喜:)怒:(哀:(楽:)

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//北欧剣譚ヘイムダル ■1.1 ■1.2 ■2.1 ■2.2 ■3.1 ■3.2

北欧剣譚ヘイムダル1.1-凶意の少女-

【1】

 その瞬間、手に痺れがきたかと思うと、僕は剣を手放してしまっていた。
「くっ!」
 すぐに手を伸ばして落ちた剣を拾おうとするけど、僕の首に、剣が突きつけられる。
もちろん、それは訓練用の剣だから刃はつぶされてはいるけど、僕は冷たい汗が背を伝うのを感じた。手を止めて顔を上げる。
「くくくっ、お前みたいなのが俺と同じ等級にいるとは、まったく度し難いよ」
 剣を突きつけてきているのは、僕とそう歳の変わらない少年だ。訓練用のユニフォームに身を包んでいて、エリート臭がする高慢そうな顔には笑みが張り付いている。
「へっ、やっちまえよ、ロジェス」
「ロジェス! ロジェス!」
 辺りには同じように訓練用の服に身に包んだ生徒たちがいる。そいつらは、僕に剣を突きつけて得意げな顔をしているロジェスの名を繰り返しコールし始めた。その様は、少し前に授業で見た、下界の剣闘士をはやし立てる観客の様子にそっくりだった。
「さてと、そういう展開が望まれているようだから、優秀な俺としては期待に答えないわけにはいかないな!」
 そいつが剣を空に掲げると、わっと周りの奴らが歓声を上げた。九十センチの刀身が天を突く。典型的なロングソードだ。あれで叩かれたって、痛いに決まっている。
 僕は思わず目を瞑った。
だけど、いつまで経っても痛みはこなかった。
「何のつもりかな、スプラネリカ」
 苛立ったようなロジェスの声が聞こえた。僕は恐る恐る目をひらく。
「何のつもりって……あなたこそどういうつもりなの?」
 僕を守るように、一人の女の子が立っていた。背を向けていて顔は見えないけれど、少女の髪は綺麗なアッシュグレーで、真上にある太陽の光をキラキラと返している。
「貴方が、戦意を失った者に対して不当な攻撃を与えるというのなら、主神の名を汚すものとして許さない」
 少女は強い口調でロジェスに言う。それと同時、どこかから鐘が鳴り響いた。
「ちっ、……訓練時間も終わりだ。続きはまた今度だ、ヘイム」
 ロジェスは言い残して、去っていく。周りの奴らも、ぞろぞろと訓練場を後にした。
「……ヘイムって言うの?」
 少女が言いながら振り向いた。そして、まだ芝生に腰を落としている僕に笑いかける。サイドに流した前髪を手で押さえ、少し腰をかがめて僕を見つめた。水辺の精霊のように整った顔立ちで、笑みには清楚な雰囲気があった。
「良い名前だね」
 四方を赤レンガで囲まれた訓練場に、少女の声が響く。白い制服を着た彼女は、おそらくヴァルキュリア候補生なのだろう。
訓練校ヒミンビョルグには、神兵であるヴァルキュリアの候補生と、世界をつなぐ橋ビフレストからの敵襲を知らせる衛兵の候補生がいる。ヒミンビョルグの女子は前者、男子は後者にあてはまるから、目の前の少女が教官でない限りは、ヴァルキュリア候補生ということになるのだ。
「ありがとう。みんなには、よく名前負けしてるって言われるけどね」
 僕の名前であるヘイムは、ビフレスト衛兵長の役職名であるヘイムダルから来ているのだ。さっきみたいにロジェスに好き勝手いわれたりするのは、その影響でもある。
「そう。まあ、私も授業があるし、いつも助けられるわけではないから」
 少女は言って、そばに落ちた僕の剣を拾う。それを綺麗に一回転させると、柄の方を差し出してきた。
「貴方もギャラルホルンを目指してるなら、あんな人たちに負けないようにね」
 少女は笑って、歩み去っていく。指定の白いミニスカートが揺れるのを僕は黙って見送っていた。
「ヘイム……」
 不意に後ろの方から声がかかる。振り向くと、そこには僕の悪友であるオッテがいた。訓練用の剣が入っている木箱から首だけ出している。
「訓練の途中から姿を見なくなったと思ったら、そんなところにいたの?」
 呆れた危機回避能力だった。
「もう、いないよな」
 その問いに頷くと、オッテは剣箱から出てきた。そして僕に近づいてくる。凄い勢いで。
「それよりよ、お前、なに? スプラネリカさんと知り合いなの?」
「いや違うけど。どうかした?」
「違うのか、まあ……そうだよな。あのスプラネリカさんだし」
 オッテは勝手に納得すると、先に訓練場を出ようとする。僕はその背を追いかけた。
「待て、待て、そのスプラネリカさんってどういう奴なんだ?」
「どういう奴って。お前が思った通りの人だと思うよ。ヴァルキュリア候補生で、準一級。弱い者いじめを許さなくて、あの高慢なロジェスお坊ちゃんでさえ退ける優秀な女子さ」
 オッテの隣に並ぶと、彼は僕を見た。
「容姿端麗だし、それでもってルーン魔術の使い手だって言うんだもんな」
「なるほどね。そんな人に助けてもらえたなんて光栄だよ」
 僕が言うと、オッテはずいっと顔を近づけてきた。
「そうだよ。羨ましいぜ。ヒミンビョルグの女神ってやつだぜ、隠れなきゃ良かった」
 ……ずっと隠れてろよ。
 僕はそう言いたかったけど、口にはしないことにした。スプラネリカさん、か……僕は積極的に人と関わらない方だったから、学校の有名人とかには詳しくなかったんだけど。
「確かに、人気があるのも分かるかな」
 オッテに聞こえないくらい小さく呟いてみる。



 神々の世界に聳(そび)え立つ訓練校ヒミンビョルグ。そこは、主神に仕える神兵ヴァルキュリアを志す少女と、虹の橋ビフレストを見張る衛兵を目指す少年が集まる場所だ。そこで僕らは武術の訓練や、座学など、様々な勉強をしている。
 そうして、特に男子は、ヘイムダルを目指す。衛兵長の証であるギャラルホルンを、主神から受け取って、限りない栄誉を与えられるために。
 スプラネリカさんにあった日の夜。僕は学校の近くにある丘で、月を見ていた。
 ヒミンビョルグはそれなりに辺境だから、中央から来ている人たちは毎日毎日、移動が大変そうだけれど、僕は寮生なのでその点の心配はない。多少夜更かししても平気だ。
「さて、いつも通り練習しますか」
 手にしていた杖で地面をつく。毎日……とは言えないけど、僕は定期的にルーンの練習をしている。母が魔女だからなのか、生まれつきただ一つだけ、ルーンの力を持っている。
 ウィン。喜びの意味をもつルーンだ。光が瞬き、地面に黄色い図形が現れる。
尖った〝P〟のように見えるその図形が、ウィンを示すルーンだ。
「ヘイム?」
「!」
 突然声をかけられて、僕は振り向いた。集中力が途切れ、ルーンが消える。
 夜の闇。月の光のしたに、微かに少女の姿が見える。藍色のロングのワンピースに、白いカーディガンを羽織っていた。近づいてきて、姿が見えるようになる。
アッシュグレーの髪。
「もしかして……スプラネリカさん?」
 僕が言うと、彼女は笑う。
「うん。ヘイムって、ルーンが使えたんだ」
 彼女は感心したように言うけど、僕は首を振る。
「そのお陰でこの級にいるようなものなんだけどね」
 年二回ある審査で一定のランクを得なくては、等級が上がらない。それは何年在籍していようが、等級が上げられない奴は神兵や衛兵になれないってことだ。
 僕は、あの気障で高慢なロジェスに勝てないほど弱いけど、ルーンを持つという点を買われて、なんとかこの等級にいる。準一級。一級になれば、採用試験だ。
「そっか。ヘイムのルーンは、どんなことができるの?」
 そう聞かれて、スプラネリカさんがルーン魔術の使い手だということを思い出した。
「ウィン。攻撃にも防御にもならない、よく分からないルーンだよ」
「喜びか……綺麗なルーンだね」
 彼女にそう言われて、僕は肩をすくめる。それは、綺麗か綺麗でないかと言われれば綺麗だけれど。それはルーン魔術全般に言えることだ。
「スプラネリカさんは?」
 聞いてみる。
「ハガル」彼女は答える。
「雹(ひょう)――。凶意のルーンだよ」
 その声色は少しだけ沈んでいるようにも思えた。
凶意。まあ、彼女にあったばかりの僕が思うのも難だけれど、スプラネリカさんには合わないルーンかなと、少しだけ思った。昼間、僕を守ってくれた彼女の背中には、凶意のルーンが宿っているとは思えなかったのだ。
「雹、か。やっぱり、飛ばして使ったりするの?」
「……必要に迫られればね。破壊することに関しては、私のルーンは少し強すぎるから」
 手軽には使えないってことだろうか。
「それより、ヘイムっていつもルーンの練習してるの?」
 スプラネリカさんが顔を空に向けて、僕に聞いてくる。僕も空を見た。
「いつもじゃないけど、それなりにね」
 ルーンを買われている。となれば、多少はルーンを練習しておくのが筋だろうから。
「どんなに発生速度を高めても、効果範囲を広げてもみても、結局、僕のルーンには喜びの力しかないけど」
 人の心を癒し、つかの間、健やかな気を与えるだけのルーン魔術だ。
「……じゃあ、私も一緒に練習していいかな」
 彼女は、僕の顔を伺うようにして言う。
 その言葉で、僕は呆気にとられる。一瞬、言葉を失くしてしまった。
 スプラネリカさんが何を考えてるかは知らないけど、女の子から「一緒に練習しよう」なんて言われるようなことがあるとは思わなかった。
 訓練だけに一生懸命になってきた。友達という友達はオッテだけだ。そんな僕が。
夜風に、少しだけ森の匂いを感じた。スプラネリカさんは首を傾げる。
「だめ?」
「だめじゃないけど」
 きっと一緒にやる意味なんて無い。思ったけど、僕は言葉を続けることができなかった。
「ありがとう、ヘイム」
 彼女が笑っていたから。
 なんで笑うの? なんで嬉しそうなの?
 なんで、僕は……彼女の笑顔を見て安心しているんだろう。
「スプラネリカさんは、」
僕が聞こうとすると、彼女が僕に人差し指を立ててみせる。
「スピカって呼んで。親しい人は、そうやって呼んでいるから」
 急に気恥ずかしく感じて、僕は少し迷ってから喉から出かけた疑問を引っ込めた。


【2】

 燃えている。
 ビフレストとは離れたとある森のなかだ。そこには一軒だけ、古びた小屋があった。
 僕は燃え盛る森と、小屋を見下ろしている。
またこの夢か。度々この夢を見る。宿命を司るウルド神の嫌がらせかもしれない。いや、会ったこともない女神様のせいにしてみても、この夢が消えるわけはない。
 僕がこの夢を見るのは、僕が過去に囚われている証拠なんだ。
 燃えている。赤々と、明け明けと。
 夜の帳を燃やし尽くすように、僕の幼少期が、そこで焼却していた。
 母は魔女だった。優秀な魔女だ。ルーン魔術に長け、調薬を得意とし、自分なりの正義を掲げていた。父はヘイムダルだった。巨人族との戦いで、僕が生まれる前に死んだらしく、絵画でしか見たことが無いけれど。
 母と僕は、森のなかで静かに暮らしていた。
 だけど、母は悪い魔女に目をつけられてしまった。そいつは、母の能力を妬み、その正義を疎ましく思ったらしい。そして――母は謀殺された。
母の作った薬を、悪い魔女が毒とすり替えてしまった。
たくさんの人が亡くなって、それは全部、母のせいになった。被害を受けた人たちは、結託して、母と僕の家を……〝悪の魔女の家〟として燃やしてしまった。
 家のなかにいた僕は、そのまま焼き殺されるところだった。助けてくれたのは母だ。
 小屋は炎につつまれて、屋根を落とす。その中から、火だるまになった女性が現れた。
「こんなもの、見せるな!」
 僕は叫んだ。けれど無駄だ。どんなに叫んでも、ベッドの上の僕は目を覚ませない。
 僕は、この過去に囚われている。どんなに明るく振舞ってみても、必死に訓練してみても、結局は、動けない。
 女性は小屋から出て、炎の届かないところまで、覚束ない足取りで進んでいく。
 腕には、黒く焦げた毛布の塊。薄緑の光を放つそれは、エオローとベオークの魔術がかかっていた。つまり、守護と再生のルーンだ。
 僕は、その毛布の中にいたらしい。後で聞いた話だが。
「やめてくれ、誰か、僕を起こしてくれ……」
 火だるまの女性が、僕に迫ってくる。助けてくれと懇願する。熱い。炎が僕を焦がす。
悶えるような声。苦しげにさ迷う指。だけど、僕には触れられない。
 助けられない。
助けられないんだ。僕は、無力だから。



「大丈夫か、お前。大分うなされてたぞ」
オッテの心配そうな顔が目の前にあった。少し頬が痛いのは、彼が叩いて起こそうとしたからだろうか。
「大丈夫だよ。時間は?」
「さっさと準備すれば間に合うだろ」
オッテは深くは追求しない。ルームメイトである彼は、僕がうなされているのを幾度となく見ているというのに。
確かに僕は楽だ。無駄な過去を明かさずに済む。だけど、彼はどう思ってるだろうか。
 僕は身支度を整えて、寮を出た。
 今日の朝礼は確か、重要な告知があると言っていたはずだ。僕とオッテが講堂に入り列に加わると、ちょうど朝礼が始まるところだった。
 訓練校の教官長が台にあがり、僕らを見渡す。生徒たちが微かにざわめくのを、教官長は視線だけで黙らせる。初老ながら覇気は現役に劣らず、過去にはヘイムダルを拝命していたこともあったらしい。
「未来の神兵を目指す淑女諸君、未来の衛兵を目指す紳士諸君。日々を訓練とし、訓練を糧とし、常に切磋琢磨している訓練生諸君。今日は、一つ、重大な発表がある」
 そういって、教官長は表情を厳しくする。
「先日ヘイムダルより、巨人族の挙兵の兆しを察知したという報が入ったのは……既に知っているものと思う。その規模たるや幾千を超すともつかない」
 講堂がしんと静まり返る。普段は多少の雑談はあるけれど、今回の件にいたっては、みな沈黙を守るばかりだった。
「もし、今回の巨人族の襲撃によって中央への侵攻を許すことがあれば、それは、神の落日――ラグナロクと直結するものとみて間違いないだろう。主神オーディンが、巨人族の師団程度に遅れをとるとは到底考え得ないことだが、決して覆せないものの数というものがあることは、指揮官訓練をしている準一級以上の者には既知の通りである」
 戦争でも始まるような雰囲気を醸す教官長に、暖かな日差しも冷たく感じる。
「例年通り、あと一月で、一級生の採用試験会が実施されるが、今回は戦力の増強を第一として特別に、高い能力を持つ準一級生からも選抜を行う」
 ざわめく。
 突然の告知にざわめくのは、主に対象となる準一級生だ。僕の後ろで、オッテも意味のない呻き声をもらしている。
 僕は首を動かして、女子の列の方を見た。スピカも準一級だったはずだ。彼女は、今回の決定についてどう思っただろうか。だけど、前の方にそれらしいアッシュグレーが見えただけで、表情を見ることはできなかった。
「静粛に。選抜試験は二週間後だ。それを通過した者だけが、採用試験会へと参加することになる。内容は、この後で配布する資料を参照するように。選抜会への参加は自由だが、諸君らの積極的な参加を期待する。……以上だ。朝礼を終わる」
 教官が資料を配り始める。その様子を見下ろしてから、教官長は台を降りていった。
「おい、すごいことになったな。ヘイム」
「そうだね」
 僕はいち早く講堂を後にする。もちろん資料なんてもらってない。
「なんだよ、なんだよ。他人事みたいに、あ、そこ、余ってるならこっちに二部くれよ」
 後ろでそんなやり取りがあってから、オッテが慌てて追いかけてきた。
「ほれ、もっとけって」
「いらないよ。もともと僕には、準一級すら大げさなくらいだし」
 そういうのはね、悔しいけれど、まだロジェスの方が適役なの。
 実力もそうだけど。
なにより、僕みたいな過去にばかり囚われた奴には、そういうのは似合わない。
「もちろんオッテにもね」
「なっ! そりゃあ、そうかも知れないけどなぁ、ったく」
 ぶつくさ言いながら、オッテは持っていた資料を二部ともポケットに突っ込んだ。
「ま、必要になったら言えよ。持っててやるから」
 せいぜい入れたまま洗濯班に出さないように気をつけてくれ。
 僕は心のなかで少しだけ笑った。今日は武術訓練はない。だから、ロジェスが変に絡んでくることもない。

 その夜、僕がいつもの丘に行くと、そこにはすでにスピカの姿あった。
 昨日みたいな格好ではなく、彼女は制服姿のままだった。僕の姿を見つけ、微笑みかけてくる。足元にルーンを展開させたままで、「こんばんは」なんて、普通に挨拶してきた。
 僕は彼女の集中を乱さないように会釈だけ返して、その様子を見る。
 彼女はライトブルーの光を散らしながら、周囲に氷のつぶてを浮かべている。逆巻く魔力の色は、スピカの髪の色とあっていて、とても綺麗だ。
 彼女がゆっくりと手をかざすと、氷の欠片は前に整列する。スピカが手を下ろす。一瞬。キュンッと金属を掻くような音とともに、つぶては飛びだしていた。
「すごいな」
 情けないことに、僕はそうとしか言えなかった。
 だけど、僕のルーンを考えたら、スピカのそれは凄いとしか言い様がない。
「ありがと。これがね、私のルーンの一番簡単な使い方」
 それは、ハガルそのものといって差し支えない魔術だった。
「……スピカは、選考会に出る?」
 そういえば、と思い、聞いてみる。学校の誰からも認められている優等生である彼女はきっと、出るつもりなのだろうと思う。
「多分」
 彼女は、ぼかすように、そう答える。
「私、ロジェスに誘われてるの」
 僕はその名前を聞いて、少し頭がくらっとした。
ロジェスが、スピカを? そう考えると、なぜか気分が悪くなる。
「神兵候補生と衛兵候補生、二人一組でエントリーしないといけないから」
「ロジェスではスピカとつり合わないよ」
 そんな言葉が口をついて出てしまうけど、スピカは困ったように笑うだけだ。
「そう思わない人もいる。私も……実力がある人だとは思ってる」
 彼女は言った。ショックだった。脳裏に、僕に剣を突きつけて高笑いするロジェスが浮かんだ。無意識に頭を振る。横に、強く。
「あいつと組むべきじゃない。あいつは、フェアじゃない奴だ」
 珍しく、感情的になってるのを自覚した。ロジェスに馬鹿にされたって動じないのに。
「だからといって、断れないんだよ。ロジェスは、力をもつ家の息子だから」「……」
 彼女はその場に座った。ぺたり、と。これまで僕に見せてきた毅然とした態度とか、次の動作を考えられたような、訓練された動きではない。
 不意に歳相応の女の子みたいに見えて、そこには本当の〝スピカ〟がいるように思えた。
「ねえ――」
彼女は上目遣いに僕を見た。ドクンと心臓が跳ねる。
 夜中の、ひとけのない丘。当たり前だけど、僕とスピカは二人きりだ。そんなことを今さら痛感する。それで、凄く動揺した。
「一緒に選考会に出てほしいの。……そうしたら、ロジェスと組まなくて済む」
 スピカは言って、僕の手を引いた。
 僕は、彼女となりに座る。丘に茂る、背の低い若草たちが柔らかかった。
「……僕は、僕は無力だ。一緒に出たって、君を採用試験まで連れて行けない。だから」
 そう言って、僕は断ろうと思った。
「それでいいよ」
 握られたままになった手を、スピカはぎゅっと握って言った。
「それでもいいの」
 彼女を見る。僕は彼女が正気とは思えなかったけど、そこまで言われてしまったら、僕に断ることなど出来なかった。多分、僕はスピカが好きになりかけてて、できれば役に立ちたいと思っていたんだろうから。

 翌日、僕とスピカは午前中のうちに選抜会への参加を届け出た。これでスピカがロジェスと組まれることはなくなって、あとは選抜会に全力を尽くすだけだ。
 スピカには悪いけど、全力を尽くしたって採用試験会まで上がることはないと思う。
 けれど、スピカに恥をかかせない程度にはしないといけない。僕はそう決心する。
「よっ、ヘイム! 聞いたぜ! 興味ないね、と言いながら、結局やるんじゃん!」
 午後の講義がある教室に入ると、オッテに抱きつかれる。
「やめろ……暑苦しい」
「しかも、コンビの相手はヒミンビョルグの女神だと? 俺のシゲルで焼死しろ!」
 オッテは紙に黒炭で書かれたルーンを僕の胸に押し付けた。
シゲルは太陽の力を示すルーンだけど、ルーンの素養がない者がそんな符を使ったところで効果は発揮されないから、その紙は燃え出すこともない。
 その紙を手に取ると、それは選抜会の資料だった。僕のためにとっておく、とか言っていたやつなんだろう。ありがたく受け取ることにした。
「選抜方法は、アスレチックレースと、衛兵同士の模擬戦……か」
 呟くと、オッテは僕の肩に頭を乗せて補足を入れる。
「アスレチックレースは、個別能力と指揮適性。模擬戦は、総合的な白兵戦力及び、連携を見る……だとさ」
「待て、衛兵同士の模擬戦なのに、連携?」
オッテの言葉に、僕は疑問を得る。
「そうさ!」
 それと同時に、一番会いたくない奴の声。
「知らないのか、ヘイム。基本的には衛兵同士の勝負だが、コンビのヴァルキュリアがルーン魔術を使えるならば、それによる援護を得ることができるのさ」
 ロジェスだ。僕は嫌な気分を隠せずに、多分、そのまま顔に出している。
 だが、嫌な気分だったのは彼も同じだったらしい。
「ふん、どうやって君がスプラネリカに取り入ったのかは知らないが……せいぜいその頼りない剣を、優秀な相方に、補ってもらうといい」
 優秀な相方に、というくだりを強調して、ロジェスは嫌味ったらしく言ってみせた。
「……」
 何も言い返せない。確かに僕の剣は、強くないから。
 黙っている僕に気が削がれたのか、ロジェスはさっさと席へと歩き出した。
「そうそう。これは噂話なんだが、俺の初戦の相手は、どうやら君らしいよ、ヘイム」
 楽しみだね。なんて彼は言ったから、僕は悔しくなって少しだけ拳を握った。
「あーあ、相変わらずムカつく奴だな」
 オッテはそう言うけど……多分、聞こえてるぞ。

 正直、ロジェスが相手だというだけでやる気が殺がれているのは確かだけど。でももうエントリーしているわけだから、逃げも隠れもできない。
 僕はそんなことを思いながら、またいつもの丘にやってきていた。スピカはまだいないいみたいだ。辺りを見回して誰もいないことを確認して、僕は剣を出す。
「――ふっ」
 振る。強く、鋭く、虚空を斬る。ロジェスとの一騎打ち、か。
 それはもちろん、スピカの援護があるなら厳密には単騎ではない。心強いけど。
「こんばんは、ヘイム」
 スピカが現れる。僕は一度剣を下ろして、やあ、と手を上げた。
「選抜会のトーナメント表、出てた。初戦の相手は、ロジェスだったね」
「うん」僕は何も言えなくなって、そう、短く答えることしかできない。
 もし彼女に勝算を問われれば、僕はきっと、ここで彼女を落胆させることしか出来ないだろうから、僕では彼女の期待に添えない。
 僕は誤魔化すように、剣を振ってみせた。
「勝てるといいね」彼女は言って、
「負けると思う」僕は答えた。
「ね、ヘイム」
 スピカは、僕の剣を持つ手を押さえて、正面から向き合う。
「ヘイムは、そんなに悲観するほど弱いの?」
「少なくとも、ロジェスより弱いよ」
 彼女の問いに、無力な僕は、少しだけ泣きたくなる。
「それにきっと、スピカよりも大分、弱い」
 僕が言うと、彼女は少し驚いたような顔をして、すぐに慌てたように返す。
「神兵と衛兵の剣は違うから、そういうのは一概には言えないよ」
 けれどそれが、彼女なりの気遣いなのは明らかだった。少なくとも僕はそう思った。
「敵を倒す力である神兵の剣術の方が、衛兵の剣術より突破力があるっていうもの」
 彼女はそういって、自分の言葉に一人で勝手に相槌をうった。
「ヘイム。今から二週間で、神兵の剣技を一つだけ教えてあげる」
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by yamaomaya | 2012-02-11 15:11 | 小説