え果てていく母さんのイメージが頭から離れなくて、僕はずっと止まってて、忘れられないでいて、囚われてるんだ。だから、僕は何も言えない。自戒とか、そういう大層なものじゃなくて、もしかしたら全部投げ出したいだけなのかも知れなくて、そんな意気地なしだからさ。ロジェスは確かにフェアじゃない奴だけど、あいつは、自分の意思で前に進もうとしてて、その点立派でさ、だから僕は言い返せない」
 息を吸う。少しだけ気持ちが冷めていく。僕は何てことを、誰に話してるんだ。
 けど、そう思ってみても今さらは止められない。
「僕を助けてくれた旅人さん、フィキスさんって言うんだけど。父の跡を追ってみたらどうだって言ってさ。それで、ここにいるだけだ。ただ一つルーンが使えるだけの、ただ陰気なだけの奴なんだよ」
 ふわりと、良い匂いがした。
「お父さん、ヘイムダルなんだ?」
 僕は一瞬遅れて、スピカに頭を抱かれていることに気づく。
「僕が生まれる前に、死んだって」
「そっか」
 なら、きっと君にも、ギャラルホルンを受け取るだけの力が眠ってるよ。と、彼女は静かに囁いてみせる。
 そのとき、鐘が鳴り響いた。気付かないうちに、ずいぶんと時間が経った気がした。
「そろそろだね」
 スピカが僕の頭を離す。目の前に彼女の歳相応に膨らんだ胸があって、僕は急に、自分が大変な場所に顔を埋めていたんだと気づいた。
「ね、ヘイム。お願いがあるんだけど」
 スピカが言う。
僕は、自分ができることなら、と頷いた。彼女は僕の話を聞いてくれた。僕と一緒に選抜会に出るといってくれた。剣術の練習に付き合ってくれた。だから、力になるんだって。
 僕の反応をみて、スピカがユニフォームのボタンを外し、胸元を開く。
「なっ、にしてんの!」
 慌てて顔をそむけるけど、彼女の両手が伸びて僕の顔を無理やり正面に向けた。
「ルーンを刻んでほしいの。ウィン、喜びのルーン。その魔力は、試練の上首尾を示す」
 その言葉に、僕は唾を呑んだ。
「触れるよ?」長時間を遠隔で保たせるなら、触らないとだめだ。
「いいよ」
 彼女に言われて、僕は指先で一瞬だけ鎖骨の間を触る。黄色い光が迸り、ルーンが浮かび上がる。着床したのを確認して、僕はすぐに離れた。
「ありがとね」
「べつに、これくらいのこと」
 慌てて言って、僕は出入り口へ目を向ける。ちょうど係員の人が現れて口を開いた。
「ヘイムさん、スプラネリカさん、競技の時間です」



「では両チームとも、正々堂々とした戦いを主神に誓い、握手してください」
 審判が僕らを中央に整列させる。僕の前には、ロジェス。スピカの前には、赤毛のヴァルキュリア候補生がいた。
 差し出された手に応じて、手を握る。
「この衆目のなかで、君の剣を完膚なきに叩き潰してあげるよ」
 ロジェスが僕に囁いた。
「そうならないように、全力を尽くすことにする」僕は控えめに返して、手を離す。
 スピカの方を見た。そっちは一足早く握手を済ませていたみたいで、もう離れていた。
審判がスタート地点に行くように言って、僕達は歩き出す。
「何か言われた?」聞いてみる。
「今日こそ、自分のほうが私より優秀だと、証明してみせるって」
僕とスピカはアスレチックレースの東側スタート地点に立つ。同じ構造をした二つのコースが、平行に二本。西のスタート地点には、ロジェスとその相方の姿がある。
少し視線を上げた。一級生から四級生まで多くの観客の姿があって、はやし立てている。
 僕は目を閉じて深呼吸した。
「競技を始めます」
 審判が、ホイッスルを鳴らす。
「行こう」「うん」
 短いやりとりを経て、僕らは走り出した。
 身長ほどある壁にサイドを囲われたコースをまっすぐに走る。しばらく行った先に壁は見えるものの、今は何のひねりも無い直線だ。
「……! 横からくるわ!」
 並走するスピカが言うが早いか、壁に穴が空いて、炎が噴出し始める。左右交互に噴き出すのだろうか。予想をして、それに備える。
 炎は激しく噴出するけど、それでも僕らには届かない。これで第一関門は突破だろうか。
そう思った頃、壁の前に到着した。他に道はない。登らなければならないらしい。
 注視する。一見して絶壁だが、あちこちに足場があるのが分かった。
「先に行くよ」
 僕は言って、壁を登り始める。
 ふと横を見た。今は壁がないから、向こうのコースの様子も見える。
早い。向こうはもう二人とも壁を登り終えていた。
レースと模擬戦の両方の結果を鑑みるとは言っていたけれど。
 ……やっとのことで登り終えると、そこには柱に括りつけられたロープがあった。
「スピカ、掴まって!」
 僕がロープを下ろすと、苦戦していたらしいスピカも難なく上がってくる。スピカは一瞬だけ西側コースに目を向けた。
「大分……離されてる」
「どうにか追いつかないと」
 僕は先を見る。一見、何の仕掛けもないチェス盤のような模様の足場だけど、登ってきた高さを考えれば下に何かが隠されていても可笑しくはなかった。
「とにかく、注意しながら進もう」
 僕は言って、先行する。
 一歩、何もない。二歩、
「うわっ!」
 突然、床が落ちた。僕は間一髪のところで後ろに倒れる。
「床が抜ける罠……法則はあるのかな」
スピカが言うから、僕は近くのタイルを片端から触れてみた。
「……黒は、落ちるか」
「そうだね、私もそう思う」
 タイルの黒い部分だけが落ちていった。僕はスピカと頷きあって、走り出す。
 仕掛けを探ってる間は、どうしても追いつけないけど、解き明かした後なら急ぐことができる。
 僕はロジェスたちの方を見た。コースは先で再び窪んでいるらしく、ロジェスたちの姿は見えない。相当、先を行ってるってことだろう。
「ロジェスに知恵で負けてるつもりは、ないんだけどな」
 仕掛けを解くまでは、走り出せない。それは向こうも同じはずだから、ロジェスたちは、こちらより遥かに早く仕掛けを解いていることになる。
「大丈夫だよ。今できる全力で頑張ろう」
 そう、スピカが言って、コースは下り坂になる。瞬間、後ろで大きな音がした。
「なっ!」
 巨大な岩の球だった。転がり始め、こちらに迫ってくる。
「ハガル! 敵を閉じ込めて!」
 彼女が身体を反転し、岩に向かい合った。そうして彼女が腕を払った瞬間、岩は氷柱に封じられて、床に固定される。
「……長くは保たないわ、急ぎましょう!」
 そう暑い時期ではないけど、それでもそのうち氷は溶けてしまう、と彼女は言う。
 僕は頷いて、再び走り出した。
「これで四つだっけ?」ゴールを阻む障害は全部で五つだ。
「うん、障害は……あと一つだけね」
 数メートルほど走ると、辺りに霧が立ちこめ始める。
思わず立ち止まる。これは……ルーン魔術の一種だろうか。そう思いながら、僕は歩き始める。スピカもあとをついてきた。
「ゴールはどこかな」
「霧が出ているとは言っても、競技場の中だもの。すぐそこにあるはずよ。きっとね」
 そんなやり取りをして僕らは歩くけど、ゴールにつく気配はない。ロジェスたちがそろそろゴールするのではないかと、焦りばかりを感じた。
「……決まりだよね。これが最後の関門だ」
 僕が言うと、スピカは、ええ、と頷く。
「きっと、水のラーグと、循環を示すダエグのルーンによる力ね。霧によって、私たちは進むべき道を見失い、同じ場所を繰り返し歩かされている……」
「どうすればいい?」
「私たちには対抗できるルーンは無いわ。魔力の源を断って、解呪しないと」
 刻んであるルーン本体を探せば良いってことか。僕は魔力の流れに注意しながら、辺りを探し始める。すると、霧の向こうからカサカサと、音が聞こえた。何の音だろうか。
「この音は何?」
 口にすると、彼女は僕の方を見る。
「気をつけて……囲まれているわ」
「何に?」
 スピカが剣を出して、霧の向こうを剣で指し示した。
 霧の奥。そこから、バラみたいに鋭い棘のついた蔓(つる)が、這ってきていた。
 瞬間、蔓はシャーッと地面を素早くはしる。
「くっ!」
 スピカが剣を振るい、蔓を切り落とした。だが、それが皮切りになって四方八方から蔓が伸びてくる。量も多い。
「ハガル! 四方の敵を撃って!」
 僕の剣や、彼女が飛ばす雹でも対処しきれなくなり、そして、
「きゃあっ!」
 スピカが悲鳴を上げた。蔓に足をとられ、身体を拘束される。棘がユニフォームを裂き、地面に引き倒された彼女は霧に肩を晒す。
「スピカ、大丈……っ!」
 叫んだ瞬間、僕も地面に倒されていた。
 抜け出そうとするけど、強く絡んだ蔓からは逃れられそうもない。無理だ。
 手も拘束されて、立つことすら出来ず、スピカも身動きがとれない。
 ビィィと、棘が布を裂く音が聞こえた。
「ひっ」
 スピカの怯えるような声。思わず目を向ける。
 彼女は何とか動くらしい右手で、胸元を隠している。キラリと黄色いルーンの光が見えて、彼女の胸元が露になったんだと気づいた。白い肌と膨らみに見惚れかけたけど、直ぐにハッとして考えなおす。
 このまま待っていれば、そのうち競技終了になって誰かが助けに来てくれるだろう。
 だけど……と、僕は胸を押さえてじっと目を閉じているスピカを見た。
 僕にも何か、何か、できることはないだろうか。
「痛っ」
 蔓が、僕の胸の辺りを掠める。ポケットが破れて、選抜会の資料が宙を舞った。
 資料の裏には、オッテの書いたシゲルのルーンが書かれている。
 これが本当のルーンだったら、僕が思った瞬間のことだ。
紙は激しく燃え上がり、一瞬で僕らを拘束する蔓だけを焼き払っていた。
 僕は一瞬だけ呆気にとられるけど、すぐに立ち上がる。もちろん驚きもあった。でも今は、助かったって気持ちの方が大きかった。
僕はスピカに駆け寄り、上着を脱いで彼女にかけてあげる。
「もう大丈夫」
 スピカが目を開けた。僕の指差す先にあるシゲルのルーン、燃え盛る炎の珠を見る。
「……霧を晴らす光、夜の終わりを告げる復活のルーン……」
 彼女は呆然とつぶやいた。
 それと同時に炎の珠は激しく燃え上がり、霧が晴れていく。
 ホイッスルが鳴り響く。顔をあげると、そこはちょうどゴール地点となっていた。僕が応援席を見渡すと、最前列に陣取っていたオッテと目が合う。
彼はウィンクして、貸し一だぜ、なんて伝えようとしているような気がした。
読めない奴……。僕は落ちていた剣を拾って一振りしてから、鞘に収める。
「これでアスレチックレースは終了です。小休止をはさんで、模擬戦を行います」
 審判が近づいてきて言った。ということは、やっぱりロジェスたちは僕らより早くゴールしたんだろうか。
黙る僕と、下を向いたままのスピカを、係員の人が誘導する。その先は、模擬戦場のはずで、すでにロジェスたちが待っているはずだ。
僕は隣でうつむいている彼女をつっついた。
「スピカ」小声で呼ぶ。
「なんだか、ごめんね」彼女は答えた。
「なんで謝るの?」
「肝心なときに役に立てなかった」
「僕も役に立たなかったよ。あれは友達が書いたルーンだし」
 僕もびっくりしているけど。
「とにかく、まだ反省するような時間じゃないよ」僕は言う。
 自分に言い聞かせているような気もする。むしろ本番はここからだって。
 スピカは僕を見て、微笑んだ。
「ありがとう、ヘイム。頼りになるね」
 照れてしまって、僕は少し小走りになって模擬戦場のサークルの中に入った。
「おやおや、既に傷だらけじゃないか。そんなので俺と戦うのか?」
 二メートル。たったそれだけの間隔をおいて、ロジェスが立っていた。
彼は訓練用のユニフォームにも、肌にも、一切傷をおっていない。それに、その後ろに立った赤毛の少女も同じく少しも怪我なんてなかった。
僕は不意に、私も……実力がある人だとは思ってる、というスピカの言葉を思い出した。
「このくらい、関係ない」
 それでも僕は強がってみせる。僕もスピカも、全快とは言い難い状態だったけど。
「では、模擬戦を始めてください」
 審判が口にし、ホイッスルが高らかと鳴り響くと同時、僕は右手で剣の柄に手を掛けたまま突撃した。
「くっ」
 ロジェスの慌てるような声がする。そのはずだ。ロジェスはまだ剣を抜いていない。
 理由は簡単だ。ロジェスが、僕より剣を抜くのが早い自信があったからだ。
 僕はそのまま右肩からぶつかる。ロジェスは体勢を崩して、完全なノーガードだ。
 剣を抜いた。左から横薙ぎにする。足に踏ん張りをきかせ、腰の回転から鋭くロジェスのわき腹を狙った。
「ヘイム!」
 しかし、スピカの声を聞いた次の瞬間、吹き飛ばされていたのは、僕の方だった。
 なんとかバランスをとって、転倒を防ぐ。腕を見ると、なんとユニフォームのアンダーウェアが燻っていた。顔を上げる。
「どうだ、彼女の炎のルーン、ケンの味は」
 体勢を立て直し得意げに語るロジェス。その後ろで赤い魔術の光を纏う少女の姿もある。
 ケン。〝く〟の字のようなルーン文字が示すのは、炎や灯りといった意味だ。その力を使って僕を熱風で退けたんだろう。
「この力にはね、スプリネリカの、ハガルのルーンを抑制する効果もあるのさ」
 ロジェスが言いながら、上段から剣を振り下ろしてくる。僕はそれを何とか剣の腹で受けるけど、激しく剣がぶつかり合って手が痺れるのを感じた。
「炎は氷を溶かし、新たなる可能性となる……氷はそのための要素でしかない」
 そのまま僕を叩き潰そうとするロジェス。
 それを押し返そうと必死に力をこめる僕。
 僕はちらりと後ろを向き、スピカに合図を送った。彼女のルーンが三十センチほどもある氷片を作り出し、ロジェスに飛ばす。
 だがその攻撃も、奴の言う通り、まったく意味を成さなかった。
 ロジェスに当たる前に、その全てが溶けていってしまう。もはやスピカからの助けは期待できなかった。
 もう、自分でやるしかない。僕は渾身の力で剣を押しのけ、後退する。
「ふふん。距離をとってみたところで、君に何かができるわけでもない」
 僕は黙ったまま、手汗を拭って剣を握りなおした。
 例えそうだとしても、やってみるしかない。
 僕は、スピカに顔を向けた。スピカは、自分のルーンが届かないことを悔しく思っているだろう。僕も、だ。
 僕もまた、自分の力不足を痛感している。
「余所見をしている暇はないぞ!」
 ロジェスが剣を肩に担ぐような構えで、迫ってくる。
 僕はそれに合わせて剣を振り上げた。ロジェスの右肩から放たれる斬撃は、右からの薙ぎ払いだと限定されている。脇を締め、そこに合わせて剣を叩きつけるようにする。
 けど、そこで頬にちりちりと熱を感じた。
「くそっ」
 体を後ろに反らせる。さっきまで僕がいた場所に大きな火柱が立っていた。
「まだだぞ、ヘイム!」
 ロジェスが、剣が、僕の胸に迫っていた。
 なんとかガードするけど、崩れた体勢では踏ん張りが利かなくて僕は倒れてしまう。
 地面に背を打ちつけ、肺のなかの空気が押し出されるのを感じた。
「これで終わりだ!」
 仰向けに倒れた僕を跨ぐようにして、ロジェスが剣を振り下ろそうとする。
 ここまでなのか……諦めかけたその時、

「勝ちを確信した瞬間、きっと相手は隙をつくるわ」

 剣の練習をしていた時に言ったスピカの言葉が、僕の脳裏に響いた。
 僕は、とっさ左手でロジェスの足を払った。
「なにっ?」
 そいつは慌てて半歩後退する。
 僕はその間に立ち上がり、剣を構えた。右から、上に掬い上げるような型だ。

「その隙をつくことができれば、反撃は必ず成功する」

 ロジェスが慌てて僕の剣に応じ、互いの剣が衝突する。
 だけどそれは一瞬だ。
 僕は、この瞬間だけは負けない。腕を跳ね上げ、ロジェスの剣を弾く。
 なぜならこれは、防御と攻撃を兼ね備えたヴァルキュリアの剣術だからだ。スピカと練習した二週間で完成させた、必殺剣が決まる。
 ロジェスの手から剣が離れ、宙を舞って後ろに刺さった。
 赤毛の少女が見えた。突然の状況の変化に反応し切れていないみたいだった。
 息を止める。
 彼女がルーンを使うより先に、勝負を決める!
「うおおおおおっ!」
 跳ね上げた腕を引き戻し、剣を上段から振り下ろした。
 もう、ロジェスの回避も、炎のルーンでさえも間に合わない。
首元に、鋭く剣を突きつける。
「そこまで!」
ホイッスルが鳴り響いた。わぁっと会場が沸き、拍手や歓声が巻き起こる。
僕の、いや……
「僕とスピカの、勝ちだ!」
 気づけば、僕は思いっきり叫んでいた。
「ヘイム!」
 嬉しそうな声に、僕は振り向いた。
スピカが胸に飛び込んできて、腕を背に回してくる。
「よかった……勝ててよかった」
「うん」僕は返し、人目も気にせず抱きしめ合っていた。




【4】

「ちっくしょー、本気で妬ましいぞ、お前!」
 競技の前に使っていた控え室の前で、僕はオッテにからかわれていた。早く中に入ってオッテから逃げたいけど、それはできない。ユニフォームが破れているから、制服に着替えないと落ち着かないと、スピカが言い出したのだ。
 僕が上着を貸したとはいえ、その下は素肌のままなんだから当然だけど。
「……僕だって大変だったんだから」
 そういうわけだからオッテに付き合って僕は言うけど、
「そんな苦労、堂々とスプラネリカさんと抱しめ合えるなら無いも同じだ!」
 なんて言われて一蹴される。
 どう答えれば納得してもらえるんだろう。頭を抱えていると、中から声がした。
「ヘイム。もう大丈夫」
 助かった。
僕は控え室に入ろうとして、オッテに言っておかなければならない事を一つ思いだした。
「オッテ、助かったよ。ありがとう」
「ん?」
 オッテは、なんの事だか分からない、みたいな顔をしてみせて。
「痒いっつーの、さっさと中に入れ」直ぐに僕の背を押した。
 僕にはその声が、少しだけ照れているような気がした。
 控え室のなかに目を向ける。
「初戦、終わったね」
 スピカが椅子に腰掛けていた。競技前と同じだけど、制服姿だったから、戦いが終わったんだって実感が湧いてくる。
「どうだったかな。どっちが、勝ち上がるだろう」
 彼女の言葉に、僕は「わからない」と答えて向かいに座る。
 確かに、模擬戦では勝った。だけどレースでは被害的にも時間的にも、ロジェスたちが数段上だったから、総合的な判断となると、どう転ぶか分からなくなる。
「正直言って、僕は、もう満足している気がする」
 そうして僕は、今、自分の中にある気持ちを口にしてみる。
 スピカに聞いて欲しかったし、今なら言える気がした。
「僕は、過去に囚われてて、剣も弱くて、ルーンだって戦いには役に立たなくて、人付き合いも苦手で、陰気な奴だった。フィキスさんに言われて、なんとなくヘイムダルを目指しているだけの準一級生だった」
 右手を開いて、そして閉じる。
「だけど、スピカは僕の話を聞いてくれた。僕と一緒に選抜会に出るっていってくれたし、剣術の練習に付き合ってくれた。まだ結果は出てないけど、競技のときは、今、この瞬間に全力を尽くせた気がした。自分の力不足を痛感したけど、これから頑張れる気がするんだ、だからその……できればでいいけど」
 僕は唾を呑んだ。競技の前も、こうやって彼女にどぎまぎさせられたような気がする。
「僕と一緒にいてほしくて」
 言い切った。
スピカは無言で、膝の上に載せていた僕の上着をもって立ち上がってしまう。
だめか。
そりゃあそうだ。
彼女には、もっと強い人がふさわしい。
「私もだよ」
 けれど、彼女はそう言って、僕に上着を羽織らせた。その言葉と、僕を包む甘い香りに思わず顔を上げた。スピカの両手が僕の肩にのっていて、重みを感じる。
「本当はね、ヘイムが夜になるとあの丘に登って、ルーンの練習をしていたこと、ずっと前から知ってたの。ヘイムの名前も、級も、寮生だってことも知ってた」
「どうして」
 僕は聞いた。スピカは頬を僅かに赤く染めて、はにかむ。
「貴方のルーンに憧れてたの」
 ゆっくりと、彼女は確認するように言った。
「どんなに礼儀正しくしていても、どんなに強くても、どんなに善行を重ねていても、私のルーンは凶意でしかないから。それで、あなたの喜びのルーンが眩しくて、それで、少しだけ羨ましかった」
 スピカは、胸元に手をあてる。ちょうど、鎖骨の間あたり。僕がルーンを刻んだ場所だ。
「だから、今は凄く暖かくて、ラッキースターの力を分けてもらえる気がする」
「ラッキースター……?」
「ハガルに込められた、もう一つの力。それは〝凶意を退ける力〟よ。今までずっと使えなかった力。それが今なら使える気がする」
 彼女は腕を伸ばして、僕の顔を優しく手のひらで包んだ。
「ヘイムに一緒にいて欲しい」
 彼女の手が暖かくて、僕も堪えきれなくなって手を伸ばして、スピカを抱きしめた。
最初は守ってくれて、それから頼ってくれて――今は腕の中にあって、そんな彼女は、思ったよりもずっと小柄で柔らかい。
 スピカが静かに目を閉じて、僕は優しく唇を重ねた。

凶意の少女・・・了

★☆★☆★

1年前に書いた作品ではありますが。
まずは一編。読了THX!

北欧神話の世界をベースに書いた(つもりの)正統派ハイファンタジーです。
……って先生が言ってた。
学校の小説課題(短編指定)で書いた奴なのでサクッと小さくまとまってます。

俺たちの戦いは……これからだッ!
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by yamaomaya | 2012-02-11 15:15 | 小説